54
冬服・・・である。田村とショコの一件が終わったと思ったら、9月まで一瞬のうちに終わっちゃってさ。あっという間に衣替え。でも、暑いんだよね、まだ。半そでのカッターシャツで全然余裕なんだけど、校則とか何とかって、暑苦しい学ランを毎日着ていかなきゃいけない。ま、ガッコ着いちゃったら脱げばいいだけの話だけどさ。
「草野くん、体育祭の写真できたよー」
昼休み、ニコニコ顔の牧野サンが、小さなアルバム片手に、俺の隣の席に座る。うーん、相変わらず可愛いんだから。
「おー、見せて見せて」
受け取ったミニアルバムを開くと、最初に目に飛び込んだのは、ショコと田村のツーショット。しかもフォークダンスで手をつないじゃったりしてるやつ。2人とも緊張してるのがすっげー分かって、申し訳ないけど笑えた。
「でも、仲直り・・・っていうか、誤解が解けた・・・っていうか、ショコ振られなくて良かったよね・・・」
「そうだな。あの日、俺ら昼飯抜いた甲斐があったよな・・・」
2人で写真を覗きこみながら、しみじみとうなずく。田村がショコを体育館裏に呼び出した日、結局俺ら昼飯抜きだったんだよね。本鈴と同時に席に着いて、何とか遅刻は逃れたけど、授業中、腹の虫がすっげーうるさいの。センセには『昼直後なのに元気だな』なんて笑われるし、ユカから手紙が回ってきてさ、『昼休み、みんないないからあのバカと一緒にご飯食べる羽目になった』とかって怒られるし。
「でもさ、この写真ってどうやって撮ったの?3年生全員フォークダンス出席してたのに」
「ユカが、奥田さんに頼んだの」
「よくあの子が了承したね・・・」
恋敵、である。奥田さんにとってショコは。それなのにこんな写真撮ってあげちゃうなんてさ。心が広くなきゃできないけど、あの子の心がそんなに広いとは思えないし。
「田村くんの写真をあげるってことで、取引結んだらしいよ。これ」
そういって牧野サンが開いたページは、クラス別対抗リレーで、田村がバトンを受け取って走り出す瞬間の写真。よく見ると、すげーかっこよく写ってる。写真もカッコいいけど、この後の田村、マジですごかったんだよな。最下位走ってたのに、一気にゴボウ抜き。次の奴にバトン渡すときには、3位まで順位上げてた。ま、その後また抜かれて、結局5位でゴールだったんだけどね。
「嫌がるかもしれないけど、草野くんの写真もあるんだな」
「・・・マジで?」
これ・・・と牧野サンがめくったページには・・・うわ、これマジで恥ずかしいんですけど・・・。両膝に手をついて、肩で大きく息をする俺の姿が、ピンボケすることもなくばっちり撮られている。顔なんてすっげー苦しそうに歪んでて、人様に見せられるものじゃない。って、見られてる上に撮られてるんだけど。
「このときの草野くんもかっこよかったよね。陸上のことはよくわかんないけど、すごく綺麗に走ってて、それなのに速かったもん。5分があっという間だったよ」
「・・・まあ、一応長距離選手だったしね、中学のときは」
俺が出場した――というより、無理やり出場させられた――のは、誰もが嫌がる1500メートル走。いわゆる『長距離種目』ってやつ。陸上部で毎日走ってる奴以外は出場希望する生徒がいないという、アレである。出たい奴いない、超不人気種目なんだから、やめてもっと楽しい種目作ればいいのに・・・って思うんだけど、どうして教師陣はそれを分からないんだろうかね。多数派を大切にしろ・・・っていうわけじゃないけどさ。参加しても、苦しいだけで楽しくない種目なんて必要ないと、俺は思うわけですよ。
しかし、ウチのクラスもあれだよな。いくら出る奴がいないからってさ、推薦・多数決方式はないだろ。せめてジャンケンとか、あみだくじとかにしてくれれば、俺だって走らなくていい可能性あったのに。俺が中学時代に所属してた部活知ってる奴なら、真っ先に俺を推薦するに決まってるじゃん。しかも、『草野は部長だったので、速いに違いありません』とかって。違うっつーのね。成績優秀だから部長・・・だったわけじゃなくて、部活への出席率優秀・・・だったから部長になっちゃったわけで。他に候補者・・・っつーか、推薦される奴いなくて、結局満場一致で俺に決定。押し付けられた・・・って感が否めないんだけど。まあ、終わったことをいつまでもうだうだ言い続けるのも男らしくないし、昔とった何とやら・・・で、3位入賞したんだから、今となってはいい思い出なんだけどね。牧野サンにもカッコいいって言われちゃったし。
「あたし、この写真もらっちゃおう・・・かな」
突然、牧野サンの爆弾発言。
