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「・・・・・」
「・・・・・」
俺と牧野サンの、息を呑む音だけが、妙に大きく響く。体育館の壁に隠れて、顔だけちょろりと出して、2人を見守って――って言えば聞こえはいいけど、実際は覗いてるだけなんだよね――から、早数分が経つ。でも、田村は動き出さないし、ショコは相変わらず逃げ出しそうだし。ああもうじれったい・・・ここで飛び出て、2人を怒鳴りつけてやろうか。『いいたいことははっきり言え!』って。あ、でもそんなことしたら台無しか・・・なんて1人で考えてたら。
「ああもうイライラする・・・なんて2人とも黙ってるわけ?」
牧野サンも、俺と同じだったみたい。
「飛び出て、はっきりしなさい!って怒りたいよね・・・」
「あ、俺も同じこと考えてた」
2人でこそこそ話。でも、肝心の2人はだんまりのまま。ズボンのポケットからケータイ取り出して時間確認すれば。あと5分で予鈴鳴っちゃうじゃん。昼休み終わっちゃうじゃん。もう、一体いつまでこの状態続ける気だよ・・・マジでイライラして、とび出しちゃおうかと思った時。
「・・・昨日、あれからどうしたの?」
お、田村が動いたよ、ショコに話しかけたよ・・・でも、相変わらず俯いたままで、ものすごく小さな声。俺に聞こえたんだから、ショコにも聞こえてると思うけどさ・・・ちょっと、感じ悪い。自分が悪いと思って話しようと思ったんだったらさ、せめて眼を見て話せよ、ショコの眼を・・・。
「・・・なんで俯くわけ?ショコの顔見て話しなさいよ・・・」
・・・やっぱり牧野サンも同じこと思ってるみたいで。うーん、変なところで気があっちゃうのね、俺達。
「・・・草野くんとカラオケ行って、帰った・・・」
「・・・そっか・・・」
っておい、それで終わりかよ・・・打破されると思った現状は、結局そのまま。再びだんまりの2人の間に、妙な空気が漂い始める。そろそろショコも限界かな・・・そりゃそうだよな、昨日の今日だもん。誰かクッションになる奴がいるならともかく、2人きりは辛すぎる・・・と思う。
そこでタイムリミット。遠くから予鈴が響き始めて。2人そろって顔を上げて、グラウンドの時計を見上げた。あー・・・結局中途半端で終わりか・・・田村がショコを呼び出した努力は認めるけどさ・・・結局現状は変わらないわけで。むしろ中途半端なだけに、ショコにとっては辛い状況に追い込まれただけかもしれない。俺らも無駄足を運んじゃったわけで。
「牧野サン、そろそろ教室に・・・」
彼女を振り返った瞬間、背中に汗が伝わった。だって、すごい形相で、今にもとび出さんばかりの勢いだったんだもん。
「ま、牧野サン??」
「もう我慢できない。あたしちょっとガツンと言ってくる」
「いや、もう少し待とうよ・・・ほら、予鈴も鳴ってるし・・・」
「ダメだって。待てない。だって今話さなきゃ、この先話せるわけないじゃん。2人ともあんなだし。たとえ田村くんがもう1回ショコを呼び出そうとしても、ショコが嫌だって言いそうだもん!」
「でもさ・・・もう少し・・・」
「うるさい!」
一喝。さすがにこそこそ盗み見――と言ったら、牧野サンは怒るだろうけど――してることは自覚しているらしく、声はものすごく小さかったんだけど、じろりと俺を睨むその視線がめちゃくちゃ怖くて。その迫力に思わず肩をすくませたけど・・・びびってる場合じゃないよ、俺。今まさにとび出そうとした牧野サンの肩をぐっと掴み、とりあえず落ち着いてよ・・・と懇願してみた。
「ほら、俺らが覗いてることばれた方が大変かもじゃん。もう少し、様子見てみようよ・・・」
「もう待てない!」
こそこそ押し問答。うー・・・参った。力でねじ伏せるわけにはいかないし、だからと言って牧野サンをとび出させるわけにもいかないし。おい田村、お前が動けよ!早くショコに謝れ。謝る気がなくても何か言え!俺が牧野サン押さえられてるうちに・・・
・・・と思ったら。以心伝心?気持ちって伝わるもんだね。田村が大きく息を吸って、ショコを見た。
「・・・俺、嫌いじゃないから」
「・・・・・」
ショコが顔を上げる。牧野サンの身体から力が抜ける。俺の動きも、一瞬止まる。予鈴の鳴り終わった体育館浦の水飲み場は、一瞬だけ、沈黙に包まれる。そしてそれを破ったのは、沈黙を作った田村だった。もう、俯いていない。ショコをしっかりと見据えている。
「一昨日はさ・・・俺、自分の周りで何が起こってるのか全然理解できなくて、それだけでイライラしちゃって、わけわかんないこと怒鳴り散らしちゃったけど、それで安藤さんのこと傷つけたかもしれないけど・・・あれはさ、でまかせっていうか、イライラしてて思わず言っちゃったっていうか・・・その、俺の本心じゃなかったってこと、分かってて欲しいっていうか・・・」
「・・・・・」
最初ははっきりとした声だったけれど、どんどん小さくなっていって。最後はやっぱり小さくて。でも、俺も牧野サンも息を飲んだ。彼女の両肩をしっかりと掴んでいるという、いつもなら小躍りしそうなシチュエーションも、すっかり忘れてしまうくらいに、田村の言葉に意識を集中させる。
