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「はぁ・・・そんなやり取りが・・・ねぇ」
普段、よほどのことじゃなきゃ動じない田村も、この話には驚かずにはいられないだろう。予想通り、大口開けてぽかんとして、『びっくり』という表情を見せてくれたから、『田村驚かせ隊』――今作った――隊長の俺は、とっても満足だったりする。
もちろん、『この話』というのは昨日の事、我が妹の予期せぬ悲恋話――というのは、ちょっと語弊があるが――だ。そして言うまでもないが、田村が驚いているのは。原中の不幸男子が妹を振ったと吹聴していることではなく、その後。妹の計画した復讐劇の恐ろしさに・・・である。ついでに報告すると、昨日の夕食は、その場から逃げ出したくなるほど異様なオーラが漂っていた。時折上目遣いに妹をちらちら見ながら、妙におどおどする弟と、誰とも目を合わせず、黙々と食事をする妹。そして、その理由を知り、肩身の狭い思いをする俺と、何が何だかさっぱりわからず、ただ不穏な空気に首をかしげる母。ちなみに、妹溺愛の父は、相変わらず遅いご帰宅だった。ひたすら沈黙の続く、まるで通夜のようなごはんじゃ、たとえ俺の好物――一足早いカキフライだ――とはいえ、『いやっほー!!』と元気に喉を通るはずもなく。無駄に多い咀嚼を繰り返しては飲み込む・・・の繰り返しだった。おかげで、味なんて全然分からない。あのバカさえその場の空気を読めれば、妹怒らせずに済んだのに・・・とか、もっと美味しいカキフライが食べれたのに・・・と、心の中で悪態をついたことは言うまでもないだろう。
家を出てすぐの交差点で遭遇した田村と俺は、ガッコまでの道のりをのんびりと歩いていて。もちろん、昨日の二の舞にならないよう、宿題は全ての教科でばっちりこなしてきた。あ、ウソついた。来週までの数学全問は、平井に見せてもらった問題以外、全く手をつけていない。
「しっかし、イマドキの中学生もなかなかやるね・・・7ヶ月前までランドセル背負ってた奴らが、惚れた腫れたでそんな騒動起こすなんてさ・・・」
「・・・お前、妙におっさんくさいぞ」
「・・・ほっとけ」
田村に脳天をペシッとやられる。う、痛い。でも田村の言うとおりだ。人間って、制服着るだけでこんなに大人びちゃうモンなんですかねぇ?っつか、何か、同じようなセリフを最近聞いたような気がするけど。『イマドキの大学生は・・・』とかって。いやー・・・マトモなのは高校生だけか?今のご時勢。いや、そうでもないか。妙なおっさん子供が俺の隣にいるし。
「そのフクシュウゲキとやらは、全部自分で考えたの?」
「わかんない。多数はウワサを信じたとしても、ごく少数のトモダチは、告られた時にその場にいたかもしれないし。ウワサよりも、妹の言葉を信じる奴らだっているだろうし。事実知ってる子同士で妙なダック組んで盛り上がっちゃったかもね」
「今、結構カゲキなドラマやマンガもあるしな。」
「・・・そうなの?」
ドラえもんが楽しいと思っちゃってる俺には、その辺りのことはわかんないけど。でもまあ、ソウイウコトなんだろうと無理やり納得してみる。映画やドラマも、少女マンガが原作になってるのって最近多いし。妙にエログロなドラマも、平気でゴールデンタイムに放送してるし。そういうことに疎い俺なんかは、エロかったりグロかったりするシーンになると、どうにも恥ずかしくなっちゃったり気持ち悪くなっちゃったりして目を逸らしてしまう。情けないとかお子様とか言われても・・・文句は言えないね。
「でも、原中の奴も自業自得だとは言え、可哀想だよな。トモダチの前でそれやられるわけだろ?」
「ね。しかも結構カッコいい奴らしくて、きっとプライドも高いんだろうなー・・・って思うよ」
「カッコいいのか?」
