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 弟からのメール、『いいもの』ってのは、予想通りのものだった。亜門の店から帰って来て、そのまま部屋へ直行したら。


「俺のメール、見た?」


 ノックもせずに――いつだってそうなんだけど――部屋に入ってきてさ。奴の手には、見慣れたロゴの入った封筒が。しかも、封が切られてるし。


「ってかお前、人の手紙勝手に開けんなよ」

「いいじゃん、あけたところで減るもんじゃないし、俺だって読みたいし」

「そういう問題じゃない!俺が同じことしたら、お前めちゃくちゃ怒るくせに、なんで自分のときだけ都合のいい言い訳するんだよ。マジでムカつく・・・」


 俺の嫌味もどこ吹く風。話なんて全然聞かずにそっぽ向いてる弟の手から、封筒を無理やり奪い取る。差出人を見ると、やっぱり俺の予想通り、ホークスの事務局からで。急いで中身を確認すると・・・ない、中身がない。ってことは、こいつしかない。弟をじろりと睨んでやる。





「お前中身返せよ」

「俺を連れてってくれるんなら返す」

「バカ!誰がお前なんか連れてくか!」


 弟の首根っこ掴んで、げんこつで脳天をガツンと殴る。ホント、油断も隙もあったもんじゃない。痛くて死ぬ!とか、暴力反対!とか、わめき散らす奴にプロレスの技をかけて、ようやく降参。自分のジーンズのポケットから、しぶしぶ小さな四角い紙を取り出した。


「曲がってんじゃんか。お前・・・」

「暴力振るう兄貴が悪いんだろ。俺のせいじゃないよ」

「っつーか、お前がややこしいことしなけりゃ良かったんだよ!先に言っとくけど、ぜってーお前連れてかない。行きたきゃ自分でチケット買え」

「じゃあ、チケット代ちょうだいよ」

「自分で出せ」

「金ないもん」

「俺だってねーよ!」


 ケチクサイ奴・・・なんて悪態つきながら、部屋を出て行く素振りを見せるから。ちょっとだけ安心して大きな溜息ひとつ。弟から奪い取った――モトは俺のものなんだけど――小さな紙片をじっくりと見て、思わず笑みがこぼれた。

2週間前、ホークスがリーグ優勝を決めたときに、ファンクラブの事務局からはがきが来てさ、『日本シリーズペアチケットプレゼント』なるものに、早速申し込んだ。席は外野。選手は小さくしか見えないけど、ホームランボールとか飛んでくる可能性大。だから俺は好きなの、外野席。ホームランボールって、敵でも味方でも――って言い方は少し語弊があるけど――もらえたら嬉しいじゃん。自慢もできるし。滅多に手を合わせない神棚に手を合わせて、ポストの前でも困ったときの何とやらをして、そしたら見事大当たり。きっと倍率も高かっただろうから、あんまり期待してなかったんだけどさ・・・
もしダメだったら、高い金出してでも――オークションとか、ダフ屋とか――チケット買っていくつもりだった。だってリーグ優勝だよ?日本シリーズだよ?ちなみに、セリーグの優勝チームは中日。崎やんがすっげー悔しがってたな。崎やんは根っからの阪神ファンだから。『絶対リーグ優勝だ!』って、開幕直後から張り切ってたもん。少し気の毒だけど・・・でも、嬉しさのほうが大きい。俺だって、小さい頃から、根っからのホークスファンだからね。でもさ、ファンクラブ入ってるのに、応援行かないなんてファン失格でしょ?ドームも結構近いしさ、試合も、運良く日曜日だし。田村誘って、試合始まるまでホークスタウンで遊んで、夕方から応援する・・・って感じかな。あいつも福岡人らしく、一応ホークスファンだし。あー・・・考えるだけでドキドキしちゃうよ?どうする?俺が見に行った試合で、ホークス日本一決めちゃったりしちゃったら・・・王監督の胴上げとか見れちゃったら・・・ちょっと、俺久しぶりに幸せ感じてるかも・・・チケット抱きしめて、天井を見上げる。ああ、煌々と光る蛍光灯に、城島の笑顔なんて思い浮かべちゃったりして・・・・


