ショコが作ったのは、薄い青色の『Invited card』だ。手描きの小さな花を散らした、可愛らしいもの。しかし、それはたった一通だけで、もう一通はそれなりに可愛いもの、二通は・・・真っ白いカードにひらがなで『しょうたいじょう』と書かれたものだった。


「・・・これ、あまりにも格差がありすぎるでしょ・・・」

「だって、田村くんには可愛いの渡したいけど・・・草野くんに可愛いカードあげても仕方ないもん」

「まあそうだけどさ・・・」

「それに、三輪くんはあたしが作った可愛いやつよりも、ユカの言葉の方が嬉しいと思うから」

「・・・たしかに、ね」


 招待する4人にカードを送り、こまごまとした準備を重ね、もちろん、きちんと受験勉強もこなして迎えた23日。『準備をしなきゃ』という名目でユカの家にやってきた――もちろん、お泊りグッズを抱えて、である――ショコは、まだ家にいる――というのは、いささか失礼な表現であるが――ヒロコさんに挨拶をし、ユカの部屋へ入る。


「さっきヒロコさんに最終確認したけど、明日はオッケーだよ。しかも何件かはしごするから、帰りは夜中みたい」

「元気なオカアサマに感謝だね。でも・・・田村くん、ちゃんと来るかなぁ・・・」

「大丈夫だよ。草野くんが来るなら来るって」

「草野くんも来ないかもしれないでしょ?」

「大丈夫。来させるから。何のためにあのバカを呼ぶと思ってるの?」

「でも、三輪くん可哀想・・・」

「ぜーんぜん。あいつはあれでハッピーなんじゃないの?」


 ユカの、テツヤに対する扱いは、親友のショコでも目に余る時がある。自分に好意を持っていることを上手く利用するユカ。美味しいエサにまんまと釣られ、良いように使われ、結局エサすらもらえないテツヤ。丁度良いような、悪いような、微妙な関係。時々見ていて可哀想になることもあるのだが、ユカだって鬼ではない。きっと、誰も見ていないところで優しくしてるんだよね・・・と、ショコは願わずにはいられないのだった。







・・・と、そんなこんなで当日。


「おじゃましまーす!」


 もちろん、最初に藤原家にやってきたのはテツヤ。シッポをブンブンと振り回す犬のように見えたのは、ショコだけではないはずだ。


「ユカちゃん今日はお招きありがとう。俺、マジで嬉しくって昨日から全然寝てないんだよ。あ、これ昨日愛情込めて焼いたクッキー。ユカちゃんなんか持って来いって言うから一生懸命焼いたんだよ。でも砂糖と塩間違えて美味しくな・・・・」

「そんなモノ持って来るなっ!」


 間髪入れず、テツヤのみぞおちに食い込んだユカの左アッパー。ほげ・・・と奇声を上げながら玄関口に倒れこむテツヤは、それでも嬉しそうだ。ご愁傷様・・・と心の中で手を合わせるショコは、テツヤの手から離れた紙袋をタイミング良くキャッチする。好奇心に負けて袋を開け、ココア味なのか、それともただ焦げただけなのか判別不明のクッキーを口に含んで・・・洗面所へ走った。

 テツヤを無理やり立たせ、リビングへと送り込んだユカは、続く来客を迎え入れるために再び玄関へと走る。ドアを開けると、多少おめかししたつくしを守るように、左側にマサムネ、右側に田村が立っていた。満面の笑みを浮かべるつくしと、少し不機嫌そうなマサムネ、特に何の感情も表していない田村。その見事なトライアングルに、ユカは思わず噴き出しそうになる。


「今日は招待ありがとうございます」


 わざと大げさに振舞うつくしに、ユカも仰々しく頭を下げる。そして、同時に差し出された3つの箱。マサムネと田村が差し出したのは、誰もが知る某ファーストフード店のものだ――それぞれ店名が違うのだが。箱の中ではまだ暖かいフライドチキンが、食べられるのを今か今かと待ちわびている。つくしが差し出したのは・・・多少アルコールの入ったシャンパンの箱。もちろん、彼女が買ってきたものではない。彼女の保護者兼相談役の亜門からのプレゼントだ。彼らは未成年且つ受験生ということで、何故こんなものが存在するかという詳細は、申し訳ないけれども割愛させていただこう。


