18
『俺、牧野サンが好きだから』
『ショコのことは、友達としか見られない』
いろんな言葉が頭の中をぐるぐる回る。いや、これマジでやばいって。
ショコの後に続いて廊下を歩く。でも、俺たちの間に会話は一切ない。
これが余計に緊張するんだよ、全く・・・。
どうしたものかと思いあぐねたところで、その答えが出るわけもない。
悶々とした気持ちを抱えたまま、不意にショコが足を止めた。
このまま歩きつづけて逃げたいところだけど、そうもいかないでしょ。
「あの・・・さ」
くるりと振り向いたショコの顔は真っ赤で、俺の緊張も否応無しに高まる。ってか、まずここどこよ?
と当たりを見渡せば、大きな建物と水飲み場。向こう側にはグラウンドが見えて。
ってことは、体育館なのね。
こんな遠くまで歩いてきちゃったなんて、ぜんぜん気付かなかった。
まあ確かにあれだよな。昼休みにこんなとこまで来る奴いないし。
午後イチで体育の授業って奴らも、着替えに来るにはまだ時間早いし。
内緒の話をするにはもってこいの場所だ。
「・・・今日ユカはどうしたの?いつも一緒なのに今日はショコ1人なんだ・・・」
本題に触れられたくなくて、慌てて他の話題を探す。あー、なんかカッコ悪いよなー、俺。
「あ・・・うん。本当は一緒に来て欲しかったんだけど、『こういう大事な話はあんた1人で行ってきなさい』
って言われちゃって・・・」
って墓穴かよ。話しはぐらかしたつもりなのに、たった一言で振り出しに逆戻りじゃん。
もうこうなったら腹くくるしかないか?
男草野正宗、覚悟決めるしかないのか?
「・・・ライティングの時間の写真のことだけどね・・・」
来たよ来たよ、とうとう来ちゃったよ。
待てって言ったところで、どうなることでもないんだよな。
腹くくるしかないんだよな。
ええい俺も男だっ!もうなるようになれ!
うつむいて目を閉じて両手をぎゅっと握って。ショコの言葉をかき消しちゃうくらいの大声で言った。
「あの写真のこと、田村くんには内緒にしておいて欲しいの」
「おおお俺、好きな子いるからっ」
お互い同時に叫んだ言葉。
残響が消え、静寂が戻ったと同時に、俺も我に返る。
・・・え?少しだけ耳に入ったショコの言葉に、思わず彼女の顔を凝視する。
そしたら彼女も同じように俺の顔をじっと見詰めて。ものすごく驚いた表情。
・・・すいません、俺、今ものすごく恥ずかしいんですけど・・・
ってか、今ショコ『田村に内緒にしてくれ』って言ったよな?言ったな?確かにそう言ったさ。
ってことはさ、もしかして、俺、すっげー勘違い野郎ですか・・・?
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い見つめあったまま、絶句。
ちょっとマジですか?
今、すっげー走って逃げ出したい気分なんですけど・・・ってか、逃げでいいでしょうか。
だめと言っても逃げます。
逃げ出そうと回れ右。
足を1歩踏み出した瞬間、ショコに腕を掴まれた。
すげーびっくりして、心臓飛び出るかと思って。
肩びくつかせながら恐る恐る振り返る。
さっきまでの顔を真っ赤にしたショコはもういなくて。
ここにいるのは、楽しそうに目を光らせて、口元を少しゆがませた彼女だ。
あ、なんか嫌な予感・・・
「・・・もしかして、あたしが草野くんのこと好き・・・って、勘違いした?」
思いっきり核心を突いた言葉に、心臓が痛む。あああ、図星。間違いありません。
確かにそう思いました。というか、すっかりそう思い込んでました。
でもさ、ほら、アレだ。
冷静になってよくよく考えてみれば。写真に写ってたのは俺だけじゃないんだよな。
しかも、ステージでの立ち位置の関係で俺の方が大きく写ってたけど。
思い出してみれば俺欠けてたじゃん。
むしろ焦点は田村に合ってて・・・ってことは。
頭フル回転であれこれ考えて。たどり着いた結論は・・・認めたくないが、でもそういうことだ。
ショコが好きなのは、俺じゃなくて田村だった・・・と。
一気に血が上った顔は真っ赤になって、答えるまでもなく、ショコにはその事実がわかってしまった。
にーっと笑って――この笑顔知ってるぞ。
日本史の時間に習った。『アルカイックスマイル』だ。
寺院にある釈迦の口元と同じ――、なのに目は真剣で。
こいつ、絶対何か考えてる。絶対何かたくらんでる・・・。
「しかも、草野くんって好きな子いたんだ・・・うちのクラスの子?それとも他のクラス?
