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 受験生の毎日は風のように過ぎていく。俺も例外ではなく、残された2学期はあっという間に終わり、終業式も終わり――校長の話は相変わらず長かったが――高校生活最後、と言っても過言ではない通知表を崎やんから受け取る。可もなく、不可もない内申。というよりも、受験には特別関係ない内申。高校入試みたく、内申点が合否判定の半分を占める、なんて事はないから。もしそうだったら、こんな冷静な気持ちでこれを見ていられないよ、きっと。実際自分がこの立場に立たされると、大学入試が一種のギャンブルだって事がよくわかる。ある程度先生なり親なりがレールを敷いてくれた高校入試とは違って、自分の前には全く道がない。自分1人でそれを作り続けるんだけど、上手い具合に未来へつながるかどうかっていうのは、フタを開けてみなきゃわからない。今はセンター入試の採点結果がわかるからまだ良いけれど、自己採点のみを信じてた時代なんてホントに最悪だったんだろうな。いくら自分では高得点をマークできたって自信持ってても、実際は1段間違えてマークしちゃった、なんていう人生最大のアクシデントが起こってるかもしれないんだから。そしてそれを知らずに国立大学の願書出しちゃって、受かるはずもない二次試験を受けちゃったりするんだから。


「24日、どうする?」


 帰り道、冬休み明けから始まる受験戦線にがっくりとうなだれていると、隣を歩く田村がポツリと言った。


「・・・24?」



「・・・お前、もう忘れてんのか?」

 呆れた表情に、少しだけムカ。何だよ、俺のことバカにしたみたいにさ。覚えてるよ、明日のことくらい。24日、24日・・・


「ああ、思い出した・・・」


 驚いて、思わず足を止めた。すっかり忘れてた、ショコに誘われたクリスマスパーティーのこと。目を見開いたまま隣の田村に視線を向けると、奴は『やっぱりな・・・』とでも言いたげに鼻で笑った。・・・やっぱりむかつくけど、今度は言い返すコトバもない。


「ちなみに、牧野サンには草野が迎えに行くから、って言っておいた」

「・・・何、そのらしくない優しさ」

「・・・嬉しくないのか?」


 田村が意外そうに言いながら再び歩き始めるから、俺もそれに倣う。いや、すっごく嬉しいけど、ちょっと余計だったと言うか何と言うか。それを口実にメールとか送っちゃおうかなー・・・なんていう下心があったりなかったりで。『ユカの家、わかる?良ければ迎えに行こうか?』なんて。





「ちなみに、牧野サンは『嬉しい』って言ってたぞ。藤原さんの家、1人で行ける自信がないそうだ」

「・・・そうですか」


 その『嬉しい』は、できれば自分で聞きたかった。田村経由で聞いても嬉しさ半減だよ。あーもう。


「・・・田村、ユカのことは藤原さんって呼ぶし、ショコのことは安藤さんって呼ぶし」

「・・・は?」

「何か、女の子と一線引いてるって言うか一歩引いてるって言うか、そういう大人の余裕っぽいところが、何かむかつくんですけど。そのくせみんなに優しくされちゃったりしてさ・・・」

「・・・お前、突然何言い出す?」


 受験が心配過ぎて気が狂ったか?と俺の額に手を当てるふりをする。それすらも俺をバカにしてるみたいな気がするよ。田村が悪いわけじゃないけど、けど・・・受験前のおいしいところを持ってかれたような気がするし、ショコもユカも田村と俺に対する態度が全然違うし、もう・・・悲しくなってくるよ。心からしょんぼりしていると、田村が慌てて取り繕う。こういう優しさも、俺にはないから嫌になる。


「俺、一線も一歩も引いてないよ。女の子の名前を呼び捨てにするのとか苦手だし、話すのも結構恥ずかしいから、そういう風に見えるかもしれないけど・・・それに、みんなが俺に優しいんじゃなくて、そういう態度しか取れないから、みんなも一歩引いちゃうんだと思うぞ。逆に、俺はお前がうらやましいよ。いじられてるようで、結構優しくされてると思うし」

「コピー用紙の四つ折が『招待状』って言い切られてもか?顔見る度にバカとかとろいとか言われてもか?」

「いや、それは・・・」


 ほら見ろ。絶対田村のほうが優遇されてる。絶対俺のほうが冷遇されてる。この悶々とした怒りを一体どこにぶつければいいんだ、目の前にいる田村なのか、と、自分でも理由のわからないイライラに翻弄される。


