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「・・・俺、お前と付き合う気ないんだけど」

「当たり前でしょ?兄弟なんだから」

「ってか、そんなフリするつもりもないんだけど」

「それは困る。日頃役にも立たない兄貴なんだから、たまには可愛い妹のために一肌脱いでよ」

「やだ。ってか、何で付き合ってるフリしてそいつに見せ付けなきゃいけないの?」


 そう言うと、妹は大きな目でぱちくり瞬きをして俺を見て、そしてあからさまに大きな溜息をついた。そして、肩を大げさにすくませながら、『だからいつまで経っても大兄はダメなんだよ・・・』と心底バカにした声で言う。・・・なんか、ムカつく。


「いい?色恋沙汰で1番相手にダメージを与える方法はね・・・幸せになった自分を見せ付けることなんだよ?例えばさ、原中のあたしに告った男は、みんなにウソついたことによって、自分が傷つくのを回避したわけじゃない。その上、『あたしを振ってやった』って言うことで、自分のプライドも保てるし。でもさ、例えばそこにあたしが『彼氏』と腕組んで現れたらどうよ?その張本人は驚く上に、『しまった!』と思うじゃん。それでもって周りの人は、『あれ?振られたはずの草野が、男と歩いてる?!しかもかなり年上の?!』って思うわけよ」

「・・・ほぉ」

「そうしたらこっちのもの。そいつの信用がた落ちだし、そいつ自身のプライドも滅法傷つくし」

「・・・お前、怖いわ」


 日々淡々としているこいつが、こんな空恐ろしい復讐劇の演出考えてたなんて、誰が想像つくよ。あー・・・絶対敵に回さないようにしよ。でも。


「ってか、俺ら兄弟だし。ばれるんじゃねーの?それにあんまり年上過ぎたら困るだろ。やっぱりあいつに頼んだ方がいいって」

「大丈夫。だってあたしたち『似てる』って言われたことあんまりないじゃん。あたしは大兄と違って聡明な顔立ちしてるし」

「ちょっと待て、それビミョーに・・・」

「それに、小兄じゃ面が割れてるってさっきも言ったでしょ?一応同じ中学に通ってるんだから、あたし達は」


 俺の苦情などさらりと流して、こいつは言葉を続ける。聞いていないのか、はたまた端から聞く気がないのか。後者ならば、その無理勝手な『お願い』とやらを拒否する俺の言葉すら聞き入れるつもりなど、毛頭ないだろう。ということはつまり。相談を受けてしまった――こいつがこの部屋に来た瞬間から、俺の運命は決まっていた、ということか?・・・って、そんな大げさなものでもないんだけどさ。


「でも、『振られた勢いで他の男と付き合い始めた』とか思われるかもしれないぞ?」

「付き合いはじめたばっかりの人と、そこまで親しく腕組めないでしょ?」

「・・・そんなに親しげに組むつもり?」

「兄弟なんだからいいじゃん。それに、『あたしに男がいた』って事実で頭混乱して、そこまで深く考えられないよ、中学生なんて」

「・・・そういうお前も中学生だけどな」

「違う。あたしは『聡明な中学生』だから」

「・・・はい」


 どこが聡明だよ・・・と突っ込もうとしたが、他の――おそらく、5年前の俺よりはずっとずっと聡明(大人)であることに間違いないので、何も口にせずただ頷く。すると、妹は満足そうににっこり笑い、『じゃ、日曜日よろしく』と言った。それと同時に、階下から母さんの『ご飯よー』という声が聞こえる。自分の耳を疑って部屋の壁時計を見ると、短針は既に『6』を回っていて、こんなに長い時間こいつと話してたのか・・・と思わず驚いた。帰ってきたの4時ちょっと過ぎだから、1時間弱?しかもこいつのお願いごとで。