「・・・もしかして、牧野サンとやらを誘ったりするの?だったら、俺あきらめてもいいよ」


 突然。細くドアが開いて、弟が目だけ覗かせてポツリと言った。あまりに突然だったから――相変わらず、ノックはない。当たり前だけど――びっくりしてドアを凝視して。そしたらにやけた顔の弟と目が合っちゃってさ・・・・ちょっと、気まずい。だって17歳の男が、チケット抱きしめて感動してる姿見られちゃったんだぜ?しまった・・・と思ったら、相手も同じこと――と言っても、向うからすれば『やった!』って感じなんだろうけど――意地悪くにやりと笑って、ドアを大きく開いた。

             

「・・・何?チケット牧野サンとやらに見たてて、キスの練習でもしてたの?」

「バ・・・・んな事するわけないだろ!!」

「いや、わかんないよ?兄貴だもん・・・・そうか、だから俺のこと連れてってくれないんだぁ・・・」

ずかずかと部屋の中入り込んできて、未だ動揺してる俺の肩をぽんぽんと叩く。・・・なんだよ、その勝ち誇ったような顔は。


「いいよいいよ、俺、兄貴のためにあきらめるよ、日本シリーズ」

「いや、端からお前連れてく気ないし・・・」

「隠さなくてもいいって。牧野サンとやらを誘って、初デート♪にしたいんだろ?」

「だから、牧野サンも誘わないし。田村と行く・・・」

「いいって、田村さんをダシにしなくても。大丈夫、俺にはちゃんとわかってるから」

「お前何にも分かってねーよ・・・」

「遠慮するなよ」

「だからしてねーっつーのっ!」


 いつまで経っても堂々巡りの言い合い。ホント、こいつバカだから困る。下手すりゃ俺より酷い妄想癖だよ。わが弟ながら、先が怖い・・・これ以上無駄な言葉の掛け合いするのもバカバカしかったから、チケット机の上に置いて、奴の前までツカツカと歩み寄り、脳天に拳の一撃。ゴツン・・・と、結構な音がした。痛そう・・・とは思っても、同情はしない。だって悪いのは奴だもん。


「だから暴力反対だっつーのっ!さっきから俺の頭殴ったり首絞めたりゲンコしたり・・・昔はもっと優しい兄ちゃんだったのに!!」

「お前だって昔はもっと可愛かったっつーの。お前が昔くらい可愛けりゃ、俺だって優しい兄ちゃんになってやるよ」

「俺だって兄貴がもっと弟思いだったら、どれだけでも可愛い弟になるのに・・・」

「ああもううるさい!出てけ!!最後にもう1回言うけど、日本シリーズにはお前は連れてかないからな」

「分かってるよ、ケチ・・・・」


 もうこれ以上言葉を交わすことすら嫌気が差す。ホント、バカだよこいつ・・・呆れるの通り越して、感心するよ・・・弟の両肩を掴んで、くるりと回れ右させる。そのまま扉まで肩を押して、部屋から追い出して扉を閉める。入ってこないように、ドアノブをしっかり持つと、案の定、ガチャガチャと乱暴にまわし始めた。これ以上こいつに付き合いたくない。いい加減、試験勉強――試験が近いから勉強する・・・というのが、まだ受験生になりきってない何よりの証拠だ――しなくちゃいけないし。ってか、あいつも受験生じゃん、高校受験。遊んでる暇あんのか?なんて考えてたら。


「兄貴はいいなぁ・・・俺も早く高校生になりたいなぁ・・・・」


 などと大声で言いながら、階段を下りる足音が聞こえた。俺からすれば、とっとと高校生になりやがれ・・・って感じである。幸い、あいつが高校生になるときには、俺は大学生。あの煩さと大迷惑な妄想癖とは両手を振ってバイバイできる。っと、今度こそあいつに取られないようにしなきゃ。机の上のチケット、急いで財布にしまう。明日田村を誘おう。牧野サンを・・・って、一瞬だけ考えちゃったけど・・・やっぱダメ。そんな勇気ないや。牧野サン、野球好きって感じしないし、俺と2人じゃ嫌かもだし・・・。俺って大概意気地なしだよな・・・なんて、ちょっとだけ肩落としてみた。


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