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「崎やん、マジでセーカク悪すぎ。クラス全員の前でああいうこと言うかなぁ、たとえ冗談だとしてもさ・・・」

「はは・・・お前がそんなに気にするとは思わなかった。悪い」

 放課後の体育館。男子バスケの顧問をしている崎やんに一言文句を言おうと鼻息荒く乗り込んで、そして駄々っ子のようにステージを転がる。ステージに持たれ、時折部員たちに声をかける崎やんは、俺の文句なんてどこ吹く風で。笑いながら、そしてちょっと呆れながら、謝った。


「でも、安藤の名前を出したのはお前だぞ?俺は何も言ってないし」

「そりゃそうだけどさ・・・ショコのこと考えてたのは事実だし。まさかフォークダンスの話してたなんて、崎やんもタイミング良すぎるよな」

「俺はお前の方がタイミング良いと思ったぞ。てっきり女の子に触れるからって、妄想してると思ったからな」

「・・・人のこと、変態みたいに言うのやめてよ」


 ははは・・・と、崎やんが声をあげて笑った。まったく、誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだよ。俺をからかって楽しんでる姿が、何故か亜門と重なった。あーあ、今日のこともまたバカにされるんだろうな・・・


 あの後どうなったかって?言うまでもないだろ。もちろん冷やかされたよ。高校3年にもなってこんなネタで冷やかすなよ・・・といいたかったけど、自分が逆の立場だったら、きっと奴らと同じことをしてたに違いないから、文句は言えない。『いつから付き合ってたんだ?』とか『夫婦喧嘩は他の場所でやれよ』とか『草野くん、ホントは誰が好きなの?』とか『安藤さんの好きな人って、誰?』とか。冷やかし質問罵詈雑言。あ、最後は違うか。授業の合間ごとに色んな奴らに言われてさ。それだけでも結構きつかったのに、授業中にユカから手紙が回ってきたときは、心底腰が砕けそうになった。『いつショコに乗り換えたの?』だってさ。ふざけるのも大概にしろっつーのね、まったく。


「で、実際どうなんだ?牧野は」

「何が?」


突然の話題転換。半分妄想に入りかけてた俺はそれについてけなくてさ。言葉に詰まった。


「仲良くなれたか?」

「メール交換する程度にはね・・・ってかさ、何で崎やんそのこと知ってんの?」


 ずっと不思議だった。ハルジオンのときからずっと。崎やんの前で牧野サンの話なんてしたことないし、当然スキとかキライとか、言った記憶もない。それなのに渋る田村を説得してくれた――というのか?あの場合――しさ。


「知ってるも何も、お前態度に思いっきり出てるし。気付いてるか?牧野と話すときだけ、目がキラキラしてるの」

「・・・マジで?」

「マジで。一昔前の少女マンガみたいに光ってるぞ」

「・・・・・」


 俺って、そんなにわかりやすい人間だったのか?自分の目をすぐにでも鏡で確認したかったけど・・・あいにく、女の子じゃないからそんなもの持ち歩いてない。って、キラキラするのは牧野サンと話してるときだけなんだよな・・・え、じゃあ、勘の鋭い奴だったら気付いてるってこと?そういえば、ユカとショコも、城南祭の写真で気付いちゃったんだよな・・・何気ない1枚で。

 マジでショック・・・そしたらそしたら、牧野サン自身もわかっちゃってるかもしれないってことで。いや、案外彼女は鈍感だから、そうでもないかも・・・って、俺すでに告白しちゃってるじゃん、カラオケの帰り、しかも無意識のうちに。うわー・・・最悪・・・

 頭押さえて、ステージにうつぶせ。ショックをマグロで表現してたら。突然頭の上から笑い声が降ってきた。それはかなり苦しそうで、崎やんが必死で堪えてるのがわかる。・・・っつーことは、やっぱりからかってたってことで。あーもうマジで嫌になる!