「ま、玄関先で立ち話は寒いから、中入ってよ」

「「「おじゃましまーす」」」


 口をそろえて大きな声で言うと、3人は靴を揃えて室内へと入る。リビングでのびているテツヤにマサムネと田村は目を丸くし、つくしはショコとユカに腕を引っ張られ、彼女の部屋へと拉致される。パタン・・・と小さな音を立ててドアが閉まり、つくしは先程の2人と同じように目を丸くし、ショコとユカを交互に見た。


「ど・・・どしたの?」

「ちょーっと、たくらみに乗ってくれないかなー・・・と思って」

「たくらみ?」


うん。顔を見合わせてにやりと笑うと、2人はつくしにサンタガールの衣装を手渡す。
そして・・・


「ココにね、クジが3つあるの。男3人の衣装なんだけどね・・・」


 大きな紙袋からゴソゴソと出す3つのビニール。それぞれを見て・・・つくしは、大きな声で笑い出す。その様子を見て、ショコもユカも満足そうな表情を浮かべた。


「何これ・・・ってか、マトモなの1つしかないじゃん!これ、クジに外れた2人怒るんじゃないの?」

「そう、そこなの!」


 身を乗り出すユカと、嬉しそうに笑うショコ。普段は鈍いつくしも・・・どうやら感づいたようだ。


「つまり・・・このマトモ衣装のクジを、田村くんに引かせればいいんだよね?」

「「そう!」」

「でも・・・どうやって?」

「あたし達がサンタガールに着替えて・・・クジをひとつずつ持つの。で・・・三輪くんは、絶対ユカが持ってるクジひきたがるでしょ?だから、1番似合いそうなコレを着せて・・・あとは田村くんと草野くん。ここでつくしに協力して欲しいの」

「?」


 妙に熱の入ったショコ。田村にサンタ衣装を着せるためなら、たとえ火の中水の中・・・といった感じであろうか。その迫力に、ユカもつくしも少々押され気味だ。


「草野くんに、にっこり笑いかけて。そしたら絶対つくしの方にふらふら行くから。それを見計らって、あたしは田村くんにクジ渡すから」

「でも・・・そんな事しなくても、田村くんなら気を利かせて、ショコからクジ取ってくれると思うけど・・・」

「そこなの。疑り深いようで単純な草野くんだからさ、多分、『牧野サンが持ってるのだと不安だから、ショコのやつがいい!』とか言い出しそうじゃない。だから、自分からつくしの持ってるクジひかせれば・・・文句言われないみんな幸せ!」

 ショコの熱意とやる気に反論できる者はなく、圧倒された雰囲気の中で女子陣の着替えが始まる。3人で身嗜みチェックをし、それぞれクジと男子用衣装――もちろん、中身は見えないようになっている――を持ちリビングへ向かう。


「これ・・・ちょっとスカート短くない?」

「いいじゃん。制服のスカート短く出来ないし、こういうときくらいさ・・・」


 頬を染めるつくしと、そんなことなど意に介さないショコとユカ。ドアの前で、予め用意してあったクラッカーを構え、ユカがドアを開けると同時にその糸を引く。パン・・・と派手な音が鳴れば、パーティーのはじまりだ。



「「「メリークリスマス!!」」」


   


 3人で声を合わせてそういうと、リビング内の男子陣は、一瞬驚いたような表情をし、そしてとりあえず拍手。サンタガールの衣装を見たテツヤは目をハートマークにして、まるでサルのように部屋中を飛び回り、マサムネは・・・鼻を押さえて、部屋の隅でうずくまってしまった。その姿を見て、田村は笑いながらティッシュケースをマサムネの元へ持って行く。若気の至りは、時として大きな体の変化をもたらすものなのだ。

 そんな彼には目もくれず、さっさとこの会を進行させるユカ。既にくじ引きの説明に入っている。


「とりあえず、勉強会の前にクリスマスらしい雰囲気だけでも味わおうと思って、まあ、言ってみれば『仮装』をして、適当に飲み食いしたいと思いまーす。衣装とクジを3つ用意したから、それぞれ・・・・」

「俺ユカちゃんが持ってるクジ!ユカちゃんのクジ!!」


 全てを説明しきらない内に、鼻息荒く手をあげる『サル』が1名。目が真っ赤に充血し・・・ある意味・・・いや、完全に『変質者』の領域に入ってしまったと言っても過言ではない。さすがに彼に反論する者は1人もなく、ユカは満足そうにクジと衣装を渡す。さて、問題の残り2人だが・・・


「田村くんと草野くんはどっちにする?」


 ショコが自分のくじを掲げ、つくしにも同じ動作をするよう目で促す。鼻血大放出のマサムネにとって、クジなどどうでもいいものなのだが、その片割れを、愛しのつくしが持っているとすれば話は別だ。しかし。


