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「藤原隊長、ここにニヤニヤ笑ってる不審人物がいまーす」

「それは大変です、安藤副長。しかし後方右側にも、挙動不審な人物がいますが、いかがしましょう?」

「こうなったら、2人そろって連行しちゃいましょうか?」

「それは名案です。となれば捕獲開始!」


 ・・・なんていうショコとユカのやり取りの後、帰り際の昇降口で何故か捕獲されてしまった俺と牧野サン。有無を言わせない2人の迫力に圧され、アレよアレよという間につれてこられたのは、いつかのミスドだ。テツヤや田村までいるのは不思議なんだけど。でも相変わらず足蹴にされてるテツヤや、ちょっと居心地の悪そうな奴ら――この場合は、ショコと田村を指す――を監察するのは面白いから、まあ良しとしよう。

 ポンデリングを頬張るユカに、『可愛いほっぺに砂糖がついてるよ』なんて言いながら、にやけた顔でユカに触ろうとするテツヤ。

       

でもそんなに甘くなくて。ユカに肘鉄喰らわされて、目を白黒させて痛さを我慢する様を、田村とショコが腹を抱えて笑う。でも笑ってる最中に目が合っちゃったりして、笑いとめて白々しく目を逸らしたりするものだから、今度はそれ見て俺が笑えちゃってさ。

       

一体何だよ?って感じ。俺ら冷やかすためにここにいるはずなのに、冷やかされるはずの俺が一番楽しんじゃってる。

 隣に座る牧野サンを横目でちらりと見ても、やっぱり俺と同じように、2つの組み合わせ――ショコと田村、ユカとテツヤ――を見て笑ってるし。こうして並んで座らされて、ちょっと気まずい思いしてるかな・・・って心配しちゃったけど、大丈夫みたい。安心した。


「・・・で、何?2人して一緒に出かけちゃうわけ?」


 突然。わざとらしく咳をして、ショコが俺と牧野サンを交互に睨んだ。精一杯大人ぶってるのが何となく可愛くて、ここは笑いを止めて驚いた表情で彼女を見るべきシチュエーションなんだろうけど、余計に笑えちゃって。一生懸命堪えようとして、腹抱えて俯いて、必死で笑い声かみ殺したんだけどさ、これじゃバレバレだよね。『笑うな!』って頭はじかれた。


「とにかく!朝あたしの席から見えちゃったんだから。草野くんとつくしが、仲良くお出かけする相談・・・っていうか、草野くんが誘ってる様子が」


 言うまでもないが、ショコの席は、俺の斜め後ろである。そりゃ見えるだろうなあ、特に、俺と牧野サンって組み合わせだったら、嫌でも気にするだろうな、ショコの奴。


「10月になって、受験もそろそろ本腰入れなきゃって季節なのに、2人だけで遊びに行く計画立てちゃってるんだもんなー・・・あたし達も誘って、みんなでワイワイ行こう・・・って優しい気持ちはないのかな?草野くんには」

「だってチケット2枚しかないもん。俺は絶対行きたいし。俺と2人きりでもいいなら誘ったけど?」

「マサムネ!ユカちゃんには声かけるなよ!ユカちゃんが許しても俺が許さん!」


 当の本人、ユカが口を開く前に、テツヤがつばを飛ばしながら必死で叫ぶ。もう、ユカの目の前に両手を広げて立ちはだからんばかりの勢いでさ。その必死さが妙にテツヤらしくて、その上あきれ返ったように溜息をつくユカがまたらしくて。『ユカ誘えばよかった・・・』って、いじめの一言言ってやるつもりだったけど、ちょっと良いもの見れた気がしたから、やめておいた。うん、俺って良い奴。


「最初は俺が誘われたけど、都合悪くて断念した」


 軽く手を上げて、田村が発言。って、ここはガッコじゃないんだから、手を上げる必要はないと思うんだけど。あ、でもこの騒がしさの中じゃ、発言する前に自己主張しなきゃ、誰も聞いていない可能性大だ。うん、さすが田村。しかも、『都合悪くて』ってところで顔しかめた――たぶん、無意識なんだろうけど――から、広島行くのがよっぽど嫌なんだろうなぁ・・・と推測。朝も、かなりブルー入ってたし。


