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 女の子どうしで、こんな手紙のやり取りをしてる光景は、嫌と言うほど目にしたことがある。その度に、言いたい事をいちいち紙に書く仲ってのも、なかなか大変だな・・・と思ってたけど・・・今なら分かるよ。いいじゃん、手紙。なんか、もらっただけでワクワクする。何が書いてあるのか想像するだけでドキドキする。掌の中にある小さなそれは、何故か煌々と輝いてるように見えて、授業中だということを忘れて小躍りしたくなった。牧野サンが、俺に、手紙。可愛く折った小さな手紙。俺に当てた手紙 The letter for me.


「・・・・」


 妙な視線で我に返る。顔を上げると、不思議そう――不審そうな表情を浮かべたセンセと目が合った。・・・いかんいかん。今は授業中だってこと、すっかり忘れてた。びしっと背筋を伸ばして、わざとらしく咳払いをしてみせる。今は授業に集中して、一瞬だけ手紙のことは忘れよう・・・と思ったけど、黒板に答えを書いて、席に戻る牧野サンがにっこり笑ったから・・・その気持ちも、すっかり消えた。やっぱり・・・嬉しいや。顔がにやけるのを止められない。今すぐにでも手紙を読みたい衝動に駆られたけど、センセに見つかって取られたら悲しいし、読み上げられたら恥ずかしいし、また田村に馬鹿にされるから、それだけは我慢した。布製の筆入れに、こっそりそれを忍ばせる。授業が終わったら、ソッコー教室出て、1人でにやけながら読もう。

 ・・・ってことで昼休み。ジュースを買ってくると田村に声をかけて、小銭と共に教室を飛び出す。もちろん、牧野サンにもらった小さな手紙を、こっそりポケットに忍ばせて。購買の前まで来て、ようやく手紙を開く・・・けど、この折り方が、また難しい。さっきはもらって嬉しかった手紙だけど、今はなんだか・・・だ。冷静になって考えてみれば、口頭で伝えても用が足りることを、どうしていちいち手紙にしたためるのだろう。しかも、どうしていちいちこんな頑丈に折るのだろう。心配しなくても、奪い取って読んだりしないよ。何度も試行錯誤しながら開封すると、ようやく1枚のメモ用紙になる。これで内容を・・・と思った矢先。


「いちゃいちゃ警報発令中ー。授業中に手紙もらって、にやけてる高3男子がここにいまーす」


 そんな声と共に、手中の用紙が・・・ふと、姿を消した。怪奇現象か?!と思い、あわてて周りをきょろきょろ見る。けれど。


「・・・不審者過ぎるよ、その態度」


 俺の目の前でメモ用紙をぴらぴらさせると、呆れた表情でショコが溜め息をついた。ショコ、ショコ・・・ショコ!舞い上がって失念していたけれど、彼女の席は、俺の斜め後ろだった。しかも牧野サンととっても仲が良かったりして。つまり・・・単なるクラスメイトには『俺の机にぶつかった牧野サンが、消しゴムを拾う』としか映らないあの一連の動作も、彼女には全てお見通しだったりして?


「お見通しだよ、全部」

「って、いきなり人の心ん中読むなよ!」

「草野くんが分かりやすいんだって。授業中もさっきも今も、全部顔に出てるよ。『今の僕の気持ち、どうぞ読み取ってくださぁい!』って言いながら歩いてるようなものだよ」

「まるで亜門だな・・・」

「・・・誰よ、それ」

「・・・いや、独り言」


 思わぬところで口をつく嫌な名前。やっぱり心のどこかで気にしてるのかなー・・・と今更思ったりして。模試のお礼とか、この前のこととか、直井に言われたこととか。不思議そうな表情をしたショコも、すぐにいつものそれに戻る。これ以上突っ込んじゃいけないと思ったのか、はたまた俺の口から出る人間になど興味がなかったのか。前者であってほしいけど、実際は後者だろうな、ショコの場合。


