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 そう。これが田村1人の問題だったらそんなに気にしないんだ。
そりゃ、話してくれないことに関しては多少気にするけど、返事をどうするとか、この先どうするとか、
それは奴が決めなきゃいけないことだしさ。
手紙をくれた彼女――今回なら奥田さんだ――を受け入れるにしても、断るにしても、
その決断に対して俺は何も言えない。
出来ることは、伝えてくれた結論に対し、『そうか・・・』と田村の肩を叩くくらいのことだけだ。
それが間違っているとは思わないし、それが俺らの友達の形であるとも思う。

 でも、今回は別だ。ここにショコが絡んでくるわけであって。
俺、ショコのこと気に入ってる――もちろん、友達としてだけれど――から、出来ることなら彼女に傷ついて欲しくないのだ。
だからって、田村が自分の望んでいない選択をするのも困る。
うーん・・・もしかして、これって『板ばさみ』っていうんですか?
いや、本当は俺当事者じゃないから、悩む必要もないんだけどね。


「・・・やっぱり、俺が最初に読むのはまずいって。とりあえずお前読めよ」


 渡された封筒。ちょっと返し難いけれど、それでも一応田村に突っ返す。
奥田さんも田村に書いたわけだしさ、俺が最初に読んだらダメでしょ。
それに、田村のこと褒めちぎってあるかもしれないわけだし。
ちょっとむかつくかも・・・なんて思ったら、やっぱり読みたくないし。


「・・・わかった」


 しばらく封筒を見つめて、田村はようやく俺の手からそれを受取った。
そのままケースにしまうと思いきや、その意に反して田村は勢いよく封筒を開け始めた。

「ちょっとマジかよ!?お前ここで読む気?」


 思わず立ち上がって叫んだ・・・・・けど。我に返って辺りを見渡したら。


「授業中に何を読む気なんだ?草野」


 沈黙の教室。迷惑そうだったり、笑いをこらえてたり、またか・・・という呆れた視線だったり。
80プラス2の目が全部俺に向いていて。嫌な汗が、背中をたらり・・・と伝わった。
全部刺さるように痛いんだけど、特に鋭い2つの目の痛いことったら。


「いや、あ・・・じゅ、授業中だし、教科書でも読もうかなぁ・・・なんて。でも、授業中ですよね、先生説明されていらしゃるのに、俺が教科書読んでる場合じゃないですよね・・・」


 口から出るのは、乾いた言葉と笑いだけ。でも笑ってる場合じゃない。
視線は知らず知らずのうちに泳いじゃうしさ。もう最悪。しかも。


「じゃあ、教科書はいいからお前、説明してみろ。山が出来上がるまでの生態系」


 なんて言われてさ。わかんねーっつーのね、今まで授業聞いてなかったんだもん。
田村は隣の席で腹抱えて、声を殺しながら笑ってるし。
っつーか、こいつわかってんのかね、俺が窮地に立たされてる原因の半分は、自分にあるって。
牧野サンをちらりと見れば、彼女はにっこり笑って、口だけで『頑張って』と言った。
ユカは田村同様爆笑中で、ショコは・・・怖かった。
俺をじろりと睨んで、やっぱり口だけで『何を読んだの?』と聞いてくる。
今この場で答えられるはずもなく、そのまま視線逸らしてしらんぷり。
後が怖いけど・・・しょーがないやね。とりあえず、今大切なのは、どうやってこの窮地を乗り越えようか・・・ということで。
やっぱりこれしかないだろう、と。


「・・・すんません。今から教科書読もうとしてたくらいですから・・・説明できないっす」


 正直に謝った。ああ、これで生物の宿題、俺だけ段違いに量が多くなること確定だ。
ついてないな、全く。




 予想通り、みんな以上にたくさんの宿題をいただいてしまった俺は、少しでも負担を軽くしようと、昼休みを使って少しずつそれを片付ける。
センセもイジワルだよね。問題集のページが増えるだけならまだいいのに、生態系のイラストを完成させて来い・・・なんてさ。
ま、絵は得意だからそれはいいんだけど・・・誰かのノート借りるしかないか?


「草野くん、災難だったね」


 パンをかじりながら必死に教科書読んでた俺の机が、不意にかげった。
顔を上げれば牧野サンがいて。住人不在の隣の席に腰を下ろす。その手には、なんとノートが・・・


「・・・もしかして、それ生物のノート?」

「貸して欲しいかな?と思って」

「欲しい欲しい。マジで貸して」

「高いよ?」

「ジュース1本で」

「安すぎ」


 笑いながら、差し出されたノートを受取る。マジで嬉しい。地獄で仏・・・ってやつですか。
何度もありがとうと言って、早速ノートを開く。
そこには女の子らしい綺麗な文字で、これまた綺麗に生態系がまとめてあってさ。


「マジ嬉しいっす。ありがと」

「いえいえ。生物の授業中、なんか大変そうだったから」


 と言いながら、牧野サンは笑いをかみ殺しててさ。
何、思い出し笑い?うーん、ちょっとむかつくけど・・・可愛いから許す。


「田村君の手紙でしょ?読むとか読まないとかって叫んでたの」

「あ、ばれてた?」

「草野くんの声で2人を見たとき、田村くんの手元から、ちらっと封筒が見えたから、そうじゃないかなーって」


 牧野サンが教室をぐるりと見回したから、俺もつられて見回した。
田村は他の奴と楽しく談笑中。
・・・あいつ、ちゃんと手紙読んだのか?しまってからの手紙の行方、俺は知らないから少し心配だ。
ユカは相変わらずテツヤに捕まってて。そして・・・ショコの姿はない。


