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「・・・よし」


メールの誤字脱字を確認して、送信ボタンをピッと押す。『送信完了しました』の文字をちゃんと見てから、ケータイをたたんでカバンに入れた。ついでにあたりを見回してみたけど、まだガッコの終わらないこの時間、学習室はしーんとしていて。浪人生かな?私服で一生懸命勉強してる人が3.4人いるだけで、鉛筆のカリカリいう音以外は、何も聞こえてこない。勉強なんか端からやる気のない俺。外と違って涼しいし、ここでぼんやりしようかな・・・と思ったんだけど、無理。勉強に対する熱意・・・ての?ピリピリ痛くてさ。完全な空気負け。せっかくしまったケータイと財布を持って、席取り・・・ってわけじゃないけど、カバンは椅子の上に置いて、静かに部屋を出た。
泣きじゃくったショコに『1人にして』と言われ、涼を求めて館内に戻ってきたけど・・・なんか落ち着かなくて。心配で傍にいようとしたけど、それは拒否された。落ち着いて泣けないから・・・って言ったけど、できることなら泣いてほしくないんだよな。泣きはらした顔とか見るの、結構つらいから。とりあえず、彼女のために何かしようと思って、ユカにメールした。休んでることは知ってるだろうけど、ここに俺といることまでは多分知らないから。あと、ショコの様子。元気そうな振りもしたけど、結構落ち込んでる・・・って。
ついでに牧野サンにも入れておこうかな。でも、俺まで休んだこと、詮索されるのはちょっと恥ずかしいかも。
どうしようかな・・・って悩んでたら。何てタイムリーなんだろう。牧野サンからメール。急いで開けると。

『どこにいるの?』

たった一言。ちょっと唖然としてたら、続けてユカからメールが届いて。

『つくしが切れた』

今度もたった一言。しかも意味わかんなくて。ケータイで時計確認したら、3時を少し回ったところ。・・・って、ちょっと待て、まだ思いっきり授業中じゃん。机の下でこそこそ打つようなメールの内容じゃない。しかも、切れたってなんですか?電話かけていいものかどうか。ちょっと、悩む・・・って、これって以心伝心なのか?折りたたみのケータイ開いた瞬間、着信のバイブが振動し始めた。相手は・・・ユカだ。


「・・・もしもし?」


学習室を出たとはいえ、また図書館の館内。廊下の隅で小さくなって、これまた小さな声で出る。けれど。

『ちょっと、図書館のどこにいるの?』

耳に響くカナキリ声。思わずケータイを耳から遠ざけた。急いで受話音量を下げて、もう一度電話を構える。

「学習室の廊下だけど・・・まだ授業中だろ?なんで電話かけてこれるわけ?」

『そんなことはどうでもいいから』

「いや、よくないんだけど・・・」

だってサボりってことでしょ?電話してるなんて。でも、うるさい!とユカに一喝されてしまって、俺は黙ることしかできなかった。だって怖いんだもん。

『ほら、草野くんが余計なこと話すから、通話代高くなっちゃうじゃない!ただでさえ、今月やばいのに。無料通話分終わっちゃったら、どう責任とってくれるの?!』

・・・えー・・・それって、俺のせいですか?不条理な言いがかり。でも、反論できないでいたら。

『とにかく、総合図書館の学習室の廊下ね?ってか、今から行くから』

「・・・は?」

『じゃあ』

「ちょっと、ま・・・・」


プッ・・・と、電波が切られた。・・・あの、ちょっと理解に苦しんでしまうんですが、僕。ユカは『今から行く』と言った。でも、この時間は思いっきり授業中だ。頭の中に、2つの疑問が浮かぶ。

『誰と・なぜ来るのか』

普段からあまり慌てることのないユカが、あんなに切羽詰ってるのは何かあった証拠。こんな電話の後に、のこのことユカ1人で来るとは考えられない。しかも、牧野サンが切れたってメールも気になるし。もし、切れた彼女を追ってくるとしたら、牧野サンが切れる理由がわからない。・・・俺が休んじゃって、さびしかったから?・・・バカだ、考えた自分が悲しくなってきた。大きくため息ついて、フルフルと頭を振って、もう一度考え直し。牧野サンは俺に『どこにいるの?』というメールを送ってきたのだから、少なくとも用があるのは俺に・・・ってことだろう。でもなんで?俺、昨日牧野サンに変なことしたかな・・・『1人で帰れるから』という彼女からのメールを鵜呑みにして、藤崎のマックまで迎えに行かなかったことくらいしか思い浮かばない。それって、やっぱりまずかったかな・・・途中で迷ったりしたのかな。いや、もしそうなら、迷った時点で電話なりメールなりで連絡してくるはずだ。ということは、昨日のこととは関係なくて。じゃあ、何だ?
考えれば考えるほど思考は回るばかりで、一向に意見はまとまらない。やっぱり、ユカが来るのを待つしかないのだろうか。でも、ユカの声もかなり切羽詰ってたしな・・・授業中なのにここへ来るって言うくらいだし。
ホント、何があったんだろう・・・?


