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 相変わらず人気のない体育館裏。前はここにショコと2人で来たんだよな。あの時も心臓壊れるほど緊張したけど、あのときのほうがまだマシだったみたいだ。
今は体が爆発しそうなくらいに緊張してる。いやな意味で。


「・・・話って何?」


 ぶっきらぼうな俺の口調。願わくば、この場から一刻も早く立ち去りたい。
なんかね、苦手なんだよ、こういうの。
奥田さんは可愛いと思うけど、可愛ければいいってもんじゃない。
なんていうのかな、前面に出すぎ・・・っていうか、自己主張しすぎなんだよね、この子。
確かに『我が道を行く』ことは生きていくうえで大切なことだと思う。
でも、それって実社会の中で受け入れられる場合に限り、だろ。
度を越した『Going my way』は迷惑以外の何物でもない。
現に俺だって生物の宿題をする・・・という自分の作業を中断させられて、こんなところまでつれてこられたのだ。
ま、半分は牧野サンと雑談楽しんでたし、しっかり断らなかった自分に非もあるのだけれど。


「もちろん、田村先輩のことです。朝渡した手紙、読みましたか?」

「読むわけないじゃん。もらったのは田村だろ」

「でも、先輩達って仲良しだから、そういうことするのかな・・・って」

「いくら仲がよくても、人の手紙読んだりしないよ」


 そりゃ、封のあいていない手紙渡されて、読む?って聞かれたけど・・・。
ってか、あいつ手紙読んだのかな。なんか、昼休みの雰囲気だとまた忘れてるような気もするけど。


「実はですね、あの手紙に『今日の昼休みに体育館裏に来てください』って書いたんです。でも、いつまで経っても田村先輩来なかったから。無視されてんのかな・・・と思って教室行ったら、お友達と楽しそうに話してて」

「ああ、確かに楽しそうだったな」

「私の方ちらっとみて、一瞬目が合ったんですけど、やましい素振り見せないし、動揺している様子もないし。おかしいな・・・と思って、草野先輩に聞いてみることにしました」

「あっそ」

つまり、田村は生物の時間の俺に笑いすぎて、また手紙のこと忘れちゃったってことだ。
奥田さんの手紙は未だ開封されず、淋しくケースの中。
なんか、気の毒になってきちゃった。手紙が。


「でも、俺に聞いてどうするつもり?田村から直接は聞いてないけど、あいつが今日ここに来なかった理由、想像できるし、合ってる自信もある。けど、あんたがそれ聞いてどうするかは俺には関係ないし、その相談に乗る気も、俺にはないよ」

「・・・先輩、優しそうな顔して結構きついこと言いますね」

彼女は一瞬驚いて目を丸くしたけど、すぐに口元をゆがめて笑った。
うん、やっぱりツワモノだ。普通の女の子なら、こんなこと言われたら泣いちゃうと思うけど。
あ、もちろんショコとユカは別だよ。あの2人だったら、間違いなく殴るね、俺を。


「でもいいんです。こんなこと言われて泣いたりあきらめたりするくらいなら、最初から行動起こしたりしませんから。むしろ、本音で言ってもらえた方が私も言いやすいし」

「・・・何を?」

「私の本音を」

「誰に?」

「もちろん、草野先輩です。これからも田村先輩の情報もらったり、相談に乗ってもらったりするつもりですから」


 今度は俺が目を丸くした。だって、さっき教室で言ったじゃん、『仲を取り持ってもらうつもりはない』って。
何?俺をここに連れてくるための嘘だったとか?
不意打ちに絶句。でも、ほんとは絶句してる場合じゃないんだよね。
こんな弱み見せたら、そこに付け込まれるってバレバレだから。


