Act.5 ホワイトデー最終話


「・・・・・」


 ダメだ、俺。全くダメだ。今日の俺、カッコ悪い。全くカッコ悪すぎる。心の底から、地獄の底からカッコ悪い・・・。ユカちゃんが消え、生暖かい視線をどうにかやり過ごした後、どうやって帰っ てきたのかは・・・覚えてない。でもフラフラの足でどうにか自分の部屋に辿り着き、制服のままベッドへダイブ。今の気分を擬音で表すなら『ズーン』だな、と思う。ガーン、でもがっかり・・・でもなく、ズーン。ほら、ライブハウスなんか行くと腹に響くじゃん、バスドラムとかベースの低音が。まさしくあの感じ。腹だけじゃなくて、体全体、心全体に響いちゃってる感じ。

 ズーン・・・なのは、ユカちゃんが帰っちゃったからでも、ユカちゃんが怒ったからでもない。ユカちゃんを怒らせちゃったから。今更後悔。激しく後悔。直井と2人で一生懸命考えたつもりだった。ユカちゃんの欲しいもの。でもそれは全くの独りよがりで。俺が考えてたのは、ユカちゃんが欲しいものじゃなくて、俺がユカちゃんにあげたかったもの。俺が彼女に望んだもの。ユカちゃんのため・・・は、実は自分のため。・・・全然ダメじゃん、俺。


「・・・・はぁ・・・」


 小気味よい程深いため息。腹の底からのため息。こりゃすごい。聞いてるだけで「ああ、この人最っ高に落ち込んじゃってるのね・・・」と分かるため息。むしろ、聞いてる方が落ち込んじゃうようなため息・・・と思い、ふと気付く。これ、俺のじゃない。


「・・・・」


 どういうことですか?この部屋には、俺しかいないはずなんですけど。一瞬にして背筋が凍りつく。うち、動物なんて飼ってないよな?百歩譲って飼ってたとしても、ため息なんてつかないよな?つまり、これ、如何に。怖い。でもため息の主を知りたい。でも怖い・・・堂々巡りの脳内。ユカちゃんのことで落ち込んでたことなんて、半分忘却の彼方、だ。しかし、いつまでもこんなことしてる場合じゃないし、これしきのことで怖がってるのは俺らしくない!意を決して、ため息が聞こえた方向を見る。と。


「・・・うわぁっ!」


驚いた。心底驚いた。流石の俺も驚いた。でもこれは仕方ない。だって誰が予想できる?ベッドの横に、直井が正座してるなんて。しかも、俺以上に暗い空気まとって、がっくりうなだれてるなんて。でも、そうなった理由は予想できる。


「お、お前もなのかジョニー?」

「きっとそうだよベンジャミン」


 誰だよ、ベンジャミンって。と思いつつも、直井が乗ってくれたことは少し嬉しい。でも、ちょっと怖い。じっとり暗い表情と、青白い顔。それとは対照的に、左頬には真っ赤なモミジがぺったりと引っ付いていた。少し小さめのそれは、『どうしたんだ?』なんて聞かなくても分かるもの。こんなときに不謹慎だけど、ちょっとだけ笑いそうになった。そして、心の底から直井に同情した。俺はプレゼントされなかったもん。こんなに立派なモミジ。



 直井がどうやってここまで来て、どうやって家に入ったかなんて、そんなことは問題じゃない。大事なのは、『モミジをこしらえた直井が、今この場所で落ち込んでいる』という事実なのだ。そして、俺も同じように落ち込んでいる、という事実だ。それはもう破壊的に。


「あやのちゃん、何だって?」

「・・・言わない」

「なんで」

「あやのっちの言葉繰り返したら、俺死んじゃうから・・・」

「・・・」


 なあ直井よ、お前は一体何を言ったんだ。繰り返したら死んじゃうような言葉って・・・流石の俺にも想像できない。しかも、その場合は何死だ?やっぱりショック死か?聞きたいことは色々とあるけれど、この部屋で死なれるのは非常に困る。下手したら、俺が殺人犯になる。


「じゃあ、せめてそのモミジが何なのか教えてよ」

「・・・」


 こればかりは譲れない。このモミジだけは。これが何なのか気になって気になって、きっと俺は夜を眠れずに過ごす羽目になる。直井、傷口を抉るこの俺を許せ。そして教えろ。お前のそのモミジの理由を。


「これはさぁ・・・」

「うん」

「俺さぁ・・・」

「うんうん」

「婚姻届渡そうとして、勢い余ってあやのっち押し倒そうとしちゃったんだよね・・・」

「うんう・・・・」


思わず直井を凝視。お前が?あやのちゃんを?押し倒す??


