St.Valentine
作:くうかさま



==to tsukasa==



2月14日バレンタイン

普段は言えない素直な気持ちを
甘い甘いチョコにギュッと詰めて
大好きって告白する
そんなドキドキの一日




・・・なんて・・・
まったく、余計な日を作ってくれたもんだから
あたしまでとばっちりを食うはめになるじゃない。
恨むわよ、お菓子屋さん!




普段は涼しい顔のお嬢様達も、
今日の教室はなんとなくソワソワしてるように見える。
教室の中でさえこうなのだから、一歩外に出ればきっと
そこは戦場のような有り様に違いない。
耳を澄ますと廊下のずっと先で聞こえる、女の子の上ずった奇声。
あの熱狂振り・・・あいつらのどこがどういいのか・・・

と、ため息をついた時、近くでひと際甲高い声が上がった。

「キャー道明寺様よっ!」

げっ・・また来た・・・・

あえて振り向きもせず、あたしは椅子に座ったままノートにペンを
走らせる。すると道明寺の手が、大きな音をたてて机の上に落ちてきた。
びっくりして見上げると、不機嫌丸出しで睨んでいる。

「おい、おまえ、俺に用あるだろ?」
「へ?別になにもないけど?」
「・・・(怒)・・・」

道明寺はいっそう眉間に皺を寄せて、
半分青ざめたような顔色のまま教室を出て行ってしまった。
もちろん近寄る女子のチョコレート攻撃を蹴散らしながら・・・。
これがもう5回目。
休み時間の度にやってくる道明寺に、
あたしは申し訳ない思いでバックの中を覗いた。




本当は本当は、バックの中には、いつでも準備OKの手作りチョコが、
手渡されるのを待ってる。
だけど誰かの前で渡すなんて絶対に無理!
例え二人っきりでも、何て切り出せばいいのか分かりゃしない。
彼氏なんだからスパッと渡せばいいじゃないと思うけれど、
やっぱりドキドキが止まらないから・・・。




きっとブランドの高級チョコを貰いなれてるとか、
変に神経質なあいつのことだし手作りなんかイヤかもしれないとか、
なんでハートの形に作っちゃったんだろう、似合わないって、
きっと笑う・・・とか、
ついつい緊張から逃れる、くだらない言い訳を考えてしまう。



そうこうしているうちに、あっという間に来てしまった放課後。
案の定、校門に立っているのは道明寺。

「最後に聞いてやる。ほんっとに俺に用はないんだなっ!」

その情けないくらい必死顔の道明寺に、あたしはとうとう降参した。
周りには彼狙いの女の子がうようよしているけれど、放課後はバイトだし、
今しか渡すチャンスはない。そう覚悟を決めると途端に鼓動が走り始めた。

まるで体中の血が顔に集まるみたいで。
きっとあたしの顔・・・真っ赤だ・・・。

あたしはそれを隠すように道明寺の耳を力いっぱい引っ張った。

「いてっ!なにする・・・」
「ちょ・・・ちょっとここじゃ・・ダメなのっ・・・渡せないの」

勇気を振り絞ってなんとかそれだけ言うと、ブチ切れ寸前だった
道明寺の顔が、みるみるうちに茹でダコ状態になる。

「こここここここじゃダメって・・も、もしかしてっ・・っ・・」




                

      
                                 






あ、今コイツが考えたこと、分かった

「バカッ!間違ってもプレゼントはワ・タ・シ≠ネんて言わないから!」

背中を思いっきり叩いて釘を刺しておく。
道明寺はちっと舌を打ってむくれた。
ブツブツと文句を言う道明寺に呆れながら、無理やり引きずって人目を避ける。
そして、バックの中のそれを恐る恐る取り出した。

「あの、お金ないし、あんたの嫌いな手作りで悪いけど・・・。
 はっきり言って、味もあんまり保証しないけどね。
 いらなかったら捨てちゃってもいいからっ!」

我ながら可愛げのない言葉が勝手に飛び出してしまって、内心泣けてくる。
今日は特別な日のはずなのに、どうしてもっと素直な言葉が言えないんだろう。
道明寺は道明寺で、ひったくるように奪ったチョコレートを眺めたまま
何も言わないものだから、あたしは益々自己嫌悪に陥ってしまって
俯いたまま顔を上げることも出来ない。

