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「・・・まさか、とは思うけどさ・・・」

「ん?」

「お前、もしかして、原中のテニス部員探そうとしてないだろ?」


天神、イズムの地下にあるスヌーピーショップで、自分と同じくらい大きなぬいぐるみをじっと見つめ、抱きかかえようとしている妹の背後に立ち、小さな声でそっと尋ねてみる。今まさにぬいぐるみに触れようとしていた妹は、一瞬驚いたように肩をびくつかせ、ゆっくりと振り返って俺の顔を見て・・・『そんなことないよ?』と、引きつった笑顔で言った。

          

 ふかわりょうの出ていた番組も終わり、地下鉄使って2人仲良く天神まで出てきたのはいいが、こいつときたら、駅に着くなり当初の約束――マックで昼メシをおごるってやつだ――じゃデートっぽくないから嫌だとか言い出した。ああでもない、こうでもないともめた挙句、地下街でサンドイッチ食べることになった。けど、俺もこいつも育ち盛りの学生で、オサレで小さくて高価なパンと飲み物で満足できるはずもなく。1人で2個、3個と食べちゃって、結局2000円近くも使ってしまった。これがマックだったら、Lサイズのセットに変えたところで50円アップで済んだのに・・・と、食べ終わってから泣き言を言ってもどうにかなるはずもなく・・・だ。先週、牧野サンとホークスタウンへ行った時ですらマックで済ませたのにさ、何が悲しくて、血のつながった妹と向かい合って、サンドイッチ頬張らなきゃいけないんだよ・・・って思ったら、少し悲しくなっちゃったことはこいつには内緒だけど。

 その後も、なんとか言うランキングショップにいるかもしれないから、とそこへ足を伸ばし、賞品を物色し、ソラリアシティにいるかもしれないと足を伸ばし、ノートやシャーペンを買い込み、イズムにいるかもしれないと足を伸ばし、こうしてスヌーピーと戯れてるわけだ。ケータイ見れば、既に2時を回ってて。俺、こう見えても一応受験生だし、正直なところ、面倒なことはとっとと終わらせて、おうち帰って勉強したいんですけど。大きな声じゃいけないけど、数学の問題集、まだできてないし。


「本気で探すんだったら、そろそろ次行くぞ」

「え、でもスヌーピー・・・」

「買えもしないものと戯れるな!」


 買えたところで、こんなでかいぬいぐるみ、どうするつもりだよ?お前の汚い部屋になんか置けないくせに・・・と言いながら、妹の腕を掴んで引っ張る。まったく。こいつに好き勝手やらせてたら、いつになっても帰れやしない。


「いーじゃんか。たまにはゆっくりこういうもの見たって!」

「今日じゃなくてもいいだろ、来週でも再来週でも、友達と来れば?」

「部活があって来れません!」

「・・・お前、今日は?」


 そういえば、朝からこいつは家にいたぞ?そして、こいつが中学に入学してから今まで、休みの日にこいつを家で見かけたことがあっただろうか・・・いや、ない。そして俺の記憶が正しければ、テニス部は顧問がとても厳しく、滅多なこと――試験前とか、盆暮れ正月とか――がない限り、休みにならないはずだ。ということは?


「休んだに決まってんでしょ?何分かりきったこと聞くの?」

「・・・全然分かりきってないし」


 っつか、こんなことで休むなよ・・・と、思わず脱力する。口には出さなかったけど、言いたいことは空気で伝わったんだろう。『だって仕方ないじゃん!』と、頬を膨らませて妹が抗議したから。


「今日なんて1日練習とか言うし、午前中で帰ってくるとしたって、12時過ぎだし、そこからシャワー浴びて昼ごはん食べて出てくるなんて、面倒じゃん」

「いや、それはそうかもしれないけど・・・」


 ちょっと待て、なんで俺が怒られてんだ?むしろ、俺が怒ってもいい立場だろ。『部活を休むとは何事だ!』って。


「大兄があたしの立場だったらどうよ?部活でくたくたになった体に鞭打ってまで、天神で遊びたいと思う?シャワー浴びてご飯食べたら、フツー眠くなるでしょ?それに一応『デート』なんだから、おしゃれだってしたいし。いつもみたいに、テキトーな服引っつかんで着る・・・ってのとはワケが違うんだから!」

