25



『今から迎えに行きます マサムネ』

 ケータイぽちぽちいじって、メールを送る。送信完了のマークが出たの確認して、階段駆け下りた。
メールの相手?もちろん牧野サン。でも・・・なんかやだなー。
いや、一緒に花火いけるのはいいんだけどさ、気が重いっつーか・・・ね。


「迎えに行ってくるから」


 リビングでのんびりテレビ見てる母さんに声をかける。
したらぱっと目の色変えてさ、『いってらっしゃい』だって。
あーもう、だから嫌なんだよ。その声に弟まで顔出して、にやにやしてる。
そりゃさ、いつかはこんな日が来るだろけどさ・・・。しばらく家族にからかわれる日が続きそうだ。



 事の発端は、やはりというかなんというかテツヤ。あのカラオケの帰りにユカから花火大会
――大濠の花火大会――ショコが6人で行こう!と張り切っていたやつだ――のお誘い受けたみたいで。
もうわけもわからず舞い上がったらしい。
で、終業式の翌日。『CD貸してくれ』ってうちにきたんだけど、
それ探してる間にやっぱり上がりこんで、母さんと雑談始めてた。
お目当てのCD――ビースティ・ボーイズの新しいアルバムだ――を手に部屋から降りてくると。


『テツヤくん、夏はどうするの?やっぱり予備校通う?』

『いや、俺は専門狙いだから夏は思いっきり遊ぶっす。
 でも、服飾狙ってくんで、その辺はちょっと自分流に勉強しようとは思ってますけど』

『そうなの。遊びの予定は?』

『やっぱ周りがみんな大学狙ってんで、残念ながらないっすね。 あ、でも大濠の花火は行きますよ。
 マサムネも一緒に。あとね、俺の大好きなユカちゃんって子も一緒なんっすよ。あと、女の子2人と田村』

 


 この会話聞いてね、マジでやばいと思ったんだよ。
舞い上がってるから、何言い出すかわかんない。
もう急いでリビング入って、テツヤにアルバム差し出して。




『ほら、おまえこれ聞きたかったんだろ?これで用事済んだろ?』


 奴の手に無理やりCD持たせて、座っているソファから立たせようと腕を引く。
つまり、『早く帰れ』ってこと。でもテツヤ全然気付かなくて。
俺の腕振り払ってしゃべりつづける。ちょっと待ってよ・・・マジで困るんですけど。


『でね、ユカちゃんに浴衣着てきて欲しいと思うんっすけど、自分も親も着付けできない・・・
 とか言うんですよ。もうそれがショックで』


 もう、ほんと勘弁してよ。テツヤがダメならターゲットを変えるしかない。今度は母さんの腕引っ張って、無理やりこの場を退散させようとする。


『もうこんな時間だぜ?ほら、夕飯のしたくとかあるだろ?』


 そしたら母さんすっげー迷惑そうにしかめ面してさ、やっぱり俺の腕振り払うの。


『突然なに言い出すの?あんたは。心配しなくても大丈夫よ。ほとんどできてるから』


 ああっ!こいつも無神経かよ?!ってかマジで勘弁してよ・・・ 本気でこの場にしゃがみこんで、
頭抱えたくなった。


『ユカちゃん・・・だっけ?その子、うち連れてらっしゃいよ。
 おばさん浴衣くらいなら着付けできるから、やってあげるわよ?』



『マジっすか?!』


 おいっ!立ち上がって喜ぶな!!っつーかおまえそのまま帰れ!これ以上口開いたら・・・・


『じゃあ、もう2人連れてきてもいいっすか?ショコちゃんとつくしちゃんって子がいるんですけど、
 一緒に浴衣着たいって言ってましたから』

『あら、そうなの?1人も3人も一緒だから、おばさんは大丈夫よ』

『マサムネ、良かったな。つくしちゃんの浴衣姿見れるぞ!』



 ・・・・・チーン。合掌。もう、こいつ嫌い・・・だから早く帰らせたかったのにさ。
ここで言うか?そういうこと。っつーか、どいつもこいつも人の気持ち踏みにじりやがって。
っつーかなんでテツヤが牧野サンのこと知ってるわけよ?まさかあれか?
試験前日にこいつに聞いたあの一言が余分だったか?あれで感づいちゃったか?
どうでもいいけどマジ最悪・・・


