Act2.直井くんの場合


「あーやのっち、一緒に帰ろ」


 まるでストーカーのようにあやのっちの後をつけてから20分。教室で友達と話して、昇降口まで一緒に歩いて、靴を履き替えて。門を出たところでようやく1人になったあやのっちに声をかける。くるりと後ろを振り返って、俺の姿を見つけて。『直井くんだ』と笑った。うーん、今日もちょっぴりふわりとしたショートカットと赤縁眼鏡がベリーキュートだ。気を緩むと、この笑顔で『幸せ死』しちゃいそうな自分を戒めて、何とか普通の表情を保つ。


「今日はもう、予定ないの?」

「うん。家に帰るだけ」

「じゃあ、一緒に帰れるね」

「うん」



 その返事を聞いて、ようやくあやのっちの隣に並ぶ。遠慮してるわけじゃない。遠慮してるわけじゃないけど・・・ちょっぴり、気を遣うわけですよ。だってもしあやのっちが誰かと一緒に帰る約束をしてたりとか、どこかへ行く用事があったりしたら、俺は単なる『ジャマモノ』なわけで。優しいあやのっちは、そんなときでも俺を邪険にしたりしないけど・・・やっぱり、どこか心苦しいじゃん。大好きな彼女は、ほんの少しでも困らせたり、悲しませたりしたくないから。


「3年生、卒業しちゃったね」

「そうだね」

「来年は、俺らが最上級生だって。信じられる?」

「実感はあんまりないかも・・・」


少し上向き加減で、何かを考えるような表情を浮かべるあやのっちと、それを見て心底幸せな気分になる俺。その間は、人1人分のスペース。これが俺とあやのっちの『丁度いい距離』ってやつだ。ぴったりひっついて、じゃ何だか卑猥な感じがするし、人2人分じゃ離れすぎてて少し寂しい。もちろん、時と場合によってはもう少し縮まったりすることもあるけれど。


「3年生が卒業したことよりも・・・」


 ほんとのところ、ぴったりひっついて手まで繋いじゃいたいなぁ・・・それどころか、あやのっちが俺の腕にしがみ付いてくれればいいのに・・・と、頭の中で妄想という名の花を咲かせていたけれど。


「明日から、学年末テストが始まるって知ってる?」


 妙に冷めたあやのっちの声で、一気に現実に引き戻された。・・・ああ、なんと耳にしたくない言葉だろう。『テスト』、そんなもの世の中から消えてなくなってしまえばいいのに。しかし、そんなことを優等生のあやのっちの前で口にすることはできず。


「・・・うん、なんとなく知ってる」


 肩を落として、そう答える事しかできなかった。

 あやのっちは可愛い。あやのっちは頭がいい。1年生の頃から副級長をずっとやってきて。もちろん今でもそうで。生まれ持った控えめで大人しい性格故、生徒会みたいに全面に出る仕事はやらないけれど、でもあやのっちらしい気遣いと心配りで、きちんとクラスのフォローをしてる。いつの間にかそんなあやのっちが気になって気になって、気付いたら好きになってた。じっと見てるだけの恋は俺の性分に合わないと、玉砕覚悟で告白したのは、もう9ヶ月も前。修学旅行の、自由行動の時間に。あまりに突然の告白だったから、あやのっちは大そう驚いたらしい――後から、あやのっちに聞いた。で、その勢いで振られて・・・でもね、1回振られたくらいで諦めれるような恋、俺がするはずなくて。修学旅行帰ってきてからも、期末テストが終わってからも、夏休みに入ってからも、何故か毎日が告白大会。『好きです。付き合ってください』の大売出し。その度に、あやのっちはかわいい顔を困ったように曇らせて。申し訳ないな・・・と思いつつも止められなかったのは、あやのっちは絶対に俺のことが嫌いじゃない!という確信がどこかにあったから。今思えば、都合の良い妄想だったんだけど・・・当時は、それを信じて疑わなかった。その甲斐あってか、初めて告白してから3ヵ月後の9月に、ようやく頷いてもらえたわけだけど。あやのっちと『彼氏・彼女』の関係になってから、半年が経つわけだけど。


「なんとなく、じゃ駄目だよ。2年生最後のテストなんだよ?来月から3年生・・・受験生なんだから」


 大好きなあやのっちは、時々こうして真面目少女になり、俺を困らせる。分かってるよ、最後のテストだって事も、受験生になるってことも。でも、今はそんなこといいじゃん。今はこうして2人で歩いて帰れるのが幸せなんだから。2年生――受験のことを考えずにいられるのは、この3月しかないんだから。

 自分で思った『この3月』という言葉で思い出した。


「ねえあやのっち」

「何?」

「ホワイトデー、何が欲しい?」


 2週間後の3月14日はホワイトデー。バレンタインデーのお返しの日だ。先月のバレンタインデーに、あやのっちから手作りチョコをもらった。チョコ、というよりもチョコレートケーキ。ふわふわのケーキじゃなくて、生チョコみたいなケーキ。『美味しくないかもしれないけど』なんて言いながら、家まで届けてくれた。『手作りだから食べてね』って、俺の前で恥ずかしそうに笑った。


「ホワイトデー?」

「うん。手作りのチョコレートケーキのお礼」


 実際ケーキはすごく美味しかったし、何より俺のために作ってくれたことが死ぬほど嬉しかった。あやのっちには内緒だけど、全部1人で食べちゃったもん。結構大きかったけど。一気食いしたから、次の日胃がおかしかったけど。


「お礼かー・・・」


 さっきと同じように、少し上向き加減で何かを考える仕草を見せて。本来なら、そういうものって本人に聞かずに準備するものなんだろうけど、自己満足のプレゼントじゃなくて、あやのっちが一番欲しいと思うものをプレゼントしたいと思うから。どんなものが欲しいのかな?高校生には高価だけど、時計とか?それともリング?バッグとか。もしかしたら、メガネとか――あやのっちのメガネは、いつもお洒落だ。


「・・・あることはあるけど・・・」


 言葉を濁して、ちょっと申し訳なさそうに言った。これは意外。


「高価なものだから?そりゃ、値段によっては無理かもしれないけど・・・それでも教えてよ。できる限りのことはしたいから」


 ティファニーとかカルティエとか言われても困るけどさ・・・アクセサリなら、天神にあるシルバー専門店で、お値打ちの値段で色々手に入れられるはずだから。

 そう言ってみたけど、あやのっちは相変わらず首を横に振って。そして苦笑しながら小さな声で言った。


「だって、お金じゃ買えないものだから・・・」


と。



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