「・・・お前、意味わかんないよ」


 今の言葉を、いくつか訂正したい。まず第一に、今日はデートじゃない。少なくとも、俺にとっては。第二に、百歩譲っておしゃれしたいなら、前日から服を選んでおく、という選択肢があるはずだ。第三に・・・


「シャワー浴びてご飯食べたら眠くなるって・・・じゃあ、もし今探してる原中の奴が部活終わった後にそれやって、疲れて眠くなって天神来てない可能性があるっての?」


 それ以前に、テニス部の厳しさなんて、ここらの中学でそう違うわけじゃない。ってことはだ。もしかしたら、原中のテニス部も今日は1日練習かもしれないってことか?ホントにそうだったら・・・俺ってかわいそうじゃない?ここに現れない奴を探すために天神まで出てきて、メシおごってやって、いろんなところ付き合わされたってこと?

 しかし。その辺りだけは妙にしっかりしてるわが妹。冷たい顔で、『そんなことないよ』と一言言い放った。


「そこんとこはしっかり調べてあります・・・ってか、知りたくもなかったけど、ご丁寧に原中のテニス部が教えてくれたよ。もちろん、面白半分で」

「ほお?」

「そいつ、自分を何様だと思ってるのか知らないけどさ・・・練習試合のあった次の週は、絶対部活に来ないんだって。なんかね、試合で緊張した脳と体は、しっかり休ませなきゃいけないとか何とか。それなら練習試合の次の日に休めよ・・・って思うけどさ」

「・・・要するに、ずる休みなわけね」

「おそらくね」


 そんな会話を交わしながら、イズムを出て天神コアに向かう。これに対しては、俺も特に反論はない。このビルには大きな本屋――田村とjupterのスコアを買いに来たところだ――があるから、ついでに参考書を物色しよう、と思ってたから。何かいいCDも出てるかもしれないし。


「・・・ね、今のうちに聞いとくけどさ、もしそいつらに会ったら、俺はどうしたらいいわけ?」


 コア内のエレベータに乗りながら、妹に問う。ふと思ったけど、もしそいつらに俺がこいつの彼氏じゃなく、ホントの兄貴だってばれたら、それは結構恥ずかしいことになるんじゃないのかなー・・・って、今更ながらに気付いた。そしたら、こいつはもっと気まずい思いをすることになるんだろうし、それはちょっとかわいそうだと思うから・・・今のうちに打ち合わせ。


「つまらなさそうに隣に立っててくれればいい。余計なことは一言もしゃべるな・・・っていうか、口開かないで。計画書通りにあたしが動くから」

「・・・何、計画書があるの?」

「いや、なんとなく言ってみただけ。頭の中にイメージはあるけど」

「・・・へぇ」


 どんなイメージだよ?って聞きたかったけど、何か怖かったからやめておいた。心がどれだけ大人だって、所詮は中学1年生だ。考えることなんて、きっと単純明快なものだろう。『この人、あたしの彼氏!』って紹介して、その場を立ち去る・・・程度じゃないのか?


「5階の洋服のお店か、6階の本屋か、7階のCDショップのどこかにいるような気がする。ってか、絶対いると思う。大兄、気合入れておいてよ」

「・・・へいへい」


 妙に力が入る妹に、適当な返事をする。・・・と、突然、妙な胸騒ぎがして、体がぶるっと震えた。これは・・・いつもの嫌な予感か?妙に当たる・・・ってか、ほぼ百発百通で当たる嫌な予感か?思わず周りをきょろきょろと見回した。でも、ここはガッコじゃなくて天神だ。人のあふれた、日曜日の天神だ。嫌な予感・・・っても、何かにつまずいて転ぶとか、そんな程度だろう・・・なんて、自分を納得させてみる。そうだよ、田村やテツヤ、ましてや牧野サンがここにいるワケじゃない。嫌なことなんて、きっと何も起こらないはずだ。



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