「FOMAの宣伝に出てる奴に似てるって言ってた。まあ、あいつからすると大してかっこよくないらしいけど」
「へぇ」
「だって、好きな芸能人が『ふかわりょう』だぞ?」
「・・・・・」
流石の田村も、またまた度肝を抜かれたらしい。今度は絶句だ。でも、気持ちはわかる。俺もびっくりしたから。その名前を耳にした瞬間、脳裏にあのマッシュルームカットが浮かんで・・・一瞬硬直したもん。
「ま、まあ人の趣味はそれぞれだからな。うん、ふかわりょうも良いと思うよ」
「・・・無理しなくてもいいよ」
なんか、自分の趣味を疑われてるような気がして、ちょっと気まずくなった。田村もそれを察したのか、急に話題を変えようとして。
「しかし、兄弟で逆の立場に立たされるなんて、なかなか面白いよな・・・アニキは振られて、イモウトは振って・・・あ」
おい、そこで地雷踏むかよ。昨日の妹とのやり取りで忘れかけていた昨日の悲しい出来事。『付き合ってないから!』って、身体全体で全否定されちゃってさ・・・ちょっと、マジで悲しかったんですけど。親友がそんな傷を穿り返すかなぁ・・・と、田村をじろりと睨んでみる。気まずそうな表情浮かべて『悪い』なんて言うけどさ・・・本気で悪いよ。昨日のコロッケも帳消しだよ。
ふん・・・とそっぽを向きながら、T字路を左に曲がる・・・と、数メートル前に、見慣れた後ろ姿を発見してしまった。全く、どうしてこうついてないんだろう。本気で泣きたくなった俺は、心の底から大きな溜息を吐く。前を歩く、城南高校の女子生徒。肩までの長さの、少し茶色の髪。他の生徒より短いスカートと、密かにおそろいの、アディダスのスニーカー。ぴたりと止まった俺を不思議そうに見て、田村も同じように止まる。
「草野、どうし・・・」
視線を前方に動かして、田村もわかったみたいだ。『あー・・・』と微妙な声を出して、頭を掻いた。
「・・・どうする?っつっても、ガッコまで行くの、この道しかないけど・・・」
本当は避けて行きたいところだけど、そういうわけにもいかない。だからといって、声をかけて一緒に行く・・・というのも避けたい。お互い気まずい思いするだけだから。横をすり抜けていくのも何だか・・・だし。まあ、同じ時間に、同じ方向から、同じ場所を目指して行くのだから、こうしてすれ違ってもおかしくないのだが。出来れば、朝から牧野さんの気まずそうな表情を見てテンション下げるのはご遠慮したい。
「・・・あと10秒ココで立ち止まって、ゆっくり歩いてくわ。何なら、お前先行ってもいいよ」
田村と牧野サンは気まずくも何ともない仲だから、一緒に登校することになってもおかしくないし。ここで俺につき合わせてゆっくり歩かせて、万が一遅刻でもしたら申し訳ない。でも。
「・・・さっきのお詫び・・・じゃないけど、付き合ってやるよ」
「・・・別にいいし。っつか、お前俺に付き合ってたら遅刻するかもよ?」
「10秒立ち止まって、牧野さんと同じスピードで歩けば、ガッコに着く時間は10秒しかかわんないし。大丈夫だろ。万が一遅刻したら、『登校中に草野が腹痛くて、心配だったから付き添ってました』って言うよ」
「・・・病人にするなよ」
そんな会話を交わしているうちに、牧野サンは次の角を曲がって小さくなった。少しだけホッとして歩き出した俺に、田村が笑いながら言う。
「・・・お前もさ、やってみたら?妹と仲良く腕組んで歩いて、『コレ、俺の彼女』って」
「・・・バーカ」
一瞬だけ良い考えかも・・・なんて思ったけど。がぶりを振って田村の頭をごつく。確かに振られて悲しいけど、俺は牧野さんに腹いせしたいなんて思っていないし、そんな事で彼女を翻弄させたくない。願うことはただ1つ。『この傷が早く癒えますように』・・・ってことだけだ。
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BGM♪スピッツ*アカネ