 この後、30分くらい雑談してテツヤは帰ったんだけどさ、もう生きた心地しなかった。
もちろん、我が家の夕食の話題はもっぱら牧野サンの話。
母さん調子に乗って『マサムネにも彼女ができた』なんていうもんだから。
違うっつーの。そりゃ、彼女になって欲しいけどさ。
弟や妹、父さんまで一緒になって根掘り葉掘り聞き出すものだから。


『ほっとけよ!』


 夕飯まともに食うことなく、箸投げ出して部屋に戻った。
でも平穏な時間もあっという間。今度はメシ食い終わった弟と妹が部屋まで来て。
『勉強するから出てけ』って言ったのに『どうせそのつくしちゃんとやらのこと考えながらエロ本読むくせに』
なんて言い返されてさ。
もう、兄としての威厳なんてどこへやら。本当にとほほだったよ・・・。




 自転車乗って、牧野サンのアパートまでの道を行く。
ショコとユカは、テツヤと田村と西新の駅で待ち合わせしてるらしい。
ほら、浴衣着たら自転車乗れないだろ?で、チャリ2人乗りしてうちで待ち合わせ。
3人の浴衣が着れたら、その足で大濠公園へ・・・という予定だ。


 牧野サンのアパートついて、自転車を停める。
そしたら・・・誰が出てきたと思うよ?あいつだよ。
失礼なことばっか言うあいつ。結局名前教えてもらえないし。


「よう、少年」


 俺の姿見つけて、いつもみたいににやりと笑う。


「俺、自分の名前教えたと思うんすけど」

「そうだったっけか?マサムネくん」


 しっかりわかってんじゃん。っつーことは、俺はやっぱりからかわれてたわけで。あー気分悪い。
せっかく今から花火行くってのにさ。


「っつーか、なんであんた俺がいるところにいつも来るわけ?狙ってる?」

「まさか。男にわざわざ会いに来て、何が楽しいのよ?今日も偶然、この前も偶然」


 にしては狙ってるよな。ま、いっけどさ。


「牧野サンは?」

「髪結ってる」

「一緒に住んでんの?」

「さぁ、どうだかね」


 ちくしょう。結構勇気振り絞って聞いたんですけど、さらりとかわされました。


「で、今日は何の用?俺の顔見にきた・・・訳じゃないんでしょ?」


 さっきそうやって言われたばっかだからね。
ま、今回は何となく俺でも想像できるよ。この前言ったこと、気にしてんのかなって。
『おまえじゃあいつは救えない』ってやつ。


「前のことなら気にしなくていいよ。俺も気にしてないから」

「・・・先手必勝・・・か」


 にやっと笑って、ジーンズのポケットからタバコを取り出した。
火をつけるカッコが妙に様になってて。いいな、ちょっとあこがれちゃう。


「バカ・・・って訳じゃなさそうだな。俺が言いたかったこと、わかったんだ」

「一応受験生だし、俺妄想得意だから」


 全然理由になってないし。馬鹿にされるかな・・・って思ったけど、でも奴は全然気にしてないみたいだ。
ちょっと安心して言葉を続けた。


「あんたの言う『救えない』って何よ?別に俺聖人君子じゃないからさ、
 牧野サン見て『救いたい』なんて思わないよ?
 そりゃ、時々すっげー淋しそうに笑うから、そういう時は何とかして笑わせてあげたいって思うけど、
 それとこれとは関係ないじゃん」

