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 バンッ・・・と大きな音を立ててドアが開く。もちろん、そこに立つのは、俺も田村も想像していた人物で。呆気に取られた俺たちを交互に見て、部屋の扉を閉めて正座して座った。一瞬、何が起こったのかわかんなくて、田村と目を合わせて首をかしげる。


「マサムネ、おまえがユカちゃんにしたことは許せないけど、俺がおまえにしたことも、ぶっちゃけ悪いと思う。だから謝るごめんなさい」

「・・・・・」

「・・・・・」

 正座した膝に、両手をグーにして載せたテツヤは、神妙というか、微妙な表情でそう言った。いつもみたいに髪をつんつんに逆立てて――今日、ガッコあったのに――いつもみたいに奇抜なカッコして。そんなテツヤにおされて、思わず俺も正座して、『こちらこそごめんなさい』と謝る。本当にごめんなさいだ。心配してくれたユカに怒鳴りつけて、関係ないテツヤに嫌味ぶつけて。テツヤはこんな風にちゃんと謝ってくれたのに、俺は謝ることすら考えてなかった。悪いことしたな・・・って後悔しただけ。あー情けない。同じ17歳の男なのに。

 なんだか妙な空気に包まれた田村の部屋。何か言い出すにも言い出せなくて。テツヤも俺も、頭下げたまま動けなくなってしまった。その空気を破ってくれたのは、やっぱり田村。おまえがウチに来るなんて珍しいな・・・なんて、テツヤの肩を叩いた。


「いや、マサムネんち行ったんだけど、弟くんが出てきて田村んちって教えてくれたから・・・」

「で、ここまで爆走してきたわけか・・・」


 少し苦笑して、テツヤのグラス持ってくる・・・と田村が立ち上がる。この場に2人きりにしないでくれよ・・・と少し思ったけど、それが届くはずもなく。ちらりと俺を見て、扉を開けて階下へと行く。仕方ないから、テツヤにもう一度謝って。2人で俯いたまま動けずにいる。


「・・・ユカちゃんに怒られた」

「・・・へ?」


 あまりにも唐突にテツヤが口を開いたから、思わず間抜けな声出して顔上げて。そしたら、少し恥ずかしそうに頭をかくテツヤと目が合う。さっきは気付かなかったけど、ちゃんとピアスまでつけてんじゃん。ここに来る前に、どこかへ行ってきたのかな?


「マサムネが教室出てってから櫻井センセがすぐに来て、俺6組追い出されたんだけどさ・・・そのときは、ユカちゃんに怒鳴ったおまえが許せなかったけど、自分の教室戻って席に座って冷静になったらさ、もしかしたら、マサムネに辛いことあったのかな・・・って。昨日つくしちゃんとのデートだったし・・・」

「・・・」


 ちょっと待て。それって俺が振られたこと前提じゃん。・・・まあ、事実だからいいんだけどさ。


「で、昼休みにユカちゃんが教室来て、俺がおまえにやったみたいに脳天チョップされて・・・めっちゃ痛かった。目を釣りあがらせて、ちょっとほっぺた膨らませたユカちゃんがすっげー可愛くてさ、俺、また惚れ直しちゃった・・・って、それは関係ないんだけど」


 わざとらしく咳払いして、視線逸らしてさ。変な奴。おまえがいつでもユカに惚れ直してることは知ってるっつーのね。


「ユカちゃんに惚れ直したのは良いんだけどさ、そう。で、言われちゃったわけですよ。『草野くんには草野くんの理由があるんだから、何も知らないあんたが彼を殴る資格なんてない!』とか言って。これがまた凛としてかっこいいのよ。腰に手を当てて、鋭い目で俺睨んで。ちょっと怖かったけどユカちゃんの目を見たら、そこには俺が写っててさ。もう、マジで?って感じですよ。君の瞳に俺がいる・・・みたいな?・・・って、これも関係ないんだけど」


