今朝のH.Rで返却された中間試験の順位は、いつもよりもかなり良かった。4月当初の実力テスト―――ほら、一気に順位を下げて、母親に嫌味を言われまくったアレだ―――が嘘のような結果。これだけ良かったら、母親だって俺を褒めちぎるに違いない。『これだけ出来の良い息子だったら、東京に行かせても安心だね』なんて。というか、あの試験が悪すぎたんだよ。勉強さぼってた―――まあ、いつも通りやっていなかったと言うのが正しいけれど―――つもりも、試験適当に受けたつもりもないのに。『弘法も筆の誤り』って諺もあることだし。たまたま調子が悪かったか、試験問題と俺の相性が悪かったのか。・・・なんて自分を納得させてみたりして。でも、今回は自分でも良くやったと思うよ、勉強。理由はね・・・いろいろあるんだよ、ホンネと、タテマエ。

 牧野サンの言葉で気持ちが軽くなって、勉強に打ち込めた・・・ってのは、タテマエ。ホントはね・・・ほら、アレだ。思わず牧野サンの手を握っちゃったやつ。あの時は、自分の行動が信じられなくて気が動転してたからわかんなかったんだけど、いざ家に帰って一人になったら、手の柔らかさとか、暖かさとか、そういうのリアルに思い出しちゃって。その後、何が始まっちゃったかはわかるでしょ?もちろん、妄想。あんなことやこんなこと。もう本当にバカだと思うよ、自分のこと。たかが『手を握った』ってだけで、何をそんなに空想―――妄想できるというのだ。俺の頭の中、腐っちゃってるんじゃないの?って、本気で考えちゃうよ。仕方ないから、妄想振り切るために勉強した。ちょっとでも気を抜くと、もう手におえなくなるようなエロ妄想を必死でなだめる。そいつに出る幕を与えないようにって、それはもう気合を入れて勉強したね。


 今回良い順位取れたのは、ある意味牧野サンのおかげだよ。母親に嫌味言われずに済んだし、崎やんにも怒られずに済んだし。こういうのも、本末転倒っていうのかな?結構不本意ではあるけれど。

 まあとにかく、これで本格的に打ち込めるようになったわけよ、高校生最後の城南祭に。バンドに夢中になってるうちに決まったそうなんだけど、うちのクラスは甘味処をやることになったそうだ。と言っても、基本的にガスの使用は禁止されてるから、あんみつとかパフェとか、そういう簡単なものしか出せないけどね。で、クラスで出店を出すに当たって、俺が最初にしたことは何かって?そりゃもちろん、牧野サンと同じシフトに入ることでしょ。手の温もりが忘れられないなんて、エロチューン炸裂の理由なんかじゃないぜ?ちゃんと、立派で高尚な理由が・・・あるわけないよな、俺に。でも、他の奴らからしてみればくだらない理由でも、本人にとっては結構重要なわけで。俺も男だから、ちゃんと『けじめ』っつーものをしっかりつけなきゃいけないと思って。





 話は遡って、中間試験の最終日。下校途中の宮田を捕まえて、思ってることを全部伝えた。呼び止めた俺のこと、奴はずっと睨んでた。その視線は怖くて、緊張して上手く口が動かなくて。どもって支離滅裂で、きっと何が言いたかったのか、半分も伝わらなかっただろうけど。


「おまえが俺と音楽やりたくないっていいうなら、もうやらない。 今回のステージは、今まで練習してきた俺と田村でやる。 中途半端な練習しかしていないおまえに、マイクは渡せない」


って言った。宮田はしばらく黙ってたけど、 


「勝手にすれば」


と言い捨てて歩き始めちゃって。音楽続けたいのに続けられない―――結局、親に楯突くだけの度胸が、宮田にはなかったのだ―――気持ちが急に理解できちゃって、その後姿にごめんと謝った。


