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 城南祭が終わって、4日が経った。

掲示板に残されていたチラシも少しずつ姿を消し、完全にいつものペースに戻る。

浮かれていたクラスメイトも期末試験モードに突入し、休み時間にも参考書を開く姿を見かけるようになった。

もちろん俺も例外じゃなくて。

崎やんとも約束しちゃったしさ、そろそろ受験のことも念頭において、いろいろ考えなきゃいけない。






 結局、後夜祭には一切参加せずに帰ったあの日。

月曜は代休だったから、家で一日中不貞寝してた。

火曜日にガッコ出てくるのが怖くてさ。

クラスの奴らに総スカン喰らわされるんじゃないかとか、

廊下ですれ違う奴らに笑われたり、ひそひそ話されたりするんじゃないかとか、

マイナスな想像ばっかり頭に浮かんでさ。

ほんと、腹痛くなんねぇかな・・・とか、夏風邪ひかねぇかな・・・とか、いろいろ考えた。

でもそういうこと考えてるときに限って、絶対そうはならないんだよね。

火曜日、朝起きてみればそれはもうすこぶる体調良くて。

思わず鏡に自分の顔映したけど、妙に血色良くてさ。

こんな顔で母親に『ガッコ休む』なんて言った日にはもう。

額から角はやして怒るに違いない。

『あんた受験生でしょ?!』って。

ずる休みってばればれだもんな。


 どん底に近い気持ちでガッコ出て。

でもほっとした。

ステージのことも後夜祭でばっくれたことも、誰も何も言わなくてさ。

普通に声をかけてくれるクラスメイト。

最初はちょっと気まずかったけど、でも午後にはいつものペースに戻って。

田村とバカやったり、牧野サンに話し掛けたり、崎やんからかったり。

帰るころには朝の憂鬱が嘘みたいに消えていた。



 そんなだったからさ、あのステージはあれで成功だったのかな・・・なんて、妙に納得しちゃって。

もうくよくよ考えるのはやめた。

よくよく考えれば田村だって歌えたわけで。

ある意味みんなの予想を裏切る、突拍子もないステージだったのでは、と。

かってな自己完結?

いいの。誰も文句言わないもん。



 でもね、ひっかかることはひとつ。

ハルジオンを歌って涙を見せた牧野サンに、いまだその理由を聞けずにいる。

何度か尋ねてみようと試みたんだけど、他愛のない話で彼女の笑顔見ちゃうと、どうしても言葉が続かない。

下手に彼女を不愉快な気持ちにさせるのもはばかられるし、

何より悲しそうだったり、不安そうだったりする牧野サンの顔をみたくなかった。

彼女には、どんなときでも笑顔でいて欲しいと思う。



 聞きたいけど聞けない。

そんな悶々とした日が続いて・・・ちょっとした事件が起こったのだ。














 木曜日の2限、ライティングはどちらかと言えば苦手科目。

でもどんな大学行くにしたって英語は必須だから、苦手だなんて避けてるわけにもいかないしさ。

受験生モードで予習して――ちょっと予習しただけで、自分がすごく勉強できる気になるから不思議だ。

実際ぜんぜんダメダメだから、かなり危険な錯覚なんだけどね――センセの解説のあと練習問題に入って。

あ、今日って24日だよな・・・このセンセ、日付で当てるんだよね。

出席番号4番の俺は結構ピンチなわけで。

案の定。問題解く時間が終わってセンセが言うことに。


「じゃあ、出席番号4番14番24番34番の奴、黒板に答えを出て」


ほらビンゴ。こういう嫌な予感ほどよく当たるんだよ。

小さくため息付いて、席を立つ、と言っても、教卓の前だから黒板までの距離は短いんだけどね。


「なあ、これって合ってる?」

「俺も同じこと書いたから、いいと思う。じゃさ、こっちはどうよ?」

「俺と微妙に違うんだけど・・・でも俺英語苦手だから、多分お前が合ってると思うよ」


 黒板を目の前にして、当たったもの同士ノートを見せ合ってひそひそ話。

間違ってるのは結構恥ずかしいからね。

2人して間違えてるかもしれないって可能性には、この際目を瞑ることにしよう。


 白いチョークでせっせと答えを書いて、スペルが間違っていないかどうか確認して。

手についたチョークを払って席へ戻る。

一番後ろの席の牧野サンを一瞬見て・・・田村にむっとする。

だってさ、2人で教科書指さしながら何か話してんだぜ?

しかも真剣な顔して。

そりゃ授業中だし、答え合わせしてるってのはわかるけどさ、ちょっと許せない。

昼休憩には田村にジュースの1本でもおごってもらわなきゃ、割に合わないね、これは。


 いつまでもそんな2人の姿を見ているわけにもいかなくて

――他の野郎と話をしてる牧野サンなんて見たくないけどさ――

ノート閉じて席へ戻る。

椅子を引いた瞬間、ひらりと何かが舞い落ちてきた。

丁度俺の足元に着地したから、当然それを拾い上げる。

ん?これは・・・1枚のスナップ写真だ。

裏向きに落ちてきたから表に返して・・・写っていた人物を見て驚いた。










これ、俺じゃん。

結構忌々しい思い出の、城南祭のステージ写真。

俺が歌ってて、田村がベース弾いてる。

残念ながらドラムの崎やんは入ってないけど。


 っつーか、写真の構図云々よりも、これって持ち主結構重要じゃない?