「・・・それは、故意に・・・か?」

「いや、成り行きで・・・っつか、そりゃ少しは・・・ソウイウ欲望的なものが、ないと言ったら嘘になるかもしれないくらいの確率で・・・」

「回りくどすぎて、何言ってるか分かんないんですけど」

「・・・もう許してくださいよ。俺、ここに来るだけで精一杯だったんだからさ・・・途中で呼吸困難に陥りそうで、生きたままお前の顔見れるかどうか不安だったんだぞ・・・」

「・・・そうか」


 直井の顔があまりにも悲しそうで苦しそうで情けなくて、俺はそれ以上突っ込めなかった。というか、今になって自分も同じ立場だと言うことを思い出した。俺も直井も、勇気を振り絞ってプロポーズしたのに・・・思いっきり玉砕したんだよな。ああ、言葉にするとなんか陳腐だ。プロポーズ。冷静に考えれば、高校生がするもんじゃないよ。全く。


「・・・直井、明日という字は『明るい日』って書くんだぞ」

「・・・そうだな三輪。『明けない夜はない』っていうもんな」

俺たちは、顔を見合わせてうんうんと頷きあった。



 そして翌日。ちゃっかり夕飯まで食べて、血色良く、しかも元気に帰った直井の事は知らないけれど、俺は憂鬱で憂鬱で。出来ることならガッコを休みたくて仕方なかった。これも偏にユカちゃんと顔を合わせづらいからである。が。


「あんたみたいなバカな子が、風邪なんか引くわけないでしょっ!」


 もしや、と思い母さんに『風邪引いたからガッコ休ませてくれ』と言ってみたけれど、ケンモホロロに追い出された。不貞腐れた俺は、このままどこかへ逃げてしまおうとも思ったけれど、担任から家に『三輪くん、今日学校に来ていないのですが』という連絡が入ることを想像して・・・それも止めた。基本的に臆病なんです、僕。仮病が駄目、自主不登校も駄目ときたら・・・せめて遅刻くらい、と思っていつもよりずっと遅いスピードでのそのそと歩く。けれど・・・こういう日に限って邪魔者が入るんだよな。


「お前、そんなにのんびり歩いてたら遅刻するぞ」


 運悪く登校途中で出会ってしまった久慈に、ぐいと肩を掴まれる。いいんですいいんです、僕遅刻したいから放っておいてください・・・とは言えず。引かれるままに歩き出す。そして校門で・・・心の底から回れ右をしたくなった。もう、勘弁。何でこんなところにいるのよ、仁王立ちしたユカちゃんが・・・


「・・・俺、邪魔?」


 変なところで気を利かせる久慈。いや、全く邪魔じゃない。むしろいて欲しい。お前だって昨日の惨劇を見たんだろう?と言いたいけれど、それが言葉として口から出る前に、その姿は遥か彼方へ。故に、俺はユカちゃんとたった一人きりでご対面。・・・こういう場合、どうすればいいんだ?無視するのか?それとも『ああんユカちゃん!今日も可愛い!』と、いつもどおりにすればいいのか?一歩ずつユカちゃんに近づいていって・・・結局、喉から搾り出した言葉は『おはよう』だけだった。たった一言。情けないにも程がある。



「・・・これ」


 じろりと俺を睨んで、それから掌に納まるほどの何かを差し出す。それは、昨日意を決してユカちゃんに渡したビロードの袋。その中には・・・


「・・・・・」

「昨日、あんたがあまりにもバカなことするから、心の底から驚いたし、はらわた煮えくり返るくらい怒れたけど・・・」

「・・・・・」

「・・・あんたなりに一生懸命考えた末の暴挙だと思うから、今回は許してあげる」

「・・・え?」


 俯いていた顔を上げる。ユカちゃん、今なんて言った?許してくれる・・・って?

 ばっちり目が合うと、ユカちゃんは少し気まずそうに目を逸らし、それから苦笑いした。俺の胸元にぐっと拳を突きつけて、これは受け取りなさい、と言う。もちろん、ユカちゃんのために一生懸命選んだ指輪。ちょっとショック。だけど。


「これはもらっておいてあげる。小さすぎて使い道ないけど」


 紺色のビロード袋を掲げて、意地悪く笑った。それはあまりにもいつものユカちゃんで。うん、とかありがとう、とか、そんなことを言うことも忘れるくらいに俺は驚いた。そして嬉しかった。俺はユカちゃんに許されたのだ。


「・・・もらってくれてありがと!!」


 既に小さくなりつつユカちゃんの背中に、ありったけの力をこめて叫ぶ。だからユカちゃんが好きなんだ。意地悪でつれなくて、どうしようもないくらいに冷たいけど、いつだってどこか温かい。こんな俺の事でも、ちゃんと受け入れてくれるんだから。

 心のどこかに小さな花が咲いた。その花を、いつまでも大切にしようと思った。





おまけ話があります!!
クイズに答えるとお話にジャンプしま〜す。

テツヤは何人兄弟でしょう?!半角数字で答えてね!


※ジャンプできるのは1日1回だけです!人数制限あり(笑)