 もう咳払いはいいよ。咳払いどころか、おまえの『ユカに惚れた』自慢話――惚れられたことは自慢になるけど、果たして惚れ直すことって自慢話になるのだろうか。別に、ユカと付き合ってるわけでもないし――もどうでもいい。っつーか、なんでユカまで俺が振られてるの前提なわけ?あ、でもそうかもね。テツヤのとこ行ったのは昼休みだし、それまでにショコやユカは、牧野サンから真相聞き出してるかもしれない。

 ちょっと納得できなくて首をかしげていると、グラスを持った田村が戻ってきた。思案顔の俺を見て、『どうかしたのか?』と問う。どうもしないけど、納得できないっつーか何と言うか・・・とりあえず、田村への報告はお預けだろうか。テツヤ来ちゃったし、帰る気配もないし。


「今日、天ぷらなんだろ?下でおばさんに言われたから、俺小躍りしちゃった」


 なんて、ここでも小躍りしてるし。ってか、おまえも食ってくつもりかよ。田村をチラリと見たら、あ。目を逸らされた。なんか、怪しい。まさかこいつ、最初からテツヤが来ること知ってたのか?そんな疑問を視線で送ってみると、気付いたのか、田村がごめんと謝った。


「いや、授業終わってから、こいつが藤原さんに怒られてるとこ見てさ・・・」

「そう。ユカちゃんったら『今日中に草野くんと仲直りしなきゃ、おまえとは2度と口聞かない』とか言うんだぜ?もう可愛いったら・・・・」

「だから、今日中におまえんち行くだろうな・・・って思ってさ。でも、おまえウチ来る予定だっただろ?だから、きっとテツヤも・・・って」


 途中、話に割って入ったテツヤを完全に無視し、田村は弁解を始める。そういうことね。ようやく理解。きっと、先読みのできる田村は、俺の話が長くなりそうなことも、テツヤが謝った――用が済んだからすぐに帰るような奴じゃないことも見越して、おばさんに先に言っておいたのだろう。『今日、草野とテツヤが来るから』とかって。

 キャップを取り、テツヤ用のグラスと、空になった俺のグラスに田村がコーラを注ぐ。炭酸の音が耳に心地よくて、このまま聞いていたいな・・・と思うと同時に、嫌な気持ちも、こんな風に消えちゃえば良いのにな・・・って思った。そんなこと思ったら、急に気分が重くなるような気がして、頭をブンブンと振る。そして、テツヤに『おまえ帰らないの?』と単刀直入に聞いた。


「マサムネ冷たい・・・いいじゃん。せっかく仲直りできたんだし・・・」

「ってか、おまえいたら田村に話できないし」

「どうせつくしちゃんのことだろ?いいよ。俺も聞いてやるから」

「いや、むしろ聞くな」

「なんで?」

「ショコやユカに言いそうだから」

「・・・俺をみくびんなっ!」


 突然。立ち上がって大きな声で怒鳴る。俺は驚いて目を見開いちゃったけど、傍観――傍聴?――してた田村は、可笑しそうに肩を揺らしてくすくすと笑い始めた。そんな俺たちには目もくれず、テツヤが仁王立ちしたまま話し続ける。


「俺だってユカちゃんに言って良い事と悪いことの区別くらいつくぞ。おまえが田村に話したいことが昨日のつくしちゃんとの事だってことも。おまえが本気で悩んでんの今朝でちゃんとわかったんだから。それを面白おかしく第三者に言うようなバカな事するほど、俺はバカじゃないし、悩んでるおまえの話聞きたいと思うくらいは、俺だっておまえのこと友達だと思ってるぞ!」

「・・・・・」


 あまりの剣幕に呆気に取られていると、『おまえの負け』と田村に肩を叩かれた。・・・その顔が、懸命に笑いを堪えてるってのがちょっとムカつくけど。


「見かけによらず、テツヤも草野のこと心配してる・・・ってことだよ」

「最初に余計な言葉ついてる!」

「観念して、ここで話しちゃえ。俺だけに話すより、テツヤにも話した方が気が楽になるかも?」

「・・・・・」


 観念して、しぶしぶ頷く。と同時に、階下から『ご飯できたわよー』というおばさんの声が響く。とりあえず、この場はお預け、というところだろうか。まずはアサリの天ぷら食べて、3人で腹ごしらえ・・・・だ。

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