 宮田のパートとってごめん。 

 プライド傷つけてごめん。

 面と向かって謝る勇気がなくてごめん。


 宮田が許してくれたわけじゃないけど、気持ちは軽くなったよ。今までずっと後ろめたいと思ってたこと、全部伝えられたから。

 これでひとつめのけじめがつけられた・・・と。まあ、単なる自己満足でしかないけれど。
宮田にとっては、単なる俺の嫌な自己主張だよな、これって。



 で、話は戻って2つ目のけじめ。これがなかなか厄介なもので・・・なんて考えながら、とにかく牧野サンと2人で話が出来るチャンスを伺う。しかし・・・


「女って、どうしてこう群れたがるんだ?」


 俺の呟きももっともで、彼女はどこへ行くにもショコとユカと一緒なのだ。休憩時間も、昼時も、最近じゃ帰るときまで3人ときてる。時々1人で教室を出るところを発見して、慌てて後を追いかけてみるけれど、彼女の行き先はトイレだった・・・なんてことはざらにある。流石に女子トイレの前で待ってるわけにはいかないだろ?そんな事したら、卒業するまで『変態』って呼ばれてしまう。それは・・・勘弁だ。

 と、牧野サンの動向を探って、彼女の周りをうろうろして。半ばストーカーまがいのことをし続けた俺を、神様は可愛そうに思ってくれたのだろうか、ある日の昼休憩、突然チャンスが訪れちゃったのよ。






「草野くん」


 購買でお目当てのパン―――今日は、コロッケパンの気分だった―――を買うことができ、ほくほく顔で自動販売機にコインを滑らせる俺を、背後から呼ぶ声。振り返るより早く、白く細い指が伸び、いちごみるくのボタンを押した。


「この前宿題写させてあげた分、まだおごってもらってなかったからね」


 にっと笑って、取り出し口からパックのジュースを取り出す。しゃがんだせいでスカートが少し捲れあがって・・・これって・・・絶景?俺ってラッキー?少しだけ覗く白い足に湧き上がる欲情と妄想を必死でなだめながら、そうだっけ?なんてとぼけてみる。


「そうだよ。草野くん、忘れっぽすぎ」


 笑いながら、抱えたコロッケパンの上に、それを乗せた。


「・・・?」

「これ、草野くん飲むんでしょ?」

「うん・・・まあ」


 なんだ。てっきり牧野サンに取られると思ってたのに。確かにいちごみるくは俺の好物。甘いものって、好きなんだよな。バナナとかいちごとかチョコレートとか。


「・・・ってか、牧野サンなんでこんなところにいるの?」


 俺の記憶が正しければ、彼女は弁当持参組みだ。母親に作ってもらうのか、きれいに詰められた小さなそれを、何度か見たことある。そんな彼女に、昼の購買ほど不似合いな場所はないだろう。


「職員室に行った帰り。古典のプリント提出するの忘れてたから・・・」


 と言われ、自分も提出していないことを思い出す。・・・ま。いっか。放課後までに出せば。いやいや、今は古典のプリントのことなんて考えてる場合じゃない。今こそ、ずっと牧野サンに言いたかったこと―――2つ目のけじめだね、この場合―――を伝えるチャンスじゃないのか?俺。教室までの道のりを並んで歩く。着く前に伝えなきゃ・・・。大きく深呼吸。そして。


「牧野サン、俺、ちゃんと宮田に言ったよ。『勝手にすれば』なんて無視されちゃったけど、 でも、気持ちが楽になった。ありがとう」

「・・・何もしてないのに、改まってお礼言われちゃうと結構恥ずかしいんだけど・・・」


 笑う彼女に、胸はドクドク高鳴って・・・俺、ちゃんと言える?でも言わなきゃだよな。えい!俺も男だ!!


「・・・でさ、牧野サンにはとっても感謝してるから、お礼・・・なんてしたいんだよね。 でも、出来ることなんてほとんどないからさ・・・考えて考えて、今度のステージで、 牧野サンのリクエストなんて歌おうかな・・・なんて」

「・・・あたしが?」


 洋楽なんて聞かないから、全然わからないよ・・・という牧野サンに、邦楽でもいいよと言う。本当はあんまり良くないけど。いざとなったら、音楽流してカラオケだろうな。田村と崎やんはコーラスか?・・・そうなったら、結構恥ずかしいけど。


「一応ね、俺の作った曲と、グリーンディの『バスケット・ケース』やるの。で、牧野サンのリクエストで3曲」

「・・・・・」


 足を止めて、腕を組んで。本気で考えちゃった牧野サン。こんなに悩ませるつもりはなかったんだけど・・・『もう少し考えてもらっていいから』と言おうとした瞬間、ぱっと顔を上げた。


「決めた」


 ちょっとどきどき。ジャニーズとか言われなきゃいいけど・・・息を飲んで、彼女の言葉を待つ。


「・・・・・ハルジオンがいい」
  


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                         BGM♪スピッツ:スターゲイザー