だってさ、こんな写真持ってるなんて、つまり、その、あれだろ?この持ち主、俺のこと・・・


 馬鹿な妄想

――馬鹿じゃないことを祈りたい――

押さえながら、とりあえず教室中を見渡す。

と、案外近いところ

――斜め後ろの席だ――のショコとばっちり目が合った。


            


その瞬間、彼女は頬を真赤に染めて、思い切り視線を外す。


っておい、この態度、やばいだろ?

何さ、俺見て顔真っ赤?

合った視線、故意にそらす?

マジで?



 とりあえず、いつまでもこうして立ってるわけにはいかないし、この写真持ってるわけにもいかないから。

ショコのノートの上にそっと置いて

――もちろん、写真に写っているものが他の奴らに見えないように、裏面を上にして――

そそくさと自分の席へ戻った。


「・・・・ありがと」


 消えてしまいそうな小さな声でそう言われたけど、返事なんて返す余裕はない。

多分俺の頬も赤くなってたんだろうな。








 もう、その後のことなんて何も覚えていないよ。

自分が答えた問題があっていたかどうかも定かではない。

極力ショコのこと考えないようにしてるのに、何だか背中に視線を感じるような気がして、何だか落ち着かない。



 とりあえず、順序だてて考えてみよう。

ショコが俺らの写真を持っていてもおかしくないよな。

土曜日の午後にあれだけ店の写真撮ってたわけだし、

インスタントカメラの1つや2つや3つや4つ、持っていて普通だ。

フィルムが余ったから、せっかくなら俺らのステージ撮ってやろうって思ったかもしれないし。


 でも待て。

なら、なんであの写真を授業中に机の上に出しておくんだ?

しかも、俺あんな写真もらってないし。

俺らに渡すため・・・っていうなら話もわかるけど、ちょっとそういう雰囲気じゃなかったでしょ?

しかも、俺見て顔赤くしたでしょ?

ちょっとちょっとちょっと・・・

これって総合して考えるに・・・

ショコって、俺のこと・・・好き?



 結論に達したところでチャイム。


「今日やった問題は、文章変えてテストに出すからな。丸暗記しても無駄だぞ。
 文章構造きちんと理解して、しっかり勉強しておけよ」


 センセの言葉もしっかり右耳から左耳に抜けて。

ああもう俺どうしようよ?だってさ、ショコは牧野サンの友達だぜ?

女って、好きな奴とかそういう話、友達の中で結構するもんなんだろ?

だったら牧野サンがこのこと知ってる可能性も高くてさ。

そしたら俺、可能性ゼロじゃん。

よっぽどしたたかな女じゃなきゃ、友達の好きな奴と付き合ったりしないだろ?

特に牧野サンはそんな雰囲気するからさ。


 だからって、俺もしショコに告白されたら彼女と付き合えるか?

いや、ショコは可愛いし明るいし、俺の好きなタイプだけどさ、それはあくまでも『友人』としての枠であって、

今更恋愛モードで見れないよ。

でも、彼女を断るのは、なかなか勇気がいる。

だって可愛いんだもん。

でも、『好き』って気持ちが存在しないのに彼女を受け入れることは、むしろショコを傷つけるかもしれなくて・・・

延々と答えの出ない問題。

受験勉強よりも難しいぞ、これは。





 少し、いやかなり悶々としながら3限を終える。

確か数学だったはずだけど、内容なんて一切覚えちゃいない。

ってかむしろ俺、教科書ノートすら机の上に出してなかったんじゃない?

センセも何か一言くらい言ってくれてもいいのに・・・って、責任転嫁。

成績下がっても、これじゃ文句言えないね。














「おい田村、飲み物買ってくるから金よこせ」


 昼休憩。朝購買で買ったパンをかじる田村に、憮然とした表情で手を出す。

奴は首をかしげ、パンを飲み込んで『なんで?』と聞いた。


「お前牧野サンと楽しそうに話してただろ?ライティングの授業中に」

「話してた・・・って、答え合わせしてただけだぜ?」

「それでも俺には大変気に食わない」


 道理の通らない俺の請求。

ふん・・・と鼻で笑って、田村はパンをかじり続ける。

なんかむかつく。

俺なんて1番前の席でチョークの粉かぶりながら勉強してるってのにさ。


「・・・おごってやってもいいけどさ、その前に草野くん、君忘れてることないか?」


 田村に言われて、思い出した。

ちょっと冷や汗が出そうな俺は、これ以上無謀な要求をすることなく、大人しく回れ右。

そのままダッシュで教室を飛び出した。

やばいやばい。Jupiterのスコア代、まだ返してないんだった・・・








 やれやれ・・・と息をついて、再び緊張。

教室の外にいたショコと、偶然ばっちり目が合ってしまったのだ。

急いで視線を外そうと思ったけど・・・遅かった。


「草野くん、ちょっとだけ、時間いい?」




 先に話しかけられて、極度に緊張した俺は思わずうなずく。

っておい!お前まだ心の準備とかできてないんだろ?

簡単にうなずくなよ、俺・・・本気でとほほだ。


 でも、こうなったら逃げるわけにはいかない。

歩き出したショコの後に続きながら、腹をくくらなきゃいけないのか・・・と、小さくため息をついた。





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