普段はおとなしく、滅多に自分の本心を打ち明けたりしない田村が、自分の中で悪戦苦闘しながら、自分の気持ちを伝えるために、ショコの前で真剣になっている。頑張れ田村、俺がここで見守ってるぞ・・・って、そりゃ覗きだから、あんまり好ましくないよね・・・
「そりゃ、今好きな子がいるか?って聞かれたら『いない』って答えるけど、だからって好かれることが迷惑とは思わないし・・・まあ、それは相手にもよるんだけど。むしろ、安藤さんだったら嬉しいと思ったし・・・」
「・・・・」
「だから・・・なんて言ったらいいのかわかんないけど、とにかくそういうことで・・・つまり、今まで通りいたいっていうか、あの日の俺の言葉はなかったことにして欲しいっていうか・・・・」
尻切れトンボ。中途半端に言葉をにごらせて、『そういうことで・・・』なんて言って、田村はショコに背を向けた。・・・ってやばいじゃん。背を向けたってことは、つまり教室に戻るってことで。んで、教室に戻るってことは、つまりこっちに向かって歩いてくるっていうことで・・・
「牧野サン、隠れなきゃ!!」
「え、でも、隠れようが・・・・・」
「・・・おい」
牧野サンの肩掴んだまま、2人で慌ててたら。田村の低い声が背後で響いた。2人同時に肩をびくつかせ、ゆっくり振り返ってみると。
「・・・覗くのは結構だけど、もう少し静かにしてて欲しかったな。たぶん、安藤さんも気付いてたと思うぜ」
じろりと俺らを一瞥して、田村はそのまま歩き出す。一瞬、やな奴・・・と思ったけどさ。田村の背中をずっと見てたら。
「・・・・・」
一瞬だけ後ろを振り返って、そして、瞬間口元を歪ませた。それはホントに一瞬の出来事で、牧野サンはきっと気付かなかったんだろうけど。・・・田村もやるときゃやるじゃん。なんか、奴を讃えてやりたくなったよ。俺ら覗いてるの分かって、後に引けなくなって腹くくったんだよな、多分。っつーことは、やっぱり覗いてた俺らは良いことしたってわけで・・・って、田村に野菜ジュース渡さなきゃ。思い出したよ。購買の自販機でジュース買ってたら、牧野サンに拉致られたんだよね、俺って。しかも予鈴も鳴り終わってるし。早く教室もどらなきゃやばい。地面に置いた2つの紙パック。掴んで追いかけようとしたら。
「・・・ショコ、いいよね・・・田村くん・・・好きな人にあんなふうに言ってもらえてさ・・・」
牧野サンが、ポツリと呟いた。その口調はものすごくさらりとしていて普通だったから、特に気にも留めずに聞き流そうとしたんだけど。
「・・・・・」
ふと視界に入った彼女の表情が、すごく淋しそうで・・・
「・・・何か、そういう思い出でもあるの?」
普段だったら踏み込んじゃいけないんだろうな・・・なんて遠慮して、見て見ぬふりするとか、軽く流すとかするんだけど。亜門の言葉、不意に思い出して。『ハルジオンを歌わせたことで、こいつは無関係じゃない』っての。ただハルジオンを聴きたかったからリクエストしたんだったらいい。でも、ハルジオンを歌わせることが何かへのSOSだったのなら・・・むしろ、気にしなきゃいけないような気がした。
「・・・んー」
イェスともノーとも取れる、あいまいな返事。振り返った牧野サンの表情も、声と同じようにあいまいで。なんか、一気にいろんな考えが頭をめぐった。もう遠い昔のようだけれど、城南祭のときの雑誌とか、合宿のときの電話とか。・・・ハナザワルイ・・・だっけ。牧野サンの口から出た名前。時々見せる、寂しそうな表情と、亜門の家での、挑戦的な目。
「別に、そういうわけじゃないんだけどねー・・・」
言葉を濁して、俺の肩をポンと叩く。
「ほら、急いで戻ろうよ。本鈴、あと2分で鳴るよ?」
「でもショコ・・・」
まだショコは俺らの前に姿を現してなくて。多分、田村に言われたことを噛み砕いて整理して、嬉しさのあまり呆然としてる。田村はショコも俺らが覗いてること気付いてる・・・って言ってたけど、それはきっと嘘。あの余裕のないショコが、周りのこと気にしてるとは思えないから。
「大丈夫、ショコは放っておいてあげようよ。保健室行ってるとかなんとか、遅刻の言い訳なんていくらでもできるじゃない」
「まあ、そりゃそうだけど・・・・」
なんか釈然としないけど・・・仕方ない。いつの間にか先を歩く牧野サンの後ろに、すっきりしない気持ちで続く。もっと突っ込んで聞いてみたいけど、そんな勇気もなくて。自分の中で葛藤。いい加減、悶々とした気持ち引きずるのが嫌になって、思い切って聞こうと思った瞬間。
「・・・ショコがうらやましいのはね・・・」
牧野サンがくるりと振り返る。そしてやっぱり。表情は・・・初めて会ったあの日と一緒だ。諦めの、目。
「あたしと逆だから」
「・・・逆?」
「うん。あたしはね・・・・・好きだって言われた後に、その言葉真っ向から否定されちゃったんだ・・・・」
BGM♪スピッツ:春の歌
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