「ご飯だって。下行こ」

「・・・はい」


 ポテトチップの空き袋と空のペットボトルをゴミ箱に投げ入れ、「ドラえもん」を机の上に置くと、妹と一緒に部屋を出る。タイミング良く弟も自分の部屋から顔を出して、珍しく台所以外の場所で3人揃った。狭い家なんだから、しょっちゅう顔をつき合わせてるような気がするけど、実際大学受験を控えた長兄と、高校受験を控えた次兄と、運動部に所属する末妹が遭遇することは滅多にない。微妙に生活サイクルが違うから。まあ、3人揃ったからってどうというわけではないのだが。

 弟は、部屋から出てきた俺と妹の顔を交互に見て、『珍しい組み合わせだ・・・』と目を丸くして驚いた。まあ、その気持ちもわかるけど。先頭がこいつで、俺が最後で、兄弟仲良く階段を降りる・・・が。

「そいえば、お前原中の2年に振られたんだって?」


 突然回れ右をして、妹の顔を覗き込むバカ1名。タイミングが悪いと言うのかむしろ良いと言うのか、こいつってどうしてこうなんだろうね?俺は、その後とび出すであろう言葉を想像して肩をすくませる。ついでに、『それ以上言うな』って口に手を当ててバカ(弟)にジェスチャーしてみたけど、それに気付けるような奴――いや、気付いたところで素直に忠告を受け入れるような奴じゃなく。


「テニス部の奴らに聞いてさ・・・まさかお前がああいうタイプの奴を好きだとは思わなかったから、マジでびびった。っつか、ソウイウコトは、まず俺に相談しろよー。そしたら俺の広大且つ頑丈な交友網で、上手いこと・・・・」


 ふと、バカ――弟の表情が変わった。そして、妹から発せられるオーラも変わった。あー・・・やっちゃった。トバッチリを喰らうのは勘弁!と、今下りた数段の階段を逆戻りし、壁に隠れてそっと成り行きを見守る。っつか、情けない兄貴だ、俺。

 事件現場――というのは大げさな表現だが――では、数秒の沈黙が流れて。その後、妹はおもむろにバカ――弟の胸に肘を入れた。もちろん、そこが階段だと言う考慮はしているらしく、突き落とす・・・などという暴挙に出ることはなく、壁に押しやっただけなので安心したが。それでも不意打ち攻撃は奴にとっても痛恨の一撃だったようで、『ぐぇ・・・』などという人間が発した声とは到底思えない奇声を上げた。



「・・・そういうウワサ、しかも不幸系のやつで喜んで盛り上がるのって、よっぽど人間できてない人なんだよね。自分のアニキが人徳者だとは端から思ってないけど、まさかそういう低俗なモノで喜ぶなんて、結構ショックかもね」


 うわー・・・すっげー低い声。相当怒ってるってのはバカでもわかる。奴も目を丸くして喉を鳴らして。『あたし、振られてないし別に付き合ってる人いるから!』大きな声でそう言い捨てると、彼女は足音荒く階段を降り、一足先に台所へ消えた。誰もいない階段に1人残され、呆気に取られるバカ1名。さすがにちょっと可哀想になっちゃって、奴のところまで行き、肩をぽんぽんと叩くと、ようやく我に返ったように顔を上げた。


「ね・・・何、アレ」

「お前が地雷踏むからだろ」

「って、地雷って何よ。うわさになってたから真相確かめようとしただけだぜ?」

「それが地雷だっつーの」


 訳わかんねー!!と叫ぶバカをその場に残し、俺も夕食求めてその場を離れる。確かに、人とすれ違う度にあんなこと言われたら怒りたくもなるだろう。しかも、中学生なんていったら、そんなウワサ話が大好きなお年頃じゃないか。

 あいつの気持ちも理解できたことだし、同情心がないワケじゃない。まあ、この先あるかないかの頼みだ。天神連れてくくらいどうってことないし、腕を組むといっても、30秒かそこらの話だ。ココは長兄らしく寛大な気持ちで、快く受け入れてやろうじゃないか。

 そう思ったら、自分がすげー人格者になったような気がしちゃって。俺って単純だよな・・・と少々の自己嫌悪を感じつつも、それが俺なのだからと、多分に開き直った次第である。


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