「なんかすごくかっこよく見えるから、いい感じなんだけど・・・」
口元を少し上げて、上目遣いで俺を見ながらそんなこと言うもんだから。
「あ・・・汗かいてる写真だから、臭いかもよ?」
などと、わけの分からないことを口走ってしまった。っていうか、マジですか?牧野サン、俺の写真欲しいの?ちょっと反則ですよ。もう心臓がバクバクなって、掌から汗が出てきて。アドレナリン大量分泌です!って感じ。慌てふためいて挙動不審になってたらさ。
「・・・ちょっと冗談言ってみただけだよ!草野くん面白すぎ!!」
なんておなか抱えて笑う。目に涙まで浮かべちゃってさ。俺の机バンバン叩いて。牧野サン・・・ちょっと、笑いすぎなんですけど。『やっぱり冗談だよね・・・』なんて笑いながら、心はフリーフォールで急降下。しょぼーん・・・って感じで、テンションが一気に下がったのが、自分でもよくわかった。
「本気だったら、サインつけちゃおうかな・・・なんて思ったのに」
「草野くんのサインか・・・将来、価値上がるならもらってあげる」
「たぶん、何の価値も付かないと思う」
「草野」
有名になりなよ、無理だよ・・・なんて話で盛り上がってたら。教室の外から俺を呼ぶ声が。声の方へ視線をやると、そこには俺を手招きする田村の姿があった。ちょっとごめん・・・と、席を立ち、教室の外へと出る。
「何?」
「いや、せっかく2人で楽しんでるのに、ジャマするのもな・・・と思って」
田村がにやりと笑ったので、思わず言葉につまる。ぐ・・・と喉を鳴らすと、してやったり・・・って感じで言葉を続ける。
「授業中は最前列と最後列だし、移動教室の時も席離れてるし、こんなチャンスがなきゃ、仲良く話せないもんな」
「・・・・・」
なんか、ショコとの一件があってから、性格悪くなったと思うんですけど・・・田村くん。今まで牧野サンとの事でも、こんな風に茶化されたことなかったのに。まさか、アレでいろんな意味で吹っ切れちゃったとか??まあ、『色恋沙汰にきょうみありませーん』っていう田村よりも、人間臭くていい感じだと思うけど。
「で、本題。崎やんが職員室でお待ちだよ」
「なんで?」
「今日、第2回目の進路希望調査表の提出日。昼休みまでに各自担任に提出・・・って言ってたじゃん」
「・・・忘れてた」
うん、まったくもってすっかり忘れてたや。そういえばそうだよな、今日提出日だ。って、俺用紙忘れた。ま、職員室言って崎やんい事情話して、その場で書けばいいか。
「あんがと。とりあえず行ってくる」
田村にひらひらと手を振って、そして思い出してくるりと振り返る。
「そいえば、お前カッコ良いことになってたぞ」
「?」
「体育祭の写真、牧野サンに見せてもらったんだけどさ。実物のお前知らない女の子が写真見たら、絶対惚れる。俺が女だったら、間違いなく惚れる。それでもって、奥田さんの手に渡るらしい。」
「いや、別に惚れてもらう必要ないし。っていうか、あの子にもらって欲しくないし・・・」
心底嫌そうに顔をしかめて、教室へ戻っていく。さっきの仕返し、できたかな。ちょっといい気分で、職員室向かって歩き出した。
ショコにはきちんと気持ちを伝えた田村だったけど、結局奥田さんには何もフォローしてないらしい。田村いわく、『下手なこと言って誤解されたら困るから』だそうだ。確かに、あの子のことだから、嫌ってないなんて言ったら、『じゃあ好きなんですね』なんて事になりかねないし。でも、驚いたよなー・・・次の月曜日には、何事もなかった顔して、6組訪ねてきたんだもん、奥田さん。しかも、昼休み、まだセンセがいるときに。教科書しまう田村の前に立ってさ、いきなり。『あたしあきらめませんから』だからね。もう、拍手もんだったよ。ビバ奥田!って。ここまで自分の思うように、図太く生きることができたらさぞ気持ち良いだろうに。でも田村もすごかった。クラス中ざわめき立ってるのにさ、当事者のくせして妙に落ち着いて、『諦めなくても、俺があんたのこと好きになるとは思えないよ』なんて言うんだからね。
ま、そんなことは置いといて、とりあえずは進路表を提出・・・だ。崎やんでなんとなく思い出したけど、亜門は元気かな。アレ以来――朝の奇襲攻撃以来、牧野サンを介して伝言のやり取りをした程度で、実際に顔を合わせてない。中間試験前の息抜きで、たまには店に遊びに行こうかな。うん、そうしよう。今日亜門の店に遊びに行くに決定。
軽い足取りでスキップなんてしながら、長くない職員室までの道のりを急いだ。
NEXT→
BGM♪スピッツ:ナンプラー日和