「・・・・・・」

「第一『救う』って何から救うわけ?牧野サンは救われきゃいけないわけ?」

「・・・・・・」


 腕組んでじっと俺の顔見つめて、何も言わない奴。でも表情は真剣で。
何?俺にはさっぱりわかんないよ。何がどうなって、牧野サンがどんな立場にたたされてるのかなんて。

 でもわかることもある。自分の気持ち。
俺は彼女が好きだと思うから、一緒にいたいと思うし笑顔が見たいと思うし、
牧野サンが『助けて』って言うんだったらどんなことしてでも助けたいと思う。
それが彼女のためじゃなくて、自分のため
――自分自身が満足するためだとしたってそれはそれでいいと思うし。
まだそんなに人生経験してるわけじゃないから、『人のため』なんて名目であれこれ動けるほど、
俺大人じゃない。


「だから、あんたに言われたことは気にしないし、牧野サン諦めろ・・・って言いたいのかもしれないけど、
 それもできないよ。・・・まあ、あんたと彼女が付き合ってる・・・ってんだったら話は別だけどさ」


 そりゃそうだ。好き同士の2人に割り込むなんて、到底無理な話。
できることならしたいけど、牧野サンがこいつのこと好きなのにそんなことするのは、ちょっと惨めだもん。

 しばらく奴は何か考えるように黙り込んで。そして嘲笑するように口元を歪ませた。


「・・・お前、それ本気で言ってんの?世の中のこと何もわかってない坊ちゃんみたいな台詞。
 聞いてるだけでイライラする」


 一瞬マジで腹が立って、思わず殴りかかろうと思った。
でも。奴がふと表情を緩ませてポケットから出した何かを俺に向かって投げたから。


「でも、俺は気に入った。ガキだけど、おまえバカじゃないから」

            

 胸のところでキャッチした『何か』はマッチ。「Bijou」と書かれた小さな箱だった。
あと、住所と電話番号。でもさ、これ「BAR」って書いてあるんだけど。
っつーことは、大人のお店・・・だよね。いや、変な意味じゃなくて。


「・・・俺にタバコ吸え・・・ってこと?」

「まさか。ま、吸ったところで全然かまわねーけどな」


 なーんかいつまで経ってもやな奴なんだよなー。しつこいけど、まだ名前聞いてないし。


「そこ、俺の職場。水曜以外はたいていそこにいっから」

「何?まさか来いとか言うつもり?」

「ご名答」


何が『ご名答』だよこのバカ。未成年に飲み屋のマッチなんか渡すなよ。
しかも来いって、来いって・・・俺に酒飲めってことか?・・・まあ、好きと言えば好きだけどさ。


「来たら一杯くらいおごってやる。・・・但し」


 また、急に表情が真面目になった。なんかいやらしく笑うか真面目になるか、どっちかしかない奴だよな。


「覚悟決めて来いよ。俺が知ってること、おまえに教えてやるから」

「何が?」

「さあな」


 肝心なときにさらりとかわされる。じゃ、俺行くから・・・なんて口笛吹いてパンツのポケットに手を入れて。ぶらぶら歩き出してさ。訳わかんない。一体どこへ・・・って、仕事か。
奴――結局、また名前聞きそびれた――の後ろ姿をじっと見つめながら、頭の中を整理する。
あいつは俺を気に入って、あいつが知ってること、俺に教えてくれるって。
何を教えてくれるっていうんだろう。もうマジで訳わかんねえ。

キーって叫んで頭かきむしりたくなった時、後ろで「お待たせ」という声がする。
振り返れば、綺麗に髪を結った牧野サン。
遅くなってごめんね・・・と笑った。
いつもだったらそれだけで天にも昇る勢いなんだけどさ。
あいつのせいで、今日はそうもいかないらしい。


「髪、可愛いね」

「ありがと」


 大きなバッグ――浴衣だろう――を彼女から受け取り、自転車の後ろへ乗るようにと言う。
あ、ハブはちゃんと田村に返したよ。で、自分で新しいの買った。


「あ・・・今から家来てさ、母さんや弟が何か言うかもしれないけど、あんまり気にしないでね」


 そうだ、家では牧野サンが来るのを楽しみにしている母や弟がいること、すっかり忘れてた。


「・・・?よくわかんないけど、気にしないようにするよ」


 肩につかまった牧野サンが、くすくすと笑った。


                              NEXT→
                                      BGM♪スピッツ:ホタル