「・・・なんか、亜門みたい・・・」


 無意識のうちに口からこぼれた。そしたら予想外のことに。崎やんの笑い声がふと止まってさ。俺の顔じっと見て、


「亜門って、国沢さんのことか?」

「国沢?」

 俺が言ってる亜門は亜門であって・・・あれ?あいつの苗字、俺知らないや。だんまりしてたら、崎やんはちょっと言いにくそうな表情で言葉を続けた。


「いや、時々行くバーのマスターが国沢亜門さんって人なんだ。珍しい名前だから同じ人かな・・・と」

「・・・どこにあんの?」

「天神」

「店の名前は」

「Bijouだったかな?」


 なーんか、やばい名前出しちゃったよな・・・たぶん同じ『亜門』さんだよ。人のこと小ばかにするくせに、店では妙に人当たりのいいあのおっさんだよ。崎やんあの店行くのかよー・・・俺が行った2日間、バッティングしなくて良かったよな・・・心底ほっとした。

 得意の妄想で瞬時にシミュレート。おそらく、この場で俺らが知り合いってことを崎やんに知られない方がいいだろう。どうして知り合ったとか、どういう関係だとか、深いところに突っ込まれるとボロ出しそうだし。牧野サンとも関わってくるし。


「へー・・・その店が崎やんの行きつけの店なんだ。卒業したら連れてってよ。お祝いに」

「バカ。卒業しても未成年だろうが」

「いまどき『お酒は二十歳になってから』なんて守ってる奴らいると思う?ってか、自分守ってた?」

「あのなぁ、俺は一応教師だぞ?そういう問題じゃないだろ・・・」

「ねぇ、守ってた?」

「・・・・・わかった。ただし第一志望校に合格したらだからな!」


 そのためにもとっとと帰れ・・・と、崎やんが俺を追い払うふりをする。どうやら、今のおねだりで『亜門』のことは忘れたらしい。思い出さないうちに・・・と、俺もそそくさと体育館を去った。

 カバンを取りに教室へ戻る。下校時刻をとうに過ぎた教室は誰一人いなくて、少しだけ哀愁が漂っていた。朝はあんなに賑やかだったのに。なんだか不思議な気分だ。俺まで淋しくなっちゃって、鼻歌歌ってごまかしながら、昇降口までの道のりをゆっくりと歩く。そこで、会えても嬉しくない――いや、むしろご遠慮したい姿を発見。急いで回れ右しようとしたけれど・・・一瞬遅かった。


「遅かったですね。何か用事でもあったんですか?」


 悪の根源・・・いやいや、奥田さんがいつもの可愛らしい――そう、可愛いからむかつくんだよ、余計に・・・――笑顔で言った。周りの状況からしても俺を待っていたのは明確で。あー・・・またこの子に付き合わされるわけ?なんか考えただけでうんざりなんですけど。


「田村ならとっくに帰ったよ」


 奴を待っていないとわかってて、あえて言ってみる。俺にとって精一杯の嫌味・・・ってやつでしょうか。でも、そんなもの彼女にはぜんぜん通じなくてさ、『待ってたのは草野先輩ですから』なんて言われてしまった。


「何の用?ってか、俺はあんたに何の用もないから、できることなら帰りたいんだけど」

「相変わらず冷たいですね。私のこと、そんなに嫌いですか?」

「少なくとも、好きじゃないね」

「私は好きですよ、草野先輩のこと」

「あっそ」


 噛み合ってんだか噛み合ってないんだか、よくわからない会話。上履きをスニーカーに履き替えて昇降口を出ると、奥田さんも同じようについてきた。本当は振り払って逃げたかったけど、俺って根っから優しいのね・・・思わず、彼女に歩調を合わせてしまう。


「田村先輩、あれからどうですか?」

「どうもこうも、この件に関しては一言も話してないから。・・・ってかさ」


 深く関わりたくないけど、どうしても気になっていた疑問。どうしてこいつは田村が好きなんだ?ユカと同じ中学ということは、俺らとはまったく関わりないし、高校に入ってから、田村はずっと帰宅部――というか、バンド同好会、俺が勝手に作ったやつね――だ。後輩と関わる機会なんて、皆無に等しい。


