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 ・・・嘘だ。これは絶対に何かの間違いだ。目を閉じて、もう一度開ければ、きっといつもの自分に戻ってるはずだ・・・。

 すがるような気持ちで目を閉じ、頭をぶんぶんと振る。何度も振ってたら、流石に頭がくらくらしちゃって。夢から覚めて欲しいと必死で祈りながら、ゆっくりと目を開く。


「・・・・・」


 鏡に映った自分の姿。見慣れているはずのつまらない顔なのに、見入ってしまうのは何故だろう。その姿は滑稽で無気味で、気持ち悪い。自分の表情が怪訝そうでげんなりしていることだけが、唯一の救いと言えるだろう。


「・・・・・・・」


 いろいろな言葉が頭の中に浮かんでは消える。しかし、それらのたった1つも、実際に口からこぼれるものはない。目の前に立つ、この人間は一体誰なのだ。俺であって俺ではない。別の人間だと思いたい。しかし、俺が左手を上げれば、奴も同じように左手を上げる。舌を出せば、同じように舌を出す。それも全く同じタイミングで。・・・ということは、やっぱり俺なんだよな?これ、ドッペル・ゲンガーってことなのか?それと同じか?呆然を通り越して、愕然とする。


「草野くん、そろそろいい?」


 ショコの声とともに、カーテンが開く。愕然としたまま振り返れば、期待膨らませて目をキラキラさせるクラスの奴ら。俺の姿を見て、一瞬息を呑んだ。そして、次の瞬間大爆笑だ。


「草野お前最高!」

「可愛すぎるー!!」

「似合いすぎ!それ犯罪!!!」


 褒めてんだかけなしてんだか、よくわからない言葉が飛ぶ。どっちだよ、一体・・・と突っ込む元気もなく。早く脱ぎたい一心で、田村に助けを呼ぶ視線を向けるけれど・・・っておい!お前!!なんで笑ってんだよ?!田村だって被害者だろ?!・・・ってか、同情めいた視線で俺を見るな!!


「誰だよ?!こんなコスチューム考えた奴らは?!」


 怒鳴りたくなる気持ちも、俺のカッコ見たらきっとわかる。未だに信じられない・・・信じたくないのだ。自分がスーパールーズな靴下と、ひざ上のプリーツスカート―――どこかの学校の制服だろう―――を履いているなんて。そのうえ、上着はツーピースのチャイナドレスだ。鮮やかなスカイブルー―――手触りがつるつるしてるから、材質はおそらくサテンだ。高校生が準備できるものだから、シルク・・・てことはまずないだろう―――と紺色のスカート、白い靴下のカラーコディネートは決して悪くないと思うけれど、着ている―――着せられている人間がおかしいだろ?普通は女の子、それも飛びっきり可愛い子がやる仕事じゃないのか?それなのに、何故俺?むさくるしい・・・わけでもないかもしれないけど、17歳の俺?健康な青少年――性少年ともいう―――がこのカッコ?おいおい、納得も理解も何もかもできない!!!

 やけっぱちで叫んだ俺の質問に、手を挙げたのは3人。2人は嬉しそうに。そして1人はおずおずと申し訳なさそうに・・・。そして前者の2人はショコとユカで、後者は牧野サンだったりする。って、牧野サンも犯人だったのね・・・。ほほ・・・と、声に出しながらその場にしゃがみこみたくなった。


「いや、草野くんと田村くんに何かコスプレしてもらって、 客寄せでもしてもらおうかなー・・・なんて思って。 『チャイナドレス姿か、セーラー服姿か』 ・・・ってクラスの意見が分かれちゃってさ・・・」

「で、どうせだったら両方やってもらおうってことになったの。 チャイナドレスの上着と、 東京の高校生並みのミニスカートとルーズソックス。 でも、結構可愛いでしょ?似合ってるし」


 淡々と、そして意義を唱えさせないような勢いで言葉を並べるショコとユカ。ここで反論しなきゃ負けだ・・・とは思ってみるものの、彼女たちの視線―――目力・・・ていうのか?この威圧感は―――に、俺は借りてきた猫状態。言葉が喉に詰まって・・・何も言えない。それでも男の沽券をかけて言葉を発しようとした瞬間。


