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「ようやく解放されたよ・・・今日は朝からついてない・・・って、どうかしたのか?2人して呆けて・・・」


 さっきの直井の言葉を何度も頭の中で反芻して、田村の声でようやく我に返る。それはユカも同じだったらしく。はっとした表情浮かべて、俺と顔見合わせて・・・突然、胸ぐら捕まれた。何、昨日はテツヤで今日はユカ?これにはさすがの田村も驚いたらしく、『藤原さん、落ち着いて・・・』なんて、理由もわからずユカをなだめ始める始末。でも、そんなモノに負けるようなユカじゃない。


「何、つくしの様子がおかしいの、やっぱり草野くんのせいじゃない。自分には関係ないような言い方してたくせに・・・っ!」


 ものすごい剣幕で怒鳴られて、俺もたじたじ。っつか、俺のせいじゃないなんて否定した覚えはないし、それ以上に俺だって牧野サンに傷つけられてるんですけど・・・ユカなんて『責任取れ!』とまで言うしさ・・・ちょっと待ってよ。何の責任取れって言うのさ?俺だって責任とって欲しいくらいに傷ついてるんだってばっ!出来ることなら、この胸の奥深くに、鋭いナイフで裂かれた傷を・・・って、俺もなかなか詩人じゃない?奥田さんに絡まれてて直井とのやり取りを見逃し、話が見えていなかった田村まで、ユカの言葉鵜呑みにしちゃって。


「草野、お前牧野サン泣かせたわけ?昨日そんなこと言ってなかったじゃん」


 なんて目を釣りあがらせて言う。そんなこと言うけどさ、言いたくても言えなかったのだ誰のせいだと思ってんだ?昨日は俺が真面目に話しようとしてる時に、お前らが笑って流れただけだろっ!で、奥田さんの電話が入って、自主帰宅せざるを得なくなったんじゃんかっ!しかも泣かせたって、泣かせたって・・・俺、泣かせるようなことしてねーよ。泣かしたのは、全部あのドウミョウジとかいう男だよ・・・って考えたら、あー・・・また気分が重くなった。離れてても、牧野サンを泣かせたり笑わせたり出来るんだもん、ずるいよな、ドウミョウジ。しかも、ドウミョウジがやったのに、その尻拭いをするのは俺なんだからさ・・・なんか、やってらんない。今日も帰ろうか。帰ったところで行くあてもないけど。さすがに、亜門に2日間お世話になるっていうのも気が引けるし。

 でも。そんな俺の心中など察するような――いや、察したところで気遣ってくれるような2人じゃなく。




「とりあえず、つくしに謝りなさい!」
「男として謝るのが筋だろ・・・」


 と同時に言われ、教室へ向かうことを余儀なくされる。ホント、とほほ・・・だ。しかし、いったい直井は後輩から何を聞いたというのだ。っつか、奥田さんもさっき言ってたよな、自分の彼女のしつけがどうとか・・・。しかも一昨日のことも知ってたし。うわー・・・マジで教室行きたくない。

 しぶしぶ上履きに履き替え、だらだらと廊下を歩く。早く・・・と俺を急かすユカと、女の子泣かせるのは最低だろ・・・と、親友であるはずの俺を蔑むような目で見る田村。このままじゃ、教室入った瞬間に首根っこつかまれて、牧野サンの前に連れ出されること確定だ。それだけはマジで避けたい。日曜日だけでもかなりの醜態曝したのに、この上まだ恥ずかしいトコ見せろって?しかも公衆の面前で。

 どうしようかな・・・と内心焦ってたら。タイミングよく教室から出てきた直井が目に入る。これはチャンスっ!ユカと田村のスキを見計らってくるりと逆周り。どこか――おそらくトイレだ――に向かう直井の肩を抱いて、昇降口へと向かう。『卑怯者!』というユカの声が背中に突き刺さるような気もするけど・・・そんなこと、気にしてる場合じゃないでしょ。『突然なんだよ・・・』と慌てる直井もいるけど、それも気にしていられないでしょ。まあまあ・・・と奴をなだめて、人気のなくなったところでようやく肩を離す。


「どしたの?突然・・・」

「なあ、さっき言ってたことだけどさ・・・」

「さっき?」

「牧野サンがどうとか・・・・」

「・・・ああ」


 真顔になって考えたあと、突然にやりと笑うから。こんなことなら、忘れさせたままにしといたほうが良かったか?でも、ちょっと怖いけど・・・真相は知っておきたい気がする。っつーか、知ってなきゃやばいっぽいでしょ。


