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「・・・よぉ」

「・・・うん」


 玄関先に立つ田村は、どこか緊張した雰囲気で。田村が来た・・・というだけでも心臓バクバクなってる俺なんて、もう口から飛び出そうな勢い。でも、何ともいえない表情を浮かべた奴を見たら、少しだけ気持ちが落ち着いた。


「こんな時間にどうした?・・・あがる?」


 玄関で交わす会話は、きっとリビングにいる母さんに聞こえているはず。まさか・・・とは思うけれど、万が一弟が盗み聞きしてる可能性もある。だったら、なるべく平静を装わなきゃ。ケンカしたとか、そんなニュアンスが伝わったら、また面倒なことになるに違いない。母さんは『あんないい子を怒らせるなんて!』と怒り出すだろうし、弟は『やっぱり愛想つかされたんだ』なんてバカにするだろうし。でも、思わずあがる?なんて聞いちゃったけど、田村が『うん』って言ったらどうするよ?俺。部屋で2人になっても、今まで通り話せる自信なんてないよ。

 でも。


「ううん。いい。・・・ってか、お前時間ある?ちょっと出たいんだけど・・・」


 俺とは目を合わせずに、玄関の外を指差して田村が言った。そして、俺の返事を待たずに扉を開けて外に出る。一体何の用だろう・・・と考える間もなく、俺は部屋へ逆戻り。財布とケータイをポケットに突っ込んで、急いで階段を駆け下りた。


「どこか行くの?あがってもらえばいいのに」


 顔を出す母さんに、本屋へ行ってくる・・・と言い、ビーチサンダル引っ掛けて奴のあとを追う。既に50メートルほど先に進んでしまった田村。用があるなら待ってろよ・・・と突っ込みたくもなったが、今はそれどころじゃない。とりあえず、転ばない程度の早足で、急いで隣に並んだ。

 昼間あれだけ晴れていたのにも関わらず、今夜は星が見えない。薄い雲が空全体を覆っていて。明日は雨なのかな?心なしか、空気も湿っぽいような気がする。暑い上に蒸れたら、ちょっと嫌だよな。ガッコ、クーラーついてないし。雨降ったら、明日も休んでやろう。そしたら、やっぱり亜門の部屋か・・・なんて考えてたら。


「・・・・・」


 田村の足が、突然止まった。1人で歩き続けるわけにもいかないので、俺も止まる。辺りを見ると、いつの間にか室見川の川原にいて。ふと、牧野サンのことを思い出した。宮田とのことで落ち込んでるときに、励ましてもらったこと。


「・・・安藤さん、元気だった?」

「・・・は?」


 再び歩き出しながら、ポツリと呟いた。一瞬何て言ったのか聞こえなくて、思わず聞き直しちゃったけど。ああ、ショコのことね。一応気にしてたんだ。『自殺しそうなくらいに落ち込んでた』って言ってやることもできたけど、やめた。田村困らせても楽しくないから。


「そりゃ、かなり落ち込んでたよ。昨日眠れなかったみたいだし。でも、少しは元気出たみたい」

「そっか・・・・」


 再び、だんまり。黙ったまま川原を歩き続ける田村に、次第に腹が立ってくる。一体何の用なんだよ。俺と友達やってる価値ないんだろ?俺といても、楽しくないんだろ?自分から言っときながら、何でこんな気まずい時間に付き合わせるわけ?

 一度現れた感情は簡単に消えるはずもなく、1歩歩く度に大きくなる。イライラを沈めようと努力しながら足を運んでいたけれど、もう限界。爆発する寸前で、何とか足を止めた。


「・・・何?」


 俯いたまま立ち止まる俺に気付いた田村。2.3歩進んだところでくるりと向きを変えて、少しだけ首をかしげて、俺を見る。その表情はいつもと変わらなくて、昨日あんなひどいことを言って俺を傷つけておいて、それは無いだろ・・・と、怒鳴りつけたくなった。でも、それじゃ田村と変わらないから。その衝動を懸命に押さえ込む。両手を強く握って耐える。


「・・・いや、何でもない。お前がうちに来た用件って何だったのかな・・・と思って」


 精一杯平静を装って絞り出した声。自分でもわかった、少し掠れてること。じっと田村を見て、田村も俺を見て。無言のまま時間が流れたけど・・・・先に堪えられなくなったのは、俺。すっと視線を逸らして、地面を見つめた。


「・・・俺といるのって、やっぱりつまんない?」


 先に沈黙を破ったのは、田村だった。何が『やっぱり』で何が『つまんない』のかわからなくて。そして、突然田村がそんなことを言い出した理由がわからなくて。何て返事したらいいのかわからなくてそのまま黙っていたら、コツコツとコンクリートを蹴る音が聞こえた。顔を上げると、ゆっくり歩き出す田村の背中が目に入る。ついていくのをやめて、そのまま離れてしまおうとも思ったけれど・・・それはできずに、同じように歩き出した。ビーチサンダルの下のコンクリートから、少しだけ熱気を受けて、なんだか生暖かくて気持ち悪いと思った。


「昨日勢いに任せてあんなこと言ってマックとび出して、追いかけてきたお前にもひどいこと言ってさ・・・部屋に戻ってから、すごく後悔した。誰かに相談したくても、そんな相手いなくて、いた!と思ってコールしようとした相手がお前だったりして、そんなことずっと繰り返しててさ・・・自分で、情けなくなった」


