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「・・・・・」
「何、まだ怒ってるわけ?」
「別に。友達甲斐がないな・・・って思ってるだけ」
「それって、『怒ってる』と同意語だろ」
「お好きに解釈下さい」
「・・・やな奴」
奥田さんに捕獲される田村をぼんやり見てたけど、ふと我に返って急いで2人のところへ行った。また田村がキレるところなんて見たくないし、この調子じゃ朝課外に間に合わない。奥田さんに拉致られる可能性だってあるし。とりあえず、ここは『親友』として助け出さなきゃ・・・って思ったけど。ご想像通り、俺が彼女に勝てるはずがない。よって昇降口まで3人でお手手つないで・・・――実際には、田村の腕に奥田さんが絡みついてる――って状態だけど。田村は振りほどく気力すらないらしい。極力奥田さんを見ないようにして、時々俺に罵声――まではいかないが――を浴びせつつ、不貞腐れて歩く。でも、ちょっと酷いと思わない?せっかく助けにきたのにさ、感謝されるどころか、八つ当たりの標的になっちゃうなんて。そりゃ確かに、救出は失敗したけど。
しかし、この光景をショコが見たらどうなるんだろう。あー・・・想像するのもおぞましい。取っ組み合いのケンカで済めばヨシ・・・ってトコだろ。もしかしたら、噛み付くかもしれないね。ショコが奥田さんに。そしたら彼女も黙ってないだろうしな。血を見るな・・・と想像して、背筋がぞくぞくっとした。ショコが牧野サンと行ってくれて、ホント良かった。そして昇降口付近でうろうろしてないことを祈る。
見かけも可愛く、行動力もある奥田さんはガッコでもかなりの有名人と見えて、俺らの横を通り過ぎてく学生――ほとんどは、朝課外に向かう3年生だ――は、ちらりとこっちを見るだけで、変な含み笑いもひそひそ話もしない。時々、同情の視線を向けてく奴がいるから、きっとわかってんだね、田村が奥田さんの餌食だって。『受験直前にご愁傷様』『とりつかれたのが自分じゃなくて良かった』って感じだろうな、他の奴らからすれば。俺なんてとりつかれてないのに迷惑被っちゃってるんだもんね、1番最悪かも。
「ねえ先輩、今度どこかに行きませんか?図書館でもオッケーですよ。先輩が勉強してるの、隣でじっと見つめてますから」
「・・・遠慮しとく。邪魔だから」
「邪魔なんてしませんよ!静かに隣で座ってます」
「いや、居るだけで邪魔・・・」
「その言い方って酷くないですかぁ?わたしだっていつでも騒がしいわけじゃないですよ」
「さあ、どうだか・・・」
「ね、草野先輩。わたしだっておとなしい時ありますよね?」
「・・・え゛?」
突然話を振られ、言葉に詰まる。2人はそれぞれ俺を睨んでて。『否定しろ』という田村と『同意してください』という奥田さん。田村に同意したい気持ちは山々だけれど、奥田さんを否定できるほどのパワーや話術や度胸は・・・ない。立ち止まって詰め寄られて、たじろぐ俺。走って逃げようとも思ったけど・・・先にけん制された。田村の腕をつかんでないほうの手で、奥田さんが俺のそれをぐっとつかむ。その目は明らかに『逃げないでくださいよ』って言ってて。あー・・・困った。
「なんか、両手に花・・・って感じですよね。わたしは片方の花だけでいいんですけど」
奥田さんがそう言って笑うように、現在の状況は古い言い方をすれば『ドリカム状態』ってやつだ。奥田さんを中央にして、右に田村、左に俺。1人はしゃぐ彼女の頭上で、田村と顔を見合わせる。お互いうんざりした表情浮かべてるはずだ。あー・・・ホント、朝からついてない。俺、全然関係ないのに・・・こんなことなら田村救出なんてしなきゃ良かった。今更後悔。