「ショコ」


一旦建物を出て、再び容赦ない太陽に照らされる。といっても、日が傾いてきたおかげで、暑さは少し和らいだ。西日がまぶしくて仕方ないけれど、こればかりはどうしようもない。建物に入るしか、これから逃れる術はないだろう。さっきと同じ体制で、同じように地面を見つめているショコに声をかける。『何?』と顔を上げる彼女の目は赤くはれぼったくなっていたけれど、一時と比べるとかなりましになった。でも、冷やさないと明日ひどいことになるかもな。


「タオル持ってんの?」

「一応。体育の後使おうと思ったやつがあるけど」

「それ、ぬらしてきてやろうか?目、冷やさないと恐ろしいことになると思うよ?」

「・・・そう?」

「うん。今はいいかもしれないけど、明日ひどいことになるって。お岩さんみたく」

「・・・それは嫌かも」


ショコは小さくつぶやいて、バッグの中からフェイスタオルを取り出した。そして、無言で俺に投げつける。・・・なんで投げるんだろ。なんかやな感じなんですけど。そしたら。


「なんか、気を遣ってるのがバレバレで嫌なんだけど」


なんて言われてしまった。ひどい言い草だよね。そりゃ確かに気は遣ってるけどさ。でも、ほんとに明日すごいことにならないように・・・って心配してるだけなのに。


「だって、ショコ傷ついてるっぽいんだもん」


思ったことは口に出さずに、代わりにそう答えた。


「怪我人には優しく・・・だろ?」

「・・・別に、怪我してないし」

「ハートブレイクで、心が怪我してる」

「・・・・ばっかみたい」


『ば』の音に思い切り力を入れて、ショコが言った。でも、その表情は少し笑ってて、声にも明るさが少し戻ってたから、ちょっとだけ安心。


「じゃ、タオルぬらしてくるよ」


一度、建物の中に戻る。そういえば、牧野サンからのメールに返事してなかったっけ。ユカに言ったからいいような気もするけど、念のため。

『早良の総合図書館にいるよ』

と、少し丁寧なメールを返した。まだ福岡の地理になれていない彼女には、これでも不親切かもしれないけど、仕方ない。ガッコからここまでの道を懇切丁寧に説明しているような余裕はないし、ここへ来るって決まってるわけじゃない。ただ、ガッコに来なかった俺を心配してメールくれただけかもしれないし。・・・ま、そうするとユカがあそこまで慌てふためいていた理由がなくなっちゃうんだけどさ。


「お待たせ」


固く絞ったタオルをショコに渡すと、小さな声でありがとうとつぶやいて。器用にタオルを細くたたんで、両目を押さえた。


「・・・きもちいい・・・」

「だと思う」


俺も、ほんの短時間だけどさ。亜門の部屋でタオルと氷使って目を冷やして、いろんな意味でよかったと思うもん。ひんやり感が気持ちよかったのはもちろん、ああして冷やしたおかげで、目の腫れも引いて。泣いて目が真っ赤になってたこと、ショコにばれずに済んだ。今、タオル濡らしがてらトイレの鏡で確認したけど、もうほとんど正常に戻ってて、よーっく見た人じゃないとわかんないと思う。


「そいえば、今からユカが来るみたいだよ」

「・・・ユカが?それも今から?」


ユカからの突然の電話。ショコの様子全然聞いてこなかったし、もしかしたら大した用事じゃないかもしれないけど、一応伝えておいた方がいいよな。


「だって、まだ授業中じゃない?どうして?」

「わかんない。俺もそれ聞いたんだけど、うるさいって一喝されて終わっちゃった」

「・・・なんだろうね?」

わからないもの同士、首をひねって考えてみる。けれど答えは一向に出なくて。ま、来ればわかることだし、いいかなーなんて思ってたら。


「・・・・・・」


隣に座るショコの顔が、急に強張った。その目は確実に何かを捉えていて。彼女の視線をたどって・・・・俺も、びっくりした。それと同時に頬が引きつるのがわかった。


「・・・お待たせ」


息を切らせながら、半ば諦めた感の否めないユカ。その1歩前と2歩前に、見知った顔が2つ。1歩前のそれは、明らかに困惑の表情を浮かべた田村。2歩前のそれは、眉を吊り上げて怒り顕わにし、田村の腕をがっちりと掴んだ牧野サンだった。


  


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BGM♪bump of chicken:同じドアをくぐれたら