あ、もしかして後輩とか?」
「・・・言わない」
言ってたまるか。『俺が好きなのは君がいつも一緒にいる牧野サンです』なんて。
そんなこと言った日には、もう彼女の下僕人生まっしぐらだ。
あ、でも待て。俺もショコの好きな奴知っちゃったんだから、お互い様か?
そう、ショコは俺の勘違い騒動で気付いていないが、
今この段階でどちらがより強烈な弱みを握られているのかと言えば、確実にショコの方なのである。
いや、別にショコの弱み握ったからどうこうしようって気は、全くないんだけどさ。
「いいじゃん。言っちゃいなよ。ほら、楽になるからさ」
自白させられる犯人でもあるまいし。
言ったからって楽になるはずもないだろうに。
むしろこんな気持ち気付きたくなかったっつーの。
「絶対言わない」
「・・・ま、いいけどね」
嫌がる人から、無理やり何かを聞きだす趣味はないから・・・と、つかんでいた俺の腕を放す。
あらら。ちょっと予想外。もっと食い下がってくるかと思ったけどさ。
くるりと向きを変えて、足取り軽く歩き出したショコに、ちょっとだけ意地悪したくなった。
「なあ、今の話をさ、もし俺がみんなにばらしたらどうする?」
「・・・そんなこと、するつもりなの?」
まじまじと聞かれても困るんですけど。
別に人の恋路を邪魔するつもりはないし
――相手が田村だってのが、ちょっと気に食わないんですが――、
吹聴したところでショコの鉄拳が飛んでくるのは目に見えている。
その後女子に罵倒され、冷たい目で見られて、
残り少ない高校生活を惨めに送らなければならなくなるのだ。
そんなのはご免こうむりたい。
「いや、そんなつもりはないけどさ・・・」
「だよね。草野くんにかぎって、そんなことしないよね?」
良かった・・・と、空を仰ぐ彼女に、少しだけドキッとしてしまった。
梅雨の中休み。青々と澄んで、雲ひとつない空。
ショコの笑顔と空は、とてもよく似合うな・・・と一瞬思った。
牧野サンに限らず女の子はいつでも笑顔でいて欲しい。
いや、別に俺が女好きだから
――別に女なら誰でもいいわけじゃないよ、念のため――ってわけじゃなく。
どうせだったら自分がいい気持ちになれる姿をみたいじゃないか。でも・・・
「万が一草野くんが田村くんにばらしたり、他の男の子に言ったらね」
さっきみたく口元をにやりとゆがめて、ショコが言った。
「草野くんの勘違い、女の子にばらしちゃうからね。
『草野くんって、ショコは俺が好きだって勘違いしてたんだよ』って」
・・・それだけはやめてくれ。そういわれた時点で、『ナルシスト野郎』決定だ。
確かに女の子の笑顔は好きだけど、こういう笑顔は遠慮したい。
猫に睨まれたねずみの気分になってしまう。
とりあえず、残りの高校生活を穏便に過ごすために、ここはひとつショコとの協定を結ぶことにしよう。
「・・・早く教室戻らないと、昼メシ食べ損ねるぞ」
うん・・・とうなずくのはちょっとしゃくだったので、あいまいに濁してみた。
時計を見れば、すでに昼休みは半分終わっていて。
今から飲み物買って教室帰って。田村に『どこ行ってたんだよ』と突っ込まれながらパンをかじってみよう。
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BGM♪スピッツ:アカネ