「あたしは・・・草野くんと2人きりは嫌かも」

「嫌なのかよ?!」


 ショコの問題発言に、思わず突っ込みを入れる。そしたら。


「え?ショコ草野くんと出かけるのって嫌なの?」

「うん。だって、一緒に歩いてても、変な妄想して、一緒にいる人のこと考えなさそうだし・・・」

「・・・じゃあ、あたしもやめた方がいいかな・・・なんか、ショコの話聞いたら行きたくなくなっちゃった・・・」


 なんて牧野サンが言うものだから、焦って挙動不審になっちゃって。額から一筋、汗流しながらあたふたしてたら。


「ウソに決まってんじゃん!」


 そう言ってみんなに笑われたのは、言うまでもないだろう。結局、俺っていじられキャラなんだよね。


「・・・日曜日、本当にいいの?」

「いいよ?どうして?」

「だって、あたし野球なんてホントにルールも知らないし。横にいても迷惑かな・・・なんて」


 2人きりの、貴重な帰り道。本当なら田村も同じ方向なんだけれど、おばさんと天神駅で待ち合わせしてるとかって、別方向に行ってしまった。故に牧野サンと2人。いつもなら涙を流して喜びたい気分だけど、呼び出された田村――おそらく、オネエサンのことだ――を考えると、素直に喜べない自分がいるというか何と言うか。

 しかし、田村も大変だよな。受験生なのに、家の心配事まで任されちゃうなんて。親父さんが忙しい人でほとんど家にいなくて、昔からおばさんが一切を切り盛りしてた。子供も素直に育って、これで田村が大学入れば、子育て卒業万々歳・・・のはずだったのに、いきなりコレだもんなぁ・・・


「・・・くん?」


 でも、例えばコレがウチだったらどうだろう。まあ、あり得ないことだけど、例えば妹が俺の姉ちゃんで、大学行ってそんなことになったら・・・母さんは、案外落ち着いてる気がする。慌てるのは親父の方かな・・・


「草野くん!」


 それでもって、弟もやっぱり案外落ち着いちゃって、もっともらしい言葉並べたりしてさ、俺は1人で慌てふためいちゃったりするんだろうなぁ・・・


「草野!」


 耳元で大声、肩に衝撃。はっと我に返ると、少し怒り気味に眉を吊り上げた牧野サンが。あ、しまった。今って滅多にない貴重な時間だったですよね、2人きりの帰り道。


「人の話、聞いてた?」

「・・・ごめん、聞いてなかった」


 ここは素直に謝る。下手に『聞いてた』とか言って、話の内容言ってみて・・・とか言われても答えられないし。そしたら余計怒られるだけだし。って、俺もいい加減学習能力ないよな・・・いつも同じこと繰り返してるじゃん。牧野サンに、田村に、崎やんに・・・

 もう・・・と頬を膨らませ、そして『日曜日ってどうするの?』と牧野サンが言う。ああ、そうか、日曜日。まだ日にちはあるけど、予定は早く決めておいて損はない。このまま話す機会なくて、何も決められない可能性もなきにしもあらず・・・だ。


「えっと・・・一応、試合は夕方からなんだけど・・・どうする?試合だけ見に行く?それとも少し遊ぶ?」


 ドームの近くには『ホークスタウン』って場所があってね・・・と、なるべく詳しく、且つ簡潔に説明する。牧野サンが福岡に来て半年経つけれど、受験生という身分柄、それほど遊びに行っているとは思えない。だから、ホークスタウンやドーム界隈のことも知らないかもしれない。
 しかし俺もバカだ。『遊ぶ?』なんて提案しちゃって、『嫌』って言われたら立ち直れないじゃん。それなのに自分からふっちゃうなんてさ。でもでも。


「・・・なんか、楽しそうな場所だね。せっかく時間あるんだったら、少しそこ行ってみたいな・・・」


 なんて言ってくれちゃったもんだから、それだけでなんだか浮かれちゃってさ。


「じゃあ、10時に室見駅で待ち合わせにしよう。そこから一緒に地下鉄乗って、昼飯もいろいろ食べられるところあるし、買い物とかゲーセンとか、楽しいことはたくさん出来るから、受験の息抜きでパーッと遊んだら楽しいと思うし。そこで気分盛り上げて野球見たら、絶対絶対楽しいから!」


 と、息継ぎするのも忘れて一気にまくし立ててしまった。少し驚いたように目を丸くしたけれど、牧野サンはにっこり笑って『そうだね』って答えてくれて。この瞬間、『俺って結構好かれてるかも・・・』って思っちゃったのは、きっと都合のいい思い込みだけじゃないはずだ・・・と思った。


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                     BGM♪スピッツ:テイタム・オニール