「・・・ねぇ」


 誰が聞いてるかわかんないし、いつショコが戻ってくるかもわかんないから、ちょっと声のトーンを落とす。
そしたら、牧野サンも同じようにトーンを落として、『何?』と言った。


「生物室行くとき、階段で例の彼女とすれ違っただろ?そのとき、何かリアクションってあったの?」

「うん。その場が凍った」


 言葉の割に、牧野サン楽しそうでさ。俺も思わず笑った。
どうやら、奥田さんもショコのことはかなりライバル視してるみたいで。
牧野サン曰く『女はそういうことに敏感らしいから』と。
つまり、奥田さんは田村が好きだから、同じように田村を好きなショコを敏感に察知してしまった・・・ということだろう。
でも、牧野サンの言い方気になるよね。『らしい』って。
ここんとこ突っ込んで聞きたかったけど、まあ今はショコの話だし。

 で、牧野サンの話によれば・・・だ。
階段で奥田さんとすれ違ったとき、彼女は不気味なほどにこりと笑って、『田村先輩と一緒じゃないんですか?』とショコにのたまったらしい。で、ショコも負けるような性格してないし。
『残念ながら、四六時中一緒にいるわけじゃないんで・・・』とかなんとか、やっぱり不気味なほどに笑って返したとか。


そのとき、ショコの背中で燃えるオーラが見えた気がした・・・
という牧野サンに、思わず笑ってしまった。

              

「そりゃ怖いわ・・・」

「ほんと、許されることなら逃げ出したかったよ・・・」

「ショコ、どうするんだろうね」

「ほんと、どうするんだろう・・・外から口出ししてもいけないから、ショコの判断に任せるしかないんだろうけど・・・友達として、ほんと何してあげるのが1番なんだろうね」


 あたし、恋愛沙汰って疎いし、あんまり経験ないから・・・と笑った牧野サンに、胸がチクリと痛んだ。
思わず亜門から聞いた『王子』のことが口から出そうになって、慌てて飲み込んだ。
頭をぶんぶんと振って、余計なこと忘れようとしたら。


「・・・どうしたの?突然」


牧野サンが不思議そうな顔して笑った。
・・・どうして、そんな風に笑えるのに、時々切ない顔を見せるんだろうね。
それも、決まって昔を思い出すときに。
その度に俺まで何だか悲しい気分になっちゃってさ、どうにか笑わせてあげたい・・・ってのと、
昔を忘れさせてあげたい・・・って気持ちがぐちゃぐちゃになって、落ち着かなくなる。


「・・・くん、草野くん」


でも、果たしてその役目が俺に出来るだろうか。
牧野サンは、昔を忘れさせる役目を、俺に任せてくれるのだろうか。
こればっかりは、俺1人の独断で決められるわけでもないし・・・微妙だ。


「草野先輩」 


 聞きなれない声にはっとして、顔を上げた。そして息が止まる。
隣に座る複雑な表情の牧野サンと、俺の正面に立つ、顔立ちの整ったかわいらしい女の子。
一瞬誰だ・・・と思って、わかった。奥田さん。


「良かった、気付いてもらえて・・・先輩のこと、何度呼んでも上の空だったから、あたし無視されてるのかと思いました」

「ああ・・・ごめん」


 妄想の世界へ引き込まれてたけれど、一気に現実に引きずり出された。
驚きだ。まさか彼女がこんなところにいるなんて。そして、俺の目の前に立ってるなんて。
一瞬夢か?とも思ったけど、机の下でそっと手の甲をつねった痛さは、紛れもなく現実で。俺は一瞬にしてパニック。
隣に座る牧野サンと、教室の後ろで暢気に雑談してる田村と、テツヤに離してもらえないユカを、せわしなく何度も見た。


「そんなに慌てないでください。別に取って食べよう・・・なんて思ってませんから。ちょっと、田村先輩のことで相談があるんです。もし良かったら、聞いてもらおうかと思って」

「俺に?」

「はい。先輩、田村先輩と仲良しだから・・・調べちゃいました。小学校からずっと一緒なんですよね」

「・・・・・・・」

返事に、詰まる。すがる思いで牧野サンを見るけれど、彼女も困惑した表情浮かべてて。
マジでどうしよう。そりゃ、彼女は可愛いと思う。
でも彼女と田村がうまくいくことに諸手を上げて賛成できるか・・・といえば決してそうでもなく。
むしろ俺としてはショコと・・・


「あ、いいんです。別に仲を取り持ってもらおうとか、そういう頼みじゃないですから」

「あ、そう・・・」


 ちょっと安心。ほっと胸をなでおろしたら、『先輩ってわかりやすいですね』なんて笑われた。


「とにかく、ちょっと話を聞いて欲しいだけなんです。残りの時間、いいですか?」


 笑顔で言われて、断る口実も見つからなくて。しぶしぶうなずいて俺は席を立った。
願わくば、ショコにこの子と一緒にいるところを見られないように・・・と。



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