Act1.テツヤの場合


「ユカちゃん!一緒に帰ろ!できれば2人で!!」


 体育館で厳か――かどうかは実はよく知らない。だって目を開けたまま寝てたから――に行われた卒業式後、教室に戻って『解散』の号令を聞くや否や、俺は一目散に教室を飛び出した。もちろん、行き先は麗しのユカちゃんの教室。今日から3月、もう3月。男として、この2週間は譲れない。だってだって、大好きなユカちゃんが喜んでくれる顔を本気で見たいから!!


「一緒に帰るのも嫌だけど、2人で帰るのはもっと嫌」


 2年6組の窓を勢いよく開けた俺をお出迎えしてくれたのは、ユカちゃんの氷のようにつめたい視線と、それ以上に冷たいお言葉。でも俺はめげない。だっていつもの事だもん。ユカちゃんの隣には、やっぱりいつものようにショコちゃんがいて、いつもどおり苦笑してた。三輪くんが可哀想だよ、なんて言いながら。


「残念ながら、あたし達生徒会の仕事がまだ終わってないの」


 本気で嫌そうにため息吐きながら、ユカちゃんが言う。顔の前で手の平をぴらぴらして『帰れ帰れ』っていう仕草して。ひどいなぁ・・・って思うけど、でも俺は負けない。だっていつもの事だもん。


「大丈夫だよ、待ってるから」

「迷惑」

「ユカちゃんには迷惑かけないように待ってるから大丈夫だよ」

「いや、そういう意味じゃなくて・・・」

「大人しくしてるから。マサムネや田村もいるっぽいし・・・」


 教室の中を覗くと、ギターとベースを担いだ2人を発見。今日はこれで終わりだし、きっと音楽室で軽く鳴らしてから帰るんだろう。だったら、そこにお邪魔させてもらってもやぶさかじゃない。俺が奴らの華麗な演奏――ボーカル、ギター、ベースだけでドラムがいないのが間抜けだけど――を聞いてやろうじゃないか。


「でも・・・」


 最近気付いた。ユカちゃんは結構『押し』に弱い。口では結構きつい事言うけど、その裏実は優しいんだよな。ユカちゃんが困るのは俺も困るから、ホントならあんまり取りたくない手段だけど、今日――この2週間だけは許してもらおう。俺だって本気なんだから。男をかけて。

 こういう時、実は頼りになるのが、ユカちゃんの親友であり、密かに俺の恋を応援してくれるショコちゃんだったりする。ぷぷ・・・と笑いを漏らして、ユカちゃんの肩をぽんぽんと叩く。


「生徒会は大丈夫だよ。仕事って言っても予餞会の片付けが少し残ってるくらいだし。あたしが代わりにやっておくから」

「でも・・・」

「大丈夫だって。副会長がいなくても。書記の底力、見せてあげるから」

「だけど・・・」

「ショコちゃんありがとう!!!」


 ユカちゃんがああだこうだ言い出す前に、ショコちゃんの言葉を受け継ぐ。言ってくれるうちがハナだ。ショコちゃんの気持ちが変わる前に、ユカちゃんが体制を立て直す前に、早く帰ってしまおう。


「・・・って事でユカちゃん、一緒に帰ろ?」


 にっこり笑って彼女の顔を覗き込む。


「・・・わかった」


 大きなため息吐いて『降参』ポーズ。よし、今日は上手い具合に一本取れたみたいだ。








「ねえねえ、せっかく並んで歩いてるんだから、手とかつなごうよ」

「バカは休み休み言いなさい」


校門を出て歩く俺とユカちゃんの間には、不自然な人1人分の感覚が。その隙間が気になって、埋めようと近づくけれど、近づいた分だけユカちゃんは遠ざかる。それが嫌で、却下されること前提で言ってみたけど・・・やっぱりケンモホロロに返された。『こんなこと滅多にないからお願いします』と食い下がってみたけど。


「・・・グーとパー、どっちがいい?」


 って睨まれたから、もうそれ以上はやめておいた。だってそれって、グーかパーで俺のほっぺたぶち殴る・・・って事だから。多分。たとえ嫌な間隔があったとしても、並んで歩いてもらえるだけ幸せだと思おう。トホホ。


「で、何なの、今日に限って2人で帰りたいなんて。あんたのせいでショコに大迷惑かけちゃったんだからね。ちゃんとショコに謝りなさいよ」

「うん」


 ユカちゃんは優しい。・・・俺以外に。特に親友のショコちゃんには。でも、それでいい。みんなに優しいユカちゃんを見てると、何だか誇らしい気分になるもん。『俺のユカちゃんは、こんなに優しいんだぞ!』って。でも、俺にも少しは優しくして欲しいって、内心思ってるんだぞ!・・・って、優しいユカちゃんにホネヌキにされて、質問されてること忘れそうだった。いけないいけない。


「今日って3月1日じゃん?」

「そうだね。ついでに卒業式だよ」

「あと13日で、ホワイトデーじゃん?」

「そうだね」

「ユカちゃん、バレンタインにチョコくれたじゃん?」

「そうだっけ?忘れた」


 思い出そうとしているのか、軽く首を傾けて、空を見る仕草。ホントに覚えていないのか、それともただ意地悪してるだけなのか、ちょーっと判断に苦しむ。ユカちゃんは確かにくれた。2月14日にチョコレートを。・・・たとえそれが『チロルお徳用パック』であっても、しかも食べかけで、半分くらいなくても、それが全部ユカちゃんが嫌いな味だとしても、正真正銘チョコレートであることには変わりない。大好きなユカちゃんが、バレンタインデーに、チョコをくれる。こんな嬉しい事がある?ないでしょ。だったら、俺もこの嬉しさを本気でぶつけなきゃ・・・と思って、こうして強硬手段に出てみた。


「ホワイトデーのお返し、何がいい?」

「・・・・・」


 ユカちゃんはぴたりと足を止めて、そして大きな目をさらに見開いた。そしてこんな驚いた顔も可愛いと思う。もう、俺って重症?


「ホワイトデーって・・・いいよ、そんなの」

「だめ、良くない」

「いいって。どうせ余り物だったし」


 やっぱり覚えてるんじゃん、俺にチョコくれたこと。・・・『余りもの』っていう言葉がちょっと気になるけど。


「ユカちゃんが良くても俺が駄目なの。もらったものはきっちりお返ししなきゃ」

「でも・・・」

「俺の気持ちだから。たとえ余り物でも食べかけでも、チョコレート本当に嬉しかったから」

「・・・」

「欲しいもの、言ってみて?ブランド物のバッグとか海外旅行とか、そういうものはプレゼントできないけどさ・・・ある程度のものなら大丈夫だから」


 金銭的な余裕も、多少はある。だってこの日のために1ヶ月間、新聞配達のバイトやるんだもん。朝3時に起きるのはめちゃくちゃ辛いけど、ユカちゃんのためならえんやこら。弱音吐かずに頑張ってみせるさ!って感じだ。

 どれだけ断っても無駄と諦めたのか、ユカちゃんが小さくため息。そして少し考えてから、俺の顔をちらりと見て寂しそうに言った。


「欲しいものって言ったって・・・今すぐ手に入れられるものじゃないし・・・ねえ?」


と。

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