「お前が牧野サン泣かせて、抱きしめて慰めてたって話?」

「・・・ロコツに言葉にされると、恥ずかしいんだけど・・・」


 あの時起こってたことは別にして、状況だけを聞くと・・・結構コイビトしちゃってません?『ケンカして涙する彼女を慰める』なんて・・・


『マサムネくんのバカ・・・あたし、そんなつもりじゃなかったのに・・・』

『俺だってそうだよ。でもつくしがそんなこと言うからつい・・・マジでごめん。ホントに泣かせるつもりじゃなかったんだ・・・』

『・・・もう、ドウミョウジのことなんて忘れたんだから。あたしが好きなのはマサムネなんだから・・・』

『つくし・・・』




ムードある夜の公園で、こんな会話しちゃって、俺はそっと牧野サンを抱きしめて・・・って。うわー・・・想像するだけで、で結構恥ずかしいんですけど。何、俺ら結構良い感じじゃない?なんか、めっちゃ良くない?自分の顔が赤くなってくのがわかった。俺の妄想など微塵も知らない直井も『照れるなよ色男』なんて茶化すもんだから、本来の目的を忘れそうになって。


「・・・違うって。それって誰に聞いたの?何で聞いたの?誰かに言った?クラス中知っちゃってたりするわけ?他のがくね・・・」

「ストップ!一気にまくし立てるなよ」


 奴に顔の前で大きな『×』を作られた。言いかけてた言葉遮られてちょっとむっとしたけど、冷静に考えれば今のまくし立て方はちょっと凄かったかな・・・と自分でも反省。気まずそうに直井をちらりと見ると、奴と目が合って・・・にやりと笑われた。


「何?草野は何を心配してるわけ?」

「いや・・・昨日テツヤとのあんな醜態見せちゃったし。もし・・・その、そういう噂がクラス中に広まってたら、ちょっと教室行きづらいかな・・・なんて」


 直井1人に恥ずかしいとか言ってる場合じゃない。こいつに聞く勇気が出ずに教室そのまま向かったら、もっと恥ずかしいことになるかもしれないのだ。でも、俺の思惑なんてどこ吹く風。直井は一瞬目を丸くして、そして笑った。その笑いの意味は、到底俺には理解できることなく。奴の笑いが納まるのを待って、その理由を聞く。


「そんなこと心配しちゃってる草野って、もしかしてめっちゃ可愛い?クラスで冷やかされたって、堂々としてりゃいいじゃん・・・・」

「そうかもしれないけど・・・」

「ま、その辺は大丈夫だと思うよ?俺はたまたま後輩に聞いただけで、クラスの奴らに言ってないし。部活や何かのつながりで聞いた奴は他にもいるかもしれないけど、そいつらがクラスに広めたかどうかは、さすがの俺にもわかんねえ。模試も近いし、自分の進路のことでそれどころじゃないかもだしね」

「あ・・・そいや、模試近いんだったっけ・・・」

 直井の言葉で、近々センターマーク模試があることを思い出す。牧野サンがどうとか、浮かれたり沈んだりしてる場合じゃないかもしれない、俺。顔が青ざめていくのがわかったのか、はたまた表情が激変したのか、直井は俺を見てまた笑う。

  

「この時期カノジョがいるっつーのは癒しだよな。模試の結果悪かったら、牧野さんに慰めてもらえよ。俺もあやのっちに慰めておらおっと♪」


 んじゃ、教室戻るから・・・と、直井はズボンのポケットに手を入れて、妙なステップ踏みながら来た道を戻る。・・・って、ちょっと待て。直井って、あやのちゃんと付き合ってるの?今の言い方じゃ、そんな感じだよね・・・えー・・・意外っつーか、ちょっとショックっつーか・・・マジで?

 自分の心配などどこかへ飛んでいき、頭の中は直井の言葉でいっぱいだ。直井と、あやのちゃん・・・意外っつーか、意外とお似合いっつーか。度肝を抜かれたっつーか、何というか・・・なんてぼんやり考えてたら、朝課外のチャイムが聞こえる。ふと我に返って、急いで教室向かって走り出した。


       
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              BGM♪BUMP OF CHICKEN:アルエ