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 行楽シーズン真っ只中の、最高に晴れた日曜日、その上ホークスの試合――しかも日本シリーズだ――が行われるここ、ホークスタウン。予想通りの人、人、人である。家族連れやらカップルやら、中学生や高校生の集団やらが、こっちへ行ってもうろうろ、あっちへ行ってもうろうろしていて。この込み具合に、情けないけれど狼狽してしまう俺。いつもみたく、田村やテツヤやらの気の置けない友達なら、こんな風になったりしないけどさ、一緒にいるの牧野サンじゃん?やっぱ男としては、好きな女の子にカッコいいとこ見せたいわけですよ。でも実際はそうじゃなくて。はぐれないように・・・って、彼女の様子気にしながら歩いてたら『挙動不審だよ』なんて笑われるし、前方不注意で階段に躓いて転びそうになるし、昼に入ったマック――ホントは、もっとオシャレなとこ入りたかったけどさ、高校生の身分では無理なわけですよ。だってホークスタウン内のレストランって、無意味に高いし。高校生の財布にはちょっときついもん。――で、すれ違う人と肩ぶつけてトレーひっくり返しそうになるし。もう全てが台無し・・・って感じである。気を遣ってやることなすこと全てが裏目に出ちゃってさ。唯一の救いは、そんな情けない俺を『草野くんらしい』と笑って済ませてくれたことだ。少しバカにされた感は否めないけど、この際細かいことは考えないようにしよう、うん。

 とまあ、こんな感じで昼メシを食べたり、ホークスタウン内の店を覗いたりして試合までの時間を潰す。その間に色んな話なんかもしてさ、牧野サンの意外な一面、たくさん見つけたような気がする。案外可愛いものが好きだったり――流行だろうと思われる、名前も知らないキャラクターの前で立ち止まったりするのは、本当に意外だった――靴だけは、自分が出せる金額の中で一番高価なものを選ぶようにしている――昔、尊敬している女性に『良い靴は自分を良い場所に連れて行ってくれる』と教わったらしい――とか、実はガッコに内緒でアルバイト――室見駅の近くの団子屋で売り子してるとか。家族構成は両親と弟の4人で、他の3人は東京にいて、牧野サン1人で福岡に来たとか。でもその理由は秘密らしい。ちょっとしつこくその理由聞いてみたけど、笑顔でさらりとかわされてしまった。残念。


「まだだいぶ時間あるけど、どうする?」


 ABCマーケットで目ぼしいスニーカーやブーツを思う存分履き倒し、『持ち合わせがない』ことを口実に店を出る。ケータイで時間を確認すると、まだ3時にもなっていなくて。試合は6時から―日曜日だからデイゲームかと思ったけれど、そうではなかった。牧野サンと出かけられることで浮かれて、試合の時間、確認しなかったんだよね――だから、まだ2時間ほど余裕がある。
ボーリングや映画・・・とも考えたけど、ボーリングは混雑していて2時間待ちだし、映画は見たい映画の時間が合わない。・・・牧野サンが何見たいのかは、聞いてないけど。スタバでお茶・・・といっても、店内の混雑具合は並じゃないし、何よりマックで昼メシ食った――ここもかなりの混雑で、30分ほど待ったのだ――のは、まだ1時間前のことだ。


「どうする・・・って、何があるの?」

「んー・・・今みたく、他の店冷やかして回るとか・・・」

「でも、見るとほしくなっちゃうんだよね・・・きっと、草野くんとあたしの見たいもの違うだろうし。だからって、別々のお店を見に行って、どこかで待ち合わせ・・・ってのも不安だし」

「何か腹に入れるとか・・・」

「食べたばかりだから、おなか空いてない」

「映画とかボーリングとか・・・」

「タイミング悪いと待ち時間めちゃめちゃ長いよね。見たい映画も特別ないしなぁ・・・」

「・・・ゲーセンとか・・・」

「・・・それがいい・・・」


 そんな会話を交わし、くるりと踵を返してゲーセン――正式名称は『ナムコワンダーパーク』というのだが、そんな長い名前でいちいち呼ばない――へと向かう。混んでるのって嫌だね・・・なんて言いながらも、内心ほっとしたりして。ゲーセンならば、会話につまることも無いだろうし、手持ち無沙汰になることも無い。音ゲーで必殺ワザを見せることも出来るだろうし、それによって、牧野サンに尊敬のまなざしで見られる可能性だって無きにしもあらずだ。


