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「・・・ねえ」

「何?」

「面白いこと言ってよ」

「なんで?」

「退屈だから」

「やだよ」

「・・・・つまんない奴」

「あのなぁ・・・俺は・・・・・」


 傷心なんだよ・・・と言おうとして、やめた。傷心なのはショコも同じ、いや、きっと俺以上に傷ついてるはず。そんなの、隣に座ってる彼女の横顔見るだけで、痛いほどわかる。腫れぼったい目を真っ赤にしてて。きっと、朝までずっと泣いてたんだろうな。ショコを横目でちらりと見て、俺って幸せだな・・・って思った。今は同じ境遇――お互い、田村に振られたから――に立たされてるのに、俺には逃げ場がある。亜門がいる。でも、ショコには・・・それがない。


「・・・暑いね・・・」

「・・・そうだな・・・」


 2人して、雲ひとつない青空を見上げた。今いるのは、福岡市の総合図書館。ショコからの電話、出ろって亜門にさせかされてしぶしぶ出たら。

『・・・ユカからメールあった。今日休んでるんでしょ?』

『・・・・・うん』

『家にいるの?あたし早良の図書館にいるから、来てよ・・・ってか、来い』

 反論するまもなく切られる電話。思わず亜門の顔をまじまじと見たら。

『行く・・・べきだな。話聞いてやれよ』

 と、部屋を追い出された。5時までなら家にいるから、と笑いながら手を振る亜門に見送られ、しぶしぶ歩き出す。ケータイで時間を確認すると、まだ1時。高校生がぶらぶらするには・・・まだ、早すぎる。なるべく『僕は真面目な高校生です。学校は午後からお休みです!』っていう雰囲気が出るような表情作って。バカだよね・・・誰も気にしないってのに・・・警察や補導員以外は。

 学習室でぼんやりしてるショコを発見。一応机の上には参考書が広げてあって。でも、勉強してる形跡は全然ない。静かに部屋に入って、彼女の肩を軽く叩いたら。『外へ行こう』とジェスチャーで促された。そして今、ジュース――俺はコーラ、ショコはミネラルウォーターだ――を買って、外のベンチで呆けている。


「・・・あたし、昨日一晩泣いちゃったよ。静かに好きでいたつもりだったのにさ。そりゃ、卒業する前には告白しようと思ってたけど・・・でも、田村くんあたしの気持ち知ってた上に、迷惑だなんて言われちゃって」

「・・・ごめん」

「別に草野くんが謝ることじゃないじゃん。どーせあの奥田がばらしたんでしょ?ってか想像できるよ。奥田が暴走しちゃって、それを止めようとする草野くんが足蹴にされる様が」


 あ、そうですか。そんなに簡単に想像できますか。でも、外れてないから悔しい。俺なんて、奥田さんに『うるさいっ!』って腕1本で振り払われちゃったし。しかし、奥田さんは今日どうしてるんだろう。俺らみたくガッコ休んだのだろうか、それとも、いつもみたく元気に登校したのだろうか。彼女のことは・・・想像つかない。想像つかないってことは、案外まだ田村に言い寄ってたりして。ははは・・・さすがにそれはないよな。

 一気飲みして、空になったペットボトルをショコが投げる。数メートル先のダストボックスへ見事にインして。思わず拍手してしまった。でも。


「・・・別に、ほめられても嬉しくない・・・」


 俺をじろりと睨んでだんまり。ごめん・・・と小さく謝って俺もだんまり。しかし。太陽ってのはどうしてこんなに眩しいのかね、特に徹夜の頭には。目を細めて空を見る。降り注ぐ日差しも真夏のそれと変わりなくて。あー・・・暑い。カバンの中からタオル出して、頭にかぶってみた。少しは涼しくなるかな・・・って。

 図書館の中で涼むのもいいけど、それじゃ話ができない。2人でいてもほとんど会話はないんだから、それでもいいかな・・・と思うけど。ショコがこの場を動く気配はないし。俺も、ここでいいし。なんか罰受けてるみたいでさ。田村を怒らせた罰。・・・でも、あいつが腹を立ててるのって、実は俺達じゃなくて自分自身にじゃないかな・・・なんて少し考えてみる。そして、そうだといいな・・・なんて少し思ってる。理解できない場所に放り込まれて、訳わかんなくなってパニクって、そんな自分が少し嫌だったんじゃないかな・・・なんて。都合のいい、勝手な想像かもしれないけど。


「・・・・あーあ・・・あたしの気持ちって、ホントにメーワクだったのかな・・・」

「・・・・・」

「ほんとに、好きだったのにな・・・・・」


感情を押し殺した、抑揚のない声。なんか、すっげー健気に見えるんですけど。きっと泣きたいのに必死で堪えてさ。あーもう、俺ってなんでこんななんだろ。必死で我慢してるショコが可愛い・・・。ハンカチで目頭押さえて、鼻すすって。我慢せずに泣いていいから・・・って言いたくなっちゃうよ。


「・・・俺でよければ、話聞くよ?んでもって、ここで聞いたことは全部自分の妄想だと思って忘れる。他の奴らには絶対言わない。そしたら・・・少しは楽になるんじゃない?」