「田村・・・」


 ティッシュで鼻を押さえながら、笑いの止まらない親友の耳元で囁く。


「俺は牧野サンの持ってるクジが欲しい。モーレツに欲しい。でも、絶対それはワナだと思う」

「・・・なるほど」

「だから、俺はショコが持ってる・・・」


 2人の会話を、かろうじて聞き取ったショコ。昨夜ユカが行ったシミュレーション通りの展開だ。つくしの持っているクジを欲しがるが、深読みしてそれはあえて避ける方向でいく・・・と。しかし、ここからが彼女たちの本領発揮だ。『今だ!』と合図するものの、鼻血を出したマサムネに気を取られているつくしには、到底気付くことができない。最後の手段・・・と、ショコはつつつ・・・とつくしの隣に来ると、マサムネに向かってにっこり微笑み、つくしのスカートを・・・捲り上げた。


「きゃっ?!」

「べほ?!」


 同時に発せられる奇声。顔を真っ赤に染めて慌ててスカートを押さえるつくしと、箱の中のティッシュを鷲掴みにし、鼻にあてがうマサムネ。これで作戦は完璧。あとはマサムネがつくしの手中からクジを奪い取るのみ・・・だったのだが。


「・・・牧野サンがハズレ持ってるのは、草野の想像通りみたいだな・・・」


 いつだって1人冷静な田村の、確信をつく声。ユカとショコの背筋が凍りつく。マサムネに見当をつけられることは予測していても、田村にばれることは予測していなかった。ここで、『友達思い』の田村がつくしからクジを受け取ってしまったら万事休す・・・だ。しかし。


「・・・草野、お前のことは親友だと思ってるけど・・・俺も人の子だから、自分が大事なんだ、許せ」


 そう言ってショコからクジを受け取る。もちろん、その場にいた誰も――マサムネと、『着替えてくる!』と部屋を出て既にこの場にいないテツヤを除いて、だが――が心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもないだろう。









「へぇ・・・思ったより似合ってるじゃん。いい感じだよ?」

「マジで?!俺、ユカちゃんにそう言われるとめっちゃ嬉しいんだけど・・・ちょっと感動しちゃったから、今から田村背負って、町内一周してきてもいい?」

「・・・やめてくれ。俺、この部屋から出たくないんだから・・・」

「でも、田村くんすごく似合ってるよ!」

「うん。似合ってると思う・・・・・」




 つくしが言葉を濁して、部屋の隅を見る。そこには、1人膝を抱えてうずくまるマサムネの姿が。本来なら哀愁漂っていても良いのだが、そうではなくコミカルに見えてしまうのは、ひとえに頭上にある『飾り物』のせいだろう。



「ほら、いつまでそうやっていじけてるつもり?仕方ないじゃん。クジで決まったんだからさ・・・」
「・・・お前らが仕組んだクジで・・・ね」


 じっとりと恨めしい視線に、さすがのユカも一瞬身を引く。もちろん、彼の気持ちがわからないでもない。サンタでもトナカイでもなく、もみの木の被り物を渡されたのだから。それがまた無性に似合うから性質が悪い。マサムネが落ち込んでいるのはわかるのだが・・・どうしても笑いが我慢できないのだ。


「草野、終わったことをいつまでもクヨクヨするな!男だろ!」

「・・・お前が、親友を蹴落とすような男だとは思わなかった・・・ってか、薄々気付いてたけど・・・」


 もう、何を言ってもダメ・・・である。ウジ男は放置が1番・・・と、シカトを決め込んだ5人。おしゃべりも勉強も、不幸な彼を除いて盛り上がったのは言うまでもない・・・











「ほら撮るよ?はいチーズ」


 カシャ・・・という音と同時に光るフラッシュ。ポーズを撮るのは、すっかり機嫌を直し、サンタボーイの衣装でにっこり笑うマサムネと、少し恥ずかしそうに頬を染めるつくし。



「しっかし、草野も単純だよな・・・あの衣装着て牧野さんと写真撮るって言っただけで、あの笑顔だもん」

「きっと嬉しかったんだよ。田村くんの心遣いが・・・」


 一足先に衣装を脱ぎ、普段着に戻った田村と、その隣で頬を染めるショコ。カメラを握るユカの隣には、未だトナカイの衣装のまま、同じようにツーショットのチャンスを狙うテツヤ。テーブルの上には食べかけのケーキと教科書。高校最後のクリスマスパーティーは、まだまだ続きそうだ。




おわり