「・・・・・」

「今日、お前が学校来たらいつもどおり話しかけようって思ってて。気合入れて登校したけど、お前いなくてさ。安藤さんまでいないし、藤原さんには睨まれるし、牧野さんには怒られるし。授業中なのに『安藤さんに謝れ』って学外へ連れ出されるし」

「・・・・・」

「どうしようかって悩んでたら、図書館にお前までいるしさ。話しかけようにも、何か警戒されちゃってる感じしたし。3人が館内入って、2人になったとき、謝るチャンスだと思ったけど、お前めちゃくちゃ表情硬くて、結局何も言えなくて・・・」

「・・・」


 一体、俺はどうしたらいいんだろう。田村の言葉を最後まで聞けばいいのか、それとも、時々途切れる言葉に相槌を打つべきなのか。とりあえず、今わかることは1つ。めちゃくちゃ動揺してるってこと。何?突然。何がどうなってこんな話になったんだ?頭の中は大パニック起こしてて、言葉のひとつひとつが、瞬時に理解できない。


「それで・・・ああもう、言いたいことが支離滅裂になって、自分でもよくわかんないんだけどさ・・・」


 突然立ち止まって、勢いよく向きを変える。ゆえに、田村とご対面。でも俺は奴の顔を見ることができなくて、俯いたままだったんだけれど。


「昨日はあんなこと言っちゃったけど、俺お前のこと価値が無いなんて思ってないし、むしろいてくれて良かったって思ってる。逆に、お前の方が俺のこと価値無いって思ってるかもしれないとか思うし。俺なんて面白みないし、リアクションも悪いし、一緒にいてもつまんないだろうと思う」

「・・・・」

「こんなこと言ったらお前怒るかもだけど、いつも落ち着き無くて、何かあるたびに早とちりして、慌てて、俺にすがってくるお前見てて、俺のほうが甘えてたんだよな。『こいつはいつも俺に頼ってるな』なんて。でも、昨日あんなことがあって、自分が良く理解できないでいるうちに話が進んでっちゃって、ちょっとパニクってたのにお前が何も言ってくれなくてさ・・・お前だって焦ってたんだろうから、俺に何か言える状況じゃないって、冷静になって考えればすぐわかることだったんだけど、あの時は俺も冷静じゃなくて、言っちゃいけないこと、全部口走っててさ・・・最低なのは俺だったんだよな・・・・」

「・・・・・」


 一気にまくし立てられて。全てが理解できないうちに、田村はまた歩き出す。今度は、俺達が今歩いてきた方向へ。隣をすり抜ける瞬間、ポン・・・と、俺の肩を叩いた。それはいつもの田村の手で。ちょっとひんやりして、汗ばんだ手。


「突然呼び出して悪かったな・・・それだけ、言いたかったんだ・・・」


 じゃあ、明日学校で・・・と、片手を軽く挙げて、田村が笑った。その顔はちょっと引きつってて、ああ、無理してるんだな・・・って、すぐにわかった。


「・・・ああ」


 声になってるんだかなってないんだか。田村に聞こえたかどうかもわからないくらい小さな生返事。中途半場に上げた右手が、なんだか滑稽だった。


「・・・・・」


 田村の姿が闇に溶けて見えなくなった頃、ようやく田村の話が全部理解できて。なんだかわからないけど、脱力。とりあえず、手近なベンチに腰を下ろす。両手を見たら、少しだけ震えていた。


「・・・・は、はははははは・・・・」


 突然こみ上げてくる笑い。我慢できなくて、声が漏れる。通り過ぎていく人たち――犬の散歩の人がほとんどだ――は、少し不思議そうに俺を見ていくんだけど、全然気にならなかった。
 なんだよ田村、結局自分持て余して、俺にあたっただけなんじゃん。これも、亜門の言った通りだ。っつーか、俺、何でこんなに緊張してんだよ。気付けばTシャツは汗でびっしょり濡れていて。何の運動したんだろう・・・?って、自分で思ったほどだ。あー・・・こんなことでこんなに汗かくなんて、俺ってマジで小さい男・・・。


「・・・はぁ・・・」


 気の済むまで笑って、大きく深呼吸しながら空を見る。相変わらず雲に覆われている空だけれど、その向こう側で、煌く星がいくつか、見えた。この雲が無くなったら、明日もやっぱり晴れるのかな・・・。暑いのは勘弁だけど、明日は青空であって欲しいな・・・と思った。

 明日、ガッコへ行ったら、田村の背中を思いっきり叩いて、『おはよう』と言おう。俺なんて泣いちゃったし、ガッコ休んじゃったけど、ちょっと痛い目にあわせて、それでチャラにしてやってもいい。奴の背中に、大きくて真っ赤なもみじが残れば、それでおあいこにしてやろう。


「うろたえる田村・・・か。俺、ツチノコより珍しいもの見ちゃったのかもな・・・」


 小さく独り言。もう一度大きく息を吸って、立ち上がる。


「・・・たまには、アリかもな・・・」


 よくわからないけれど、何となくそう呟いて、2人で歩いた道を引き返す。ジーンズのポケットに両手突っ込んで、ちょっとおどけたステップ踏みながら。傍から見れば酔っ払い?でも、それでもいいや。今、サイコーに気分がいいから。

 明日も晴れますように・・・空を見て、心からそう願った。







      








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