「・・・・・」


 ちらりと横目で俺を見て。俺もちらりとショコを見て。変な視線の合わせ方。思わず2人で笑った。


「・・・そんなに優しいなんて、草野くんらしくない」

「悪かったな・・・」

「でも・・・嬉しい。ありがとう」


ポツリと呟いて、ちょっと沈黙。なんか、亜門になった気分だ。朝の俺がショコで、朝の亜門が、俺。亜門の存在が、俺にとってすっげーありがたかったから。ショコの気持ちを、少しでも浮上させてあげたいと思った。きっと亜門みたいに気の利いたことも言えなきゃ、どうでもいいことにつっかかったりするんだろうけどさ。

 もう一度空を見上げて、ショコはまぶしそうに目を細めた。俺も同じようにしてみる。何か幸せな気分になれるものが見つかるかな・・・なんて考えながら。


「・・・田村くんを好きになったのは、去年の城南祭の時だったかな・・・」

「俺らのステージ見て?」

「ううん、違う。去年の城南祭のとき、うちのクラス駄菓子屋やったでしょ?その片付けのときに、田村くんんが助けてくれたんだ・・・」


去年――2年生のときも、俺たち4人は同じクラスだった。ってか、国立文系を選択してるから、ほとんど持ち上がりで3年になったんだけど。


「うん。あたしとユカが会計で、売り上げのお金、どうしても合わなかったんだよね。クラスのみんなからは責められてさ。お前らが着服したんだろ?なんて言い出す奴までいて。でも、田村くんが言ってくれたの。『もう一回、売れ残った駄菓子確かめろよ』って。そしたらロッカーに丸々一箱余っててさ。あの時田村くんが言ってくれなかったら、あたしとユカで足りないお金埋め合わせなきゃだったから。大した金額じゃないし、それはかまわなかったんだけど、クラスのみんなに誤解されたままなのは嫌だったからさ」


 普通にありえそうな話。田村はぼんやりしてるようで、ちゃんと周りに気を配ってるから。だから、俺も奴の傍でのんびりできたんだと思う。いつでも俺を見ててくれて、ちゃんとフォローしてくれる。今年の城南祭も、夏の強化合宿のときも。・・・でも、俺同じクラスだったはずなのに、そんな記憶ないんですけど。ちょっと思案顔してたら。


「その時、草野くんは教室にいなかったよ。ステージの片付け行ってたんじゃないかな」


 と、ショコに教えられてしまった。そういえばそうか。ステージの片付け、各グループから1人出なきゃいけなかったんだよ、確か。・・・ってことは、今年は田村がやってくれたってことか?俺、そんなこと全然気付かなかったや・・・。夢想人は延長して営業してたし。俺、あいつに迷惑かけっぱなしだ・・・はぁ。


「・・・それで、後から田村くんにお礼を言いに行ったんだ。『さっきはありがとう』って。そしたら、にこりともせずに『安藤さんたちがそんなことするはずないって思ったから言っただけ』って言われたの。最初は愛想のない人だな・・・って思ったんだけど、よく見たら耳と頬が赤くなってて。照れてるだけなんだな・・・って気付いたら、もうだめだった」

「好きになってたってこと?」

「うん・・・」


 ショコの頬が、少しだけ赤くなった。ちょっと・・・マジで可愛いじゃないですか。あーもう、やだな・・・なんでこんな無防備な表情見せちゃうわけ?これって反則でしょ・・・ショコのこと、めっちゃくちゃ好きって訳じゃないけど、これは緊張するよ?ちょっと、肩とか腕とか指とか、触りたくなっちゃうよ?でも、臆病な俺。そんなことはできるはずがなくて。


「・・・・・はぁ」


 小さなため息が出た。いや、別にどってことはないんだけどさ。でも、次の瞬間ショコの表情がぐっと暗くなっちゃって。・・・俺、なんかやばいこと言った?


「だから、田村くんって少し照れ屋で、でもすごく優しくて。告白して万が一振られるとしても、もっと優しく言ってもらえるって思ってた。それなのに、たった一言『迷惑だ』なんてさ・・・しかも、ウザいとまで言われちゃって。なんか自分が悲しくなっちゃったよ・・・あたしがずっと好きだった人は、そんな冷たい人だったのかな・・・って」

「・・・・・」


 そんなことないよ、田村はすっげーいい奴で、今回はたまたま、理解できないことが重なってテンパッてただけなんだよ・・・って言いたかったけど。なんか、うまく言葉にできなかった。今のショコの言葉は、少しだけ俺の気持ち。正直、俺も思った。ずっと親友だと思ってた田村は、ほんとはこんなに小さな男なんだ・・・って。そう思えば、自分が楽になれるから。田村1人を悪者にすれば、自分が救われる気がしてたから。ほんとは大きな間違いなんだけどさ。


「あーあ・・・どうしてこんなことになっちゃったのかな・・・」


 大げさにため息を吐いて、ショコが呟いた。目にはちょっとだけ涙が浮かんでいて。思わず、彼女の頭をぽんぽん・・・と叩いてしまった。まるで小さな子をあやすように。そしたら、涙が少しずつ大きくなっちゃって。頬を伝わってぽろぽろ流れて。


「・・・泣くなよ」


 俺にはそれしかできなかった。ショコの頭を優しくなでて、そう言うしかなかった。

                    



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                             BGM♪スピッツ:優しくなりたいな