「あんたさっきと言ってる事違うよ」

「気が変わったんです」

「俺は嫌だよ」

「安藤先輩のことがあるからですか?」

「そうじゃなくて」

「でも、それも理由のひとつですよね」


 ああ、なんかもう教室帰りたい・・・っつーか、この子のいないところ行きたいんだけど。
ああ言えばこう返す。しかも言ってることに道理が通ってるから余計に腹が立つ。
確かに、奥田さんと田村を取り持てない大きな理由はショコのことだよ。
でも、この子それだけが理由じゃないってわかってんのか?
お前の態度が気に喰わないんだよ!・・・と言ってみたところで、また『本音で言ってもらったほうがいい』なんて言われるのがオチだし。
ああもうこの場合っていったいどうすりゃいいんだよ・・・俺、マジで頭抱えて悩みたくなってきた。


「安藤先輩って、田村先輩のこと好きですよね。朝手紙渡した時もすごい目つきで私のこと睨んでたし、廊下ですれ違ったときもライバル心バチバチ飛ばされたし」

「俺は知らないよ」


 嘘。ショコが田村のこと好きなのは、よく知ってる。でもここでそれを肯定するわけにはいかない。
彼女がまだ仮定としていることを、俺がここで確信に変えちゃいけないだろ。
ショコは田村に何も伝えてないんだから。

 でも、俺のこの心遣い――といえるほどのもんじゃないんだけど――が、まさかこんな結果を生むなんて。


「草野?」


 一触即発のピリピリした空気。どちらも言葉を選びながら相手の出方を見てるという、なんとも気まずい沈黙を一掃したのは、なんと張本人の田村だった。
体育館の陰からひょっこり顔をのぞかせた奴を見て、俺の目はまん丸。口はあんぐり。
なんてタイミングの悪い奴・・・ここに来るか?普通・・・

 そんな俺の表情に気づいたのか、はたまた奥田さんが目に入って何か勘違いしたのか
――田村のことだ。彼女が『朝手紙をくれた子』であることは、絶対に忘れてるはず――
くるりと回れ右して、ごめんと謝った。


「・・・何が?」

「いや、牧野さんに言われてここに来たんだけど、まさか女の子と一緒にいるなんて思わなくて・・・邪魔だよな、邪魔したな、俺。すぐ退散するから」


 何馬鹿なこと言ってんだよ、こいつ。
第一、俺がこんなところに呼び出されてるのだって、お前がいつまでも手紙読まないで忘れてるからだろ。
・・・なんてことを田村の背中に叫びたかったけど、ここはあえて深呼吸。ところが。


「待ってください。私草野先輩にはただ相談してただけですから。本当に用事があるのは田村先輩になんです」


しまった、こいつがここにいること、一瞬のうちに忘れてたよ。
田村に喰ってかかりそうな勢いの奥田さん
――って、この勢いで何を言うって言うんだ?こいつは――
を、何とか止めなきゃ・・・と、彼女の腕を引く。勢いあまって田村に告って、ショコのことバラされたらたまったもんじゃない。


「ちょ、ちょっとさ・・・ここは落ち着こうよ。田村だってまだ手紙読んでないわけだし、話が見えないうちに巻き込んでもかわいそうだろ?」


 少しでも彼女の勢いを抑えようとして言った言葉。でもやっぱり逆効果。
ああ、俺ってなんか情けない・・・事態を悪い方へ悪い方へと転がしてるようにしか思えないんですけど。
奥田さんは俺の手振り払って、俺のこと睨んで。


「田村先輩が、手紙読んでないってどういうことですか?!」


 なんて俺に詰め寄った。


「いや、だからさっき言ったじゃん。『田村がここに来なかった理由が想像できる』って・・・」

「その理由が、『手紙を読んでないから』ってこと?!」

「まあ、簡単に言えばそう言うことで・・・」


 しどろもどろ。言葉はどんどん小さくなっていってさ。目は泳ぐし口は乾くし。
何で年下の女の子に負けてんだろ、俺。もう本当にとほほだよ・・・

 と、こんな俺らのやり取りを見て、ようやく田村が口を開いたけど。


「・・・もしかして、朝手紙くれた子?」


 奴のこの言葉は、奥田さんの怒りに油を注ぐようなもので。今度は田村をキッとにらみつけた。
おいおい、それが好きな奴に取る態度かよ・・・とも思ったけど、あえてここは突っ込むまい。
怒りの矛先――とは少し違うが――がようやく自分から逸れたんだから。でも。