「なんか、最近勉強とかでストレスもたまってたし、思い切って発散できるかも・・・」


 指を組んで前方に腕を突き出し、軽く伸びをする牧野サンに、俺も負けずに発散するよ・・・などと笑ってみる。


「じゃあ、いろいろ勝負してみる?」

「望むところ」


 2人で顔見合わせて、くすりと笑った。





 ・・・しかし。ここまで惨敗とは、思いも寄らなかった。バスケのゴールを決めるゲームでは、10点以上の差をつけられ、しかも俺のスコアはヒトケタという体たらく。敵をひたすら銃で撃つシューティングゲームも、俺は早々とリタイア。「まだ終わらないの?」と俺に言わせるくらいに、牧野サンは1人で突き進んでたっけ。最終ステージで、四方八方から銃弾を浴びせられ、ラスボス前に惜しくもゲームオーバーになったけれど、そのスコアは本日1位。どう?と胸を張って俺を振り返る牧野サンに、『恐れ入りました』と頭を下げる以外、一体どうしたらよかったのだろう。これは絶対勝てるだろう・・・と思った、ボクシングよろしく的を殴るゲームでも、まさかの惨敗。ってか、これ女の力じゃないよ。バコーン・・・って、ものすごい音響かせて、的を殴りこんだ牧野サンの表情ったら、鬼気迫るものがありました。ほんと、怖かった・・・そんなこと、彼女にはいえないけどさ。一体、何が彼女をここまで追い詰めたのか?って思うくらいにさ。

 結局、5つのゲームで勝負したのかな?バスケのやつと、ガンシューティングと、ボクシングのやつと、バイクのレーシングゲームと、自慢の音ゲー。かろうじて勝利を収めたのは音ゲーだけ――これまで負けてたら、俺生きてる価値無いかも・・・くらいになっちゃうよ――で、本当に頭が上がらなくなってしまった。ここへ来る前に抱いたひそかな野望はどこへやら。木っ端微塵に打ち砕かれて、もう本当に『ツワモノどもはユメノアト』である。いや、全然ツワモノじゃなかったけど。


「どう?」

「参りました・・・」

「じゃあ、何にしようかな・・・」


 ゲームを始める前に、ちょっとした賭けをした。負けた人は、勝った人の言うことを1つ聞かなければいけないという、至ってシンプルなもの。でも、今牧野サンにやって笑ったよ?ちょっと、その表情不気味だったんですけど・・・俺、『ジュースおごって』とか『アイスおごって』とか、そんな簡単なこと想像してたけどさ、もしかして、違った?

 キョロキョロとあたりを見回しながら、いろんなゲームの間をゆっくりすり抜けていく彼女に、少しだけ冷や汗。一体どんな『オネガイゴト』がでてくるんだろう。


「・・・・・・これ、取って欲しいな」

 ぴたりと足を止め、そう言って指指したのは・・・・


「・・・これ?」

「そう」


 大きな音でちゃらちゃらと音楽を鳴り響かせるUFOキャッチャー。その中で無造作に並べられているのは、パンダのぬいぐるみ。変なヘルメットかぶって、スニーカー履いた小パンダのぬいぐるみだ。まあ・・・約束は約束だし、取れと言われれば取るけどさ・・・なんでこんなパンダが欲しいんだ?っていうか、一体何なんだ?このパンダらしき物体は。


「パン・タロンっていうの」


 俺の心の疑問が聞こえたのか、牧野サンがいいタイミングでそう言う。しかし、パン・タロン・・・


「パンダなの?」

「ううん、ロボット」

「でもパンダじゃん」

「ロボットで、おじいさんは天才博士なの」

「ロボットなのにおじいさん?」

「おじいさんもロボットで、Dr。パンジイっていうの」


 詳しく説明されても、俺の頭の中は「???」である。何故パンダがロボットで、ロボットにおじいさんがいるんだ?しかも、話を聞いていけば、そのタロンとやらは、どうやら正義の味方で、パンダーゼットを操縦できる唯一のパンダだというのだ。あー・・・これだから女の子の世界はわからない。とにかく、今わかってることは牧野サンがこのぬいぐるみを欲しがっているということで。そのために、俺が頑張んなきゃ・・・ってこと。

 UFOキャッチャーなんてほとんどやったことなくてさ、それでも運よく、頭の部分についている紐に上手くひっかけて、何とか取ることができた。といっても、2000円くらい使っちゃったんだけど。牧野サンは途中で『もういいよ』って言ってくれたんだけど、それって男としてカッコ悪いじゃん?だからその言葉も無視して挑戦し続けて。ガコン・・・と音を立ててぬいぐるみが落ちてきたときには、2人で手を取り合って喜んだ。


「記念にプリクラ撮ろうよ。タロンを真ん中にして」


 そのタロンとやらを抱え、嬉しそうに俺の腕を引っ張る牧野サン。うーん・・・可愛いなぁ・・・朝の悩みなどどこへやら。完全に『彼氏・彼女モード』の脳内。またとないチャンスかもしれないんだから、今日くらいいいよね・・・などと自分に言い聞かせながら、引かれるままに歩き出す。


「空いてるからこれでいいや」


 美白とか肌美人とかそんな垂れ幕がかかってる狭いスペースの中に2人で入り、100円玉を滑らせてボタンを押す。取ったばかりのぬいぐるみを真ん中に持ち、わざとらしい笑顔を浮かべながらボタンを押した。

              


                 


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                BGM♪スピッツ:さわって変わってpart2