「牧野」
「え?」

不意に道明寺の大きな手が頬に触れて、
見上げたあたしの唇にスッと掠める暖かなぬくもり。
それは、いつか彼のクルーザーの上で誕生日プレゼントを渡した時と同じに
不意打ちのキスだった。








       


「すっげー嬉しい!」

そしてやっぱりあの時のような、満面の笑顔。

あたしはこの笑顔に弱い
キュッと心臓を掴まれたみたいに・・
道明寺の笑顔がとても貴重で大切で・・・
嬉しくてドキドキして、切ないぐらい好きだって思う。


きっと・・・・
日本中の女の子が浮き足立っているように見えたのは、
誰よりもあたしがこの日を意識していたから。
誰よりもこの笑顔を独り占めできる瞬間を待っていたから・・・



2月の凍えた空から、ヒラヒラと舞い降りる白い雪。
その花びらのように優しい雪は、沸騰するほど火照った手のひらで
瞬く間に融けて。


「大袈裟なんだから。たくさん貰ったでしょ?クラスの女の子みんな
 F4探して大騒ぎだったもん」

道明寺は、また憎まれ口をきいてしまうあたしの手をそっと包むと、

「バーカ。おまえ以外の女のなんかいらねーよ」

と言って、ポケットにしまった。






                           fin










==to rui==




「見ろっ!すげーだろ?ハート型だぜハートッ!!」

うるさい・・・

「やっぱあいつ・・・相当、俺にイカれてんなっ!ふふふふふ!」

ニヤけた笑い声。
すごい鬱陶しい
すごい眠い・・・

「嬉しいのはよく分かったから、もう帰ってよ。俺、眠いし」

司はウトウトしかける俺に、

「あ!羨ましいんだろ?類」

と、勝ち誇ったように言い切る。そして素早く俺の枕を奪い取り、
牧野お手製のプレゼントを自慢げに見せびらかした。

デリカシーの欠片もない。
いや、この単細胞にデリカシーを求める方が無茶なんだけれど。

多分、総二郎もあきらも今日は掴まらない。
とりあえず、あと一時間は司の馬鹿話につき合わされそうだ。
家に真っ直ぐ帰ってきてしまったことを呪いながら、
俺は諦めのため息を零した。





「お、牧野のバイトが終わる時間だ。じゃあな」
「はい、バイバイ」

二時間後。予想を大きく上回って勝手に喋り通したあげく、
司はご機嫌で帰っていった。
どうやら牧野のバイト帰りを狙うらしい。
あのパワーにはほとほと頭が下がる。

俺は奴のせいですっかり覚めてしまった頭を軽く振って、
引き出しの中のそれを手に取った。









───昼休み───


さすがに2月の非常階段は寒い。
今日は陽射しもないし、とてもじゃないがくつろげそうもない。
そう思うと途端にふかふかのベットが恋しくなる。
もう帰ろうと決めた時、非常階段のドアが遠慮がちに開いた。






          





「花沢類、ちょっといい?」
「なに?」

牧野は背中に隠していたソレを差し出した。

「あのね、花沢類にはいつもたくさんお世話になっちゃってるし、
 迷惑もいっぱい掛けちゃったから、感謝とお礼の気持ちなんだけど」

にっこりと笑った彼女の手に収まっていたものとは───








「ププックククッ・・・ッ」

それは、やはり牧野お手製のプレゼント
司と同じハート型・・・


自信満々、司の蕩けた顔が思い浮かぶ。
このチョコレートの存在を司が知ったらどんな顔をするんだろう。
少し悪戯心が湧いてしまう。


だけど。


俺は取り出したそれをもう一度引き出しにしまうと、再びベットに
寝転んだ。洗い立てのシーツの香りが俺を柔らかく受け止める。


あの時の牧野の笑顔が可愛かったから
司にばらすのも勿体無い。

それに発狂するだろう司の面倒も大変だし、
これぐらいの秘密は許してもらうことにする。


今日はなんだかいい夢が見れそう。





                       fin








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                                     「music by Sora Aonami 」