「ごめん、俺人の顔覚えるのって苦手でさ・・・手紙も生物の時間に読もうと思ったんだけど、ちょっとしたアクシデントがあって、まだ読んでないんだよね」


 おい、アクシデントって、まさか俺のことかよ。よく言うよなー、半分は田村が原因なのにさ。
でも、やっぱりここでは口出ししない。黙って成り行きを見守ることにしよう。
でも、この言葉が効を成したみたいで。奥田さんの怒り顔が少しずつ穏やかになっていく。
田村ののんびりとした口調と表情に、毒気を抜かれたのかな・・・なんて思った。


「手紙の内容、ここで聞こうか?草野もいるけど・・・」

「・・・そうですね。せっかくだから、聞いてもらうことにします」


 奥田さんは小さくため息ついて、田村の前に気をつけ!の姿勢で立つ。
その瞬間、背筋がゾクゾクした。なんか、嫌な予感。そして、俺の嫌な予感だけはよく当たる。


「ねね、奥田さん・・・」


 余計なこと――特にショコのこと――言わないでね・・・って伝えようとして制服の袖を少し引っ張ったんだけど・・・あえなく撃沈。うざい!とでも言うように、思いっきり跳ね除けられた。

「私、田村先輩が好きです。だから付き合ってください」

「気持ちはうれしいけど、付き合えない」

「どうしてですか?受験があるからですか?」

「それもあるけど、今は女の子に興味ないから」

       

・・・おい、これって本当に高校生の昼休みの会話なのか?傍で聞いてる俺の方が照れちゃうんですけど。っつーか、お互いぜんぜん表情変わんないしさ。
一応愛の告白ですよ?頬染めたり、目線そらしたりとか、そういう恥じらいって無いわけ?
奥田さんは親の敵みたいに田村のこと睨んでるし、田村はいつもと同じ表情だし。
あー・・・なんか、俺だけ場違い。


「・・・先輩受験生だけど、受験終わったら卒業しちゃうし。時期は悪いけど今しかないと思ったんです。私のことよく知らないのに『興味ない』の一言で片付けられるのって、どうしても納得いかないんですけど」

「うん、気持ちはわかるし申し訳ないと思うけど、仕方ないんだ。ごめん」

「でも・・・」


 何とか食い下がろうとする必死さが、彼女の表情から痛いほど伝わってきた。
でも、こればかりは仕方ないよ。田村は優しい男だから。
下手な期待持たせる方が、彼女にとって残酷だって、きっとわかってる。
そうじゃなきゃ、こんなにはっきり断ったりしない。そういう男だよ、こいつは。

 この件もこれで一件落着かな?なんて、予鈴を聞きながら胸をなでおろしてたら。


「・・・じゃあ、もし安藤先輩に告白されても、同じように・・・・」

「わわあわあわわわあわあ!」


 なんだよ、一件落着どころかもう一騒動かよ!!あわてて奥田さんの口を押さえたけど・・・
時すでに遅し。田村の目が点になってて。


「何?どういうこと?」


 お前もそこで突っ込んで聞くか?女の子には興味ないんだろ?だったらそのスタンス通し抜けよ!せめてこの場所では・・・


「安藤先輩も、田村先輩のこと好きなんでしょ?だからもし安藤先輩に告白されても、私と同じように断るってことですよね?」


 やっぱり俺の手を振り払って、奥田さんは無理やり言葉を続ける。
ってか、悪い予感ってこれかよ・・・もう、最後の最後で大爆発みたいな?
最悪。本気で頭抱えてしゃがみこみたくなった。けど。


「・・・・・・・」


 俺もびっくりした。奥田さんに告白されても、眉ひとつ動かさなかった田村の顔が、徐々に赤くなっていくのがわかったから。

 予想外の大どんでん返し。ショコと田村の未来はどっちだ?



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