「で、つくし何だって?」

「知らないよ。まだ読んでないし、肝心の手紙はショコが持ってるし・・・」

「相変わらずやること遅いなー」

「1番前の席で、授業中に堂々と読むわけにはいかないだろ」

「読めばいいじゃん」

「無理だって」

「意気地なし」

「・・・・・」


 何故か、強烈なボディブローを喰らったような激しい痛みが胸にきた。なかなか鋭いところを突く。可愛い顔して侮れない。だから怖いんだよ。目の前にいるショコも、彼女の大親友のユカも。顔をしかめてたら『眉間の皺は生活苦』なんて歌うように言い出す。


「・・・いいから、手紙返せ」

「はい」


 手を差し出すと、意外にもすんなりと手紙を差し出した。自分が読んでからとか、もったいないから返さないとか、草野くんにつくしはもったいないとか、そんな風に駄々こねられると思ったのに。


「・・・何よ、その顔」

「いや、予想外に素直だったから・・・」

「失礼ねー、あたしはいつだって可愛くて素直です」


 余計な言葉が入っていたような気がしなくもないけど・・・まあ、聞かなかったことにしよう。あえて突っ込んで血を見るのは嫌だ。ショコの気が変わらないうちに・・・と、差し出された手紙をひったくる。パン・・・と大きな音がしたけれど・・・手紙も破れなかったみたいだし、ショコも怪我しなかったみたい。良かった。そして、ショコの気が変わらない――再び取られないうちに、急いで内容に目を通す。女の子らしい丸っこい文字――と言いつつ、どちらかといえば俺の字も丸くて線が細くて女っぽいらしい。それは男らしい角ばった文字を書く田村に、いつもそうやって馬鹿にされる――をひとつひとつ追っていくと・・・なんと!!


「つくし何だって?」

「・・・・」

「・・・草野くん?」

「・・・」

「おい、草野!」


 耳をぎゅっと引っ張られ、ようやく我に返る。ってか、危なかった。牧野サンが書いたことがあまりに衝撃的で、想像――妄想の枠を飛び越え、三途の川を渡るところだった。現実の世界に呼び戻してくれたショコに大感謝だ。重要な部分を、もう一度読み返す。さっきと同じだ。今度は、声に出して再確認。


「い、しょ、に・・・」

「うん」

「は、つ、も、う、で、に・・・」

「うんうん」

「い、き、ま、せ、ん、か・・・」

「それ良い考え!!」


 ショコが大きな音を立てながら両手を叩く。その顔は・・・満面の笑み。ナイス提案!なんてくるくる回って喜ぶ彼女は、まあ、可愛い。どうせ想像――ショコの場合も妄想か、この場合――してるんだろ。ユカにテツヤを押し付けて、便乗して自分も田村を誘って、花火大会みたく6人で行こう、なんて。ついでに、受験まっしぐらの灰色受験生活に、少しだけ花が添えられた・・・とも考えてるんだろ。まあ、気持ちは分かるけど。何を着ていこうとか何て誘おうとか、先のことで頭いっぱいのショコを尻目に、手紙の最後まで目を通す・・・けど。一番最後に書き添えられた追伸を読んで、血の気がサーっと引いていくのが分かった。だって、だって・・・

『ショコやユカには内緒にしておいてください』

 なんて書いてあるんだもん。内緒の理由はわかんないけど、内緒にして欲しいっていうからには、やっぱり内緒にしとかなきゃいけないわけで。でも時は既に遅し。既に内緒じゃなくなってるわけで・・・


「草野くん、田村くん誘うの手伝ってね?」


 ショコにかわいらしく言われて、何とか笑ったつもりだったけど・・・頬や唇が微妙に引きつってるのは、自分でもよく分かった。


「・・・何?突然おなか痛くなったの?」


 引きつり笑顔を目の当たりにしたショコにそう言われても、仕方ないよなあこの顔じゃ、と思った。


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