「・・・草野くん、可愛い。似合ってるよ」


 ・・・牧野サンに言われちゃったら、もうどうしようもないんじゃない?これ。頬が微妙にぴくぴくと引きつってるのは気になるけど。仕方ないから、もう一度鏡をよく見てみた。・・・やっぱり気持ち悪い。けど、・・・似合ってない・・・こともないんじゃないの・・・か?まじまじと覗き込んで、今度は田村に目を向ける。


「・・・お前の方が、かわいそうかもしれないな」


 ポツリと呟いたら、田村に頭をごつかれた。 


「何言ってんだよ、女装されされる方がかわいそうに決まってんだろ?! 俺の方がまだまともだ・・・と、思うけど・・・」

 って、言ってるそばから語尾が小さくなってんじゃん。 そりゃ、そうだよな。女装だったらまだ諦めつくよ。完璧にいつもの自分じゃないもん。でもさ、田村は太夫服だぜ?ブルース・リーばりの。黒地のキラキラ光った生地で、赤い糸で竜の刺繍とかしてあって。男が着るものだろ、太夫服って。どうせコスプレするんだったら、とことんやった方が恥も捨てきれるってなもんだ。 

 と、田村もうすうす思っていたんだろうか?俯いてしばらく黙ったあと、


「やっぱそうだよな・・・」


 と小さく呟いた。ま、俺ら2人がどれだけ喚こうが暴れようがしょんぼりしてみようが、この企画を中止してくれるようなことはまずないだろう。クラスの面子からして。だってさ、今だってみんな笑ってんだぜ?俺と田村は、注目の的だよ。ここで服脱いだら、きっと血祭りにあげられてしまう。

 しかたねぇか・・・と諦めの気持ちがふつふつと湧き上がった頃、決定打とも言える級長の一言が教室に響く。


「ほら、開店は10時からだろ?もたもたしてると間に合わなくなるぞ」


 そしたらそれまで笑ってた奴らが急にきびっとして。クモの子を散らすようにわーっといなくなった。というか、持ち場へと走っていった。残った俺ら2人・・・と、級長、ショコ&ユカ―――こいつら2人はセットだな、いつも―――と牧野サンと、数名の奴ら。


「お店の宣伝になりそうな写真を撮りますので、ポーズ取ってくださーい」


 カメラを構えたショコに、思いっきり顔を崩して見せた。もちろん、控えてたユカにぽかっと殴られたけど。もうこうなったらヤケだね。田村の首に腕を回して、色っぽく―――自分でそう思うだけだけど―――微笑んで見せた。最初は吐きそうな顔してた田村も、腹をくくったのか、俺の腰に腕回して。ちょっと、背筋がぞくぞくっとしたけどね。もちろん嫌な意味で。後ろのギャラリーから、『おおっ』という歓声。ふんっ!バシバシ撮ってみろってんだ。


    


 それからいくつもポーズを変えて写真撮られて。終わる頃には『正子ちゃん』なんて呼ばれちゃってさ。祭り効果なのか、女装効果なのかわかんないけど、もうめっちゃくちゃハイテンション。盛り上がりついでに・・・って、『夢想人』で店内装飾の最終点検してた牧野サンの隣に立って、「正子でーす」なんて言いながら腕組んでやったさ。


「正子ちゃんとつくしちゃん、すごく可愛いよ!」


 ショコもその気だ。最初は戸惑ってた牧野サンも、そのうちその気になって。腕組み合って写真とってもらったよ。これくらいの役得、あったっていいだろ?小ぶりながらも柔らかい胸の感触、腕組んだときにきちんと体感させていただきました。ありがたや、ありがたや・・・・・。

 撮った写真は、今から『超スピード現像』を掲げている近くの写真やに持ち込んで、廊下に貼るらしい。俺と田村のいい恥さらしでもあるけれど、明日のステージの客寄せになるかな?なんて思ったら、どうでもよくなっちゃった。牧野サンと撮った写真は、きっと客寄せ写真にはならないだろうから。ショコに頼んでもらっちゃうことにしよう。

 波乱万丈ではあるけれど、どうにか始まった城南祭。高校生活最後の文化祭は、俺に何をもたらしてくれるのだろうか・・・?なんて、女装した格好で感慨深げに思った。



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                                     BGM♪スピッツ:スパイダー