最悪の空気のまま門をくぐり、ようやく昇降口まで来る。奥田さんは残念そうな表情を浮かべ、田村はあからさまにほっとする。俺はといえば・・・昇降口付近にショコが居ないことを確認して、田村とは別の意味で安堵の息をついた。そして目に入ったのは・・・本来あるべきものがない場所。昨日、俺の右手を痛めつけたブツの残骸・・・である。ちゃんと片付けられてはいたけど、そこらには木の破片なんかが飛び散ってて・・・ちょっと、胸が痛い。
「あー、草野くんおはよう。頭はもう大丈夫?」
声をかけられ、振り返るとそこにはユカが。朝なのに元気だなー・・・っつか、今の言い草酷くない?『頭大丈夫?』って、まるで俺がヘンタイみたいじゃん。『凄い挨拶だな』って嫌味を込めて言うと、『だって昨日おかしかったもん。機嫌悪いし突っ掛かるし』と、さらりと交わされた。
「あのバカ、ちゃんと謝りに来た?」
「うん、土下座までしてた」
仲直りしろって、言ってくれたんだって?と聞くと、頬を膨らませて『当たり前でしょ?』と言う。
「そりゃ、突然怒鳴った草野くんも怖かったけどさ・・・いきなり脳天チョップは人としておかしいでしょ。かなり痛かったんじゃないの?」
「まあ・・・ね」
でも、あの痛みで我に返ったってのも事実で。そいえば、ユカを思いっきり怒鳴りつけたんだよね、八つ当たりで・・・
「っつか、俺もゴメン。あん時イライラしててさ・・・ユカ心配してくれてたのに」
「気にしてないからいいよ。草野くんがイライラしてるのなんていつものことだし、イライラすると怒鳴るのも、前からわかってたし。ホラ、いつだたったっけ?ミスドでつくしのこと話してた時も怒鳴られたから」
にっこり笑いながら、的確に痛いところを突く。そいえばそんなこともあったっけ・・・城南祭終わった頃、ショコとユカに八つ当たりして田村に怒られて。そう考えると俺って全然成長してない・・・半年前と同じことで悩んでるよ。全く。
「で?つくしとのデートはどうだったの?」
「・・・牧野サンに聞いてんじゃないの?」
どうしてここで古傷――ってほど古くはないけど――穿り返すかなぁ?とユカを睨むけれど。彼女は全くフツーの様子で、『聞いてない』と答えた。そんなことはないでしょ、と思うけど。
「つくしに聞いたんだよ?でも何も答えてくれないんだもん。困った感じで笑いながら『楽しかったよ』とかって・・・何かあったようにしか見えないけど、本人がそれ否定してるから、それ以上突っ込めないし・・・」
「・・・・・」
牧野サンが答えなかったんなら、俺が言っちゃいけないかな・・・なんて考えて、言葉に詰まる。そしたら。
「草野おはよ。もう大丈夫なのか?」
妙な含み笑いをしながら、ナイキのボディバッグを斜め掛けした直井――俺と同じ、美大志望のクラスメイトだ――が肩をポンと叩いた。その様子がいつもとどこか違って、何だかなぁ・・・という違和感を感じつつ、『大丈夫』と答える。
「っつか、早退の原因が夫婦ゲンカっつーのはいただけないよ。奥さんは大事にしなきゃ」
「・・・は?」
奴の言葉は何が何だかわかんなくて、間抜けだよな・・・と思いつつも、思いっきり素っ頓狂な声を出して問い返す。すると、さっきよりもよりにやけた顔で、『クラスメイトに隠し事は禁物だ』なんて言いながら、俺の肩に両手を置いて、何度も頷いた。隣に立つユカまでもが、狐につままれたような表情でぼんやりと立ち尽くす。
「お前、いったい何言ってんの・・・?」
「今更とぼけるなって。日曜日、室見川で牧野サンと色々してたんだろ?後輩がたまたま通りかかったらしいんだけどさ・・・牧野サン泣いてて、お前が慰めてたとかって・・・かなりラブラブに見えたみたいだぞ」
『ラブラブ』はもう死語だろ・・・なんて突っ込む余裕もなく、俺は心臓が止まるかと思う程驚いた。何、あの場面、見てた奴がいるわけ?『仲直りしろよ〜』なんて軽々しく言いながら、先に教室へ向かった直井の後ろ姿を見つめながら立ち尽くす。何、それ。何がどうなってこうなったの?俺、教室行くのすげー怖いんですけど・・・