「・・・草野、ケータイ鳴ってる」


 次は何て言おうか・・・と思った矢先、ポケットの中のケータイが、バカみたいに能天気な音で歌いだした。メールの着うた。それを聞いた田村がホッとした表情を浮かべる。何か悔しいけど・・・放置しておくわけにはいかないので、それを取り出して音の主を確認。


「あ・・・」


 ディスプレイに表示されたのは、たった今、俺を不機嫌にさせたことに関連した人物、というか張本人。今までの不機嫌はどこへやら、目の前にぱぁぁぁぁ・・・と花が咲いた、ような気がした。そそくさとメールを表示させる。

『田村くんに聞きました。クリスマスパーティーの当日はお迎えよろしくお願いします』

 たったそれだけ。でも、すっげー嬉しい。牧野サンのめちゃくちゃ短いメールが、心のもやもやをスーッと晴らしていく。そうか、俺、牧野サンとちょっとでもコミュニケーション取りたかっただけなんだ。そのチャンスを田村に横取り――田村にすれば親切心のナニモノでもないんだろうけど――されたから、悔しかったんだ。隣の田村を無視して、返信に集中。『いえいえ、お迎えに伺うんで、こちらこそよろしくお願いします』と打ち、最後にハムスターの絵文字を付けた。最近のマイブーム。ウサギとハムスター。ホントはウサギにしようと思ったんだけど、ちょっと女の子っぽいような気がしたからやめた。


「・・・お前ってお気軽な上に忙しい奴だな」


 もちろん嫌味も含めて、だろう、田村がかろうじて聞き取れる程度の微妙な声でポツリと呟いた。でも、そんな事を気にするような俺じゃない。ケータイをパタン、と閉じて、にへらぁ、と笑いながら田村に向き直る。田村が顔を顰めて一歩後ずさりしたのは、きっと見間違いじゃない。


「24日、どうする?俺が牧野サンを迎えに行ってー。それから、お前も室見駅辺りで合流するだろ?それからユカんちへ直行?」

「いや・・・手ぶらじゃ失礼きわまりないだろ・・・」


 田村は未だに引いている感が否めない。・・・失礼な奴だ。でも許す。だって今ゴキゲンだから。


「あそ。じゃあ何持ってく?クリスマスなら、やっぱりチキン?」

「・・・まあ、それが妥当っぽいけど・・・」

「んじゃ食べ比べとかしちゃう?ユカんちに行く道中って、モスもケンタッキーも両方あるんだよね。6本ずつ買ってけば、昼飯にもなるしそれなりに豪華だし。見栄えもするし。よし決定」

「・・・お前、ゴキゲンなときってすごい決断力だな」

「で、牧野サンに『どっちが美味しかった?』とか聞いちゃって。俺も牧野サンと同じだよ、とか言っちゃって。草野くんもそう思う?あたし達、結構気が会うね、なんてにっこり微笑まれちゃったりして。うわー、何かすごい良い感じで会話が弾んでるんですけど」

「それは全部お前の脳内妄想だってば・・・」


 田村がいちいち突っ込んでるみたいだけど、そんなことは気にしない。うわー、受験戦線目前にして、意外と素敵な息抜きが用意されてるじゃありませんか。そんなこと、全く気付かなかったよ。クリスマスパーティー、万歳!それを企画したショコとユカに、乾杯!!


「・・・頼むから、現実の世界に戻ってきてくれよ・・・」


 俺は早く帰って勉強がしたいんだ・・・とか言う、まじめっぽい呟きが聞こえたような気がしなくもないけど、まあ、いいや。無視。俺が返事をしなかったから、これ以上は無駄だと思ったのだろうか、溜め息と共に田村の足音が少しずつ小さくなっていく。


「手土産はチキンで良いから、お前予約しとけよ。イブ当日に買いに行ったところで、門前払い食らわされるのがオチだからな。それから、妄想もいいけどいい加減現実世界へ帰って来い。夜までそこに突っ立てて風邪引いても、俺は心配も弁解もしないぞ」


 こうして俺は、2学期最後の日に親友に見捨てられたのであった・・・


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