汚い、醜い、軽薄で狡猾。
女とは、この世で最低最悪の生き物だ。

犬にも勝る嗅覚で、より良い背景を嗅ぎ分け選別する。
その浅ましさといったら、直視するのもおぞましい。
これに淫乱のおまけまでついては、もう幻想を抱けという方が無理だろう。


適当に相槌をうってやれば調子に乗って、甘えた声でしなだれてくる。
ちょっと冷たくあしらうと、わざとらしい上目使いで媚びへつらう。
こっちは胃液が上がるのを押さえるのに必死で、でもつい跳ね除けたりしようものなら、さも被害者です!の様相で、めそめそギャーギャーすぐに泣く。
そんな醜態を晒しておきながら次の日にはコロッと忘れて、また擦り寄って来たりするのだから、奴等の面の皮は、おそらく10センチはあるに違いない。



辛うじて残されていた恋愛への期待は、もはや紙くずのごとく吹き飛ばされて見る影もなかった。
女のために忙しく立ち回るような無様も、その生態に心底失望している自分には決してありえない。
その頃、司は安堵に近い心地で確信していたのだった。














        




1.


────梅雨とは暦ばかりの晴天が続く6月。
巷のカラ梅雨予報を裏切って、夜半、大粒の雨が窓を叩き始める。

本格的な梅雨の到来から一週間、生ぬるい雨は勢いを弱めながらも降り続け、
今朝も目覚めたばかりの部屋に影を落としている。

ベットサイドの薔薇も鬱陶しそうに下を向いて、窓を侵食するカビ臭いような湿気と一層淀む空気に、司はうんざりと溜息をついた。

体が沈むようにだるい。
雨音が耳障りだったわけではないが、どうやら熟睡できなかったらしい。
こんな朝はもう一度ベットに潜って、心行くまで安眠を貪りたいところだが・・・。


重い体を無理に引き起こし、整えられたYシャツに袖を通して、ネクタイを首に一周。
その手馴れた動作すら上手くいかないから、何もかも雨のせいにしたくなってくる。
顎の下に歪な形で収まった結び目も、舌を出して嘲笑っているようで憎たらしい。

「くそっ!!」

彼の苛立つ声が大きくなったのは、未だ後ろで安らかな寝息を立てているベットの主へのあてつけだったのかもしれない。



「・・・・・・ん・・。」

予想通り、上下に揺れるベットの小山を、司は目の端に収めた。

「起きたのか?」

だが予想に反して彼女は、枕の弾力に深く顔を埋めたまま、

「・・・うん・・・」

と、素っ気無い返事。

「おい。」

「・・・・・・」

いくら広い部屋とはいっても、彼の問いかけは彼女の耳に届いているはずで、ところが彼女はさらに頭まで布団をかぶって、もうそれ以上話し掛けるなと無言の抗議を示してくる。


「起きろよ。お前も仕事あんだろ?」

学生の頃は遅刻常習犯だった自分が、他の誰かを起こしている、前代未聞のこの状況。
もし総二郎やあきらがこの場にいたら、腹を抱えて笑い転げるか、夢かと互いの頬を引っ張り合うか。
でも笑ってなんかいられない切実さで、気まずい沈黙が部屋の湿度を上げてゆく。



・・・・拒絶されている。
しかもかなり、あからさまに・・・。


おはようと笑顔を綻ばせることもなく、目覚めのキスを交わす甘さもない。
それどころか髪の先しか姿も見せず、視線を合わせる隙もない。

こんな状況、絶対絶対あり得ねぇっ!!!
だって夫婦なのに?!





「おい!聞こえねーーのかっ?!てめーのオットが出かけんだよ!返事ぐらいしやがれっ!」

首元ですっかり捻れてしまったネクタイを、引き抜きざまにベットの上へ投げつける。

すると、布団の端からようやく彼女の顔が半分覗いた。
内心少しだけホッとする司だったが、それも一瞬。

「ウルサイ。」

つくしは極めて厳しい視線を作ると、白々とした声色で彼を一蹴した。








何がなんだか、さっぱりわからない。

ある日突然、雨と共に訪れた原因不明の憂鬱。
そして解決の糸口も掴めないまま過ぎていった、地獄の7日間。

司の苛立ちは募るばかりであった。