「クラスの子が、城南祭の写真持ってたんですよ。太夫服の田村先輩と一緒に写してもらったとかって。最初は『こんなカッコして学内歩いてたなんて、変な人』って思ってたんです。でも先輩がステージで演奏したって聞いて、放送部の友達に頼んで、そのときに録画したビデオを見せてもらったんですよ」


 録画したビデオって、ステージのビデオ・・・ってことだよな。知らなかった。ってことは、きっと去年のものも撮ってた・・・ってことで。俺も今度見せてもらおうかな、去年のやつ。今年のは・・・見る勇気がない。


「私、最初は草野先輩のこと好きになりそうだったんです。だってボーカルだし、ギターかっこよかったし、自信なさそうなトークが『負けの美学』って感じがして。でも、ずっと見てたら、曲の途中で止まっちゃうじゃないですか。その時の田村先輩のフォローがさりげなくてすごく自然で、『この人はすごい!』ってときめいちゃったんですよね」

「へぇ・・・」


 彼女の話を聞いて、田村には悪いが心底安心した。あの時牧野サンの涙見て、思考回路飛んでよかった。そうでなかったら、あのまま歌い続けてたら・・・奥田さんに執拗に追いかけられるのは俺だった・・・ってことだ。


「私の話はどうでもいいんです。好きになった理由なんて関係ないですから。で、田村先輩の話ですよ!」


 彼女の声で、不意に現実に引き戻される。ってか、俺からしてみればあんたの話聞くこと自体どうでもいい気がするんですけど・・・


「田村先輩、安藤先輩が自分のこと好きってわかったとき、顔赤くしてましたよね。私が目の前で告白しても、顔色どころか眉毛ひとつ動かさなかったのに」

「あんたに興味がないからでしょ」

「ってことは、『女の子に興味ない』って言うのは口実だってことですか?それで実は安藤先輩が好きってことなんですか?」

「だから俺は知らないって。第一、ショコの知らないところで気持ちばらしちゃうってのはどうかと思うよ?それが逆の立場だったらどうよ?嫌な気しない?」

「かえって好都合です」

「・・・あっそ」


 どうやら、彼女には話が通じないらしい。好都合だと思えるのは、あんただけだと思うよ・・・って言ってやりたかったけど、突っ込まれても困るからあえてスルーした。


「先輩、田村先輩に聞いてくださいよ。安藤先輩のことどう思ってるのか」

「やだよ」

「どうしてですか?」

「第3者の俺が、簡単に立ち入っていいような問題じゃないだろ」

「でも親友なんでしょ?」

「だからって、何でも許されるわけじゃない」

「・・・ほんとは、怖いんじゃないですか?」

「何が」

「田村先輩に答えてもらえないんじゃないかって、思ってるんじゃないですか?実は親友だと思って何でも話してたのは自分だけで、田村先輩は『ただの友達』としかみてくれてなかった・・・なんて」


 ・・・人間、親しい中でも言っていいことと言っちゃいけないことがある。それが親しくなかったらなおさらのことだ。何で俺がこいつにこんなこと言われなきゃいけないわけ?マジで切れそう。


「お前にそんなこと言われたくないよ。親友だからこそ立ち入っちゃいけないテリトリーがあるってことも覚えときな。あ、親友いない奴にはわかんないのかも知れないけどな、そーゆーこと」


       


「・・・・・・」





 奴が立ち止まる。俺のことじろりと睨んで、悔しそうに唇噛んで。




「・・・失礼します」


 怒鳴りつけるようにそう言うと、早足で俺の横をすり抜けて行った。そういえば、彼女のあんな表情初めて見た気がする。俺、そんなに傷つけること言っちゃったのかな・・・

 キライな子だからって、傷つけていいわけじゃない。自分の軽率な発言に少しだけ後悔しながら、小さくなっていく奥田さんの後ろ姿を見つめた。





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