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「・・・」

「・・・・・」


 頬杖ついてニコニコしながら、俺の顔をジーっと見つめる坂口さんの視線がこの上なく気まずい。どうすればこの視線から逃れられるだろう・・・なんて思いながら、アイスキャラメルマキアートやらのストローをくわえる。けれど、さっきから同じ事ばかり繰り返してるおかげで、中身は既にない。クラッシュした氷と、倍以上に薄まった牛乳が少々。わかっていてもやめられない。ストローを吸い上げるズズズ・・・という音がなると、坂口さんはさらに笑った。


「可愛いなあ、マサムネくんは」

「・・・そりゃ、どうも」


 小学生や女の子ならまだしも、俺は健全な高校男児で。『可愛い』と言われたところで嬉しくもなんともない。むしろどうリアクションすりゃいいのか困る。『マサコ嬉しい』って、胸の前で両手を組めばいいのか・・・なんて想像してて、ふと思い出した。城南祭でやらされた変な女装。そいえば、あの時に着た衣装ってどうしたのかな。女物のチャイナドレスと、制服のスカート。しかも城南高校のじゃないやつ――だって、スカートのひだの数が全然違ったから。田村が着たものに至っては、男物の太夫服。祭のためだけに準備して、終われば無用と処分したのか、はたまた誰かの私物だったのか。

 現在の時刻は午後7時を過ぎたところ。ポケットにあるケータイでちらりと確認した。大ゲンカ、でもないけど、良くない空気の中、亜門の店から飛び出したはずなのに、何故こんな場所に坂口さんといるのかというと。


「で、落ち着いた?」

「・・・まあ」


 素直でよろしい、なんてニコニコされると、リアクションに困ってまた居心地が悪くなる。可愛い、とか素直とか、俺の事、完全に子供扱いしてるよな、坂口さんって。

 悲しくなって亜門の店を飛び出した俺は、このまま家に帰ってさっさと寝よう――受験生にあるまじき行為だ――、嫌な事は明日に持ち越さないでおこうか、それとも田村の家に突撃して、理由は話さずともこの怒りをぶつけ、憂さ晴らしをしよう――田村にとっては、さぞかしいい迷惑だろうけど――かと、足早に地下鉄の駅へ向かった。けれど。

『マサムネくん』

 名前を呼ばれ、右腕を引かれ。腐った気持ちを持て余しながら振り返ると、そこにはギャルソン姿の坂口さんの姿があった。坂口さんは用件を尋ねる隙も逃げ出す隙も俺に与えず、右腕を掴んだまま歩き出す。『喉、渇いたよね』というその声はいつもと違って。温和なのに厳しい。有無を言わせないという彼の姿勢がひしひしと伝わって、捕まった俺は、そのまま素直についていくしかなかった。

 着いた先はスターバックス。俗に言う『スタバ』ってやつだ。女の子ならともかく、彼女とのデートでもなければ、男子高校生には無縁の場所。だってここでコーヒー1杯飲む値段で、下手すりゃマックなら1食食べれちゃうんだもん。ということで、全く未知の場所に連れ込まれた俺は、今度は別の意味で緊張した。坂口さんに何を飲む?と聞かれても答えられるはずもなく。『甘いもの』というなんとも間抜けな返答に苦笑しながら頼んでくれたのは、キャラメルマキアートという、キャラメルの入ったとにかく甘い飲み物――アイスで、というのはかろうじて俺に言えたオーダーだった――と、何とかチャンクというクッキー。坂口さんは本日のコーヒーというのを頼んだ。しかも飲むときはブラック。


「・・・彼女とよく来るの?こういうとこ」

「ん?さすがにネコと一緒には来れないから・・・」


 連れて来たいのは山々だけどね・・・と笑うその表情は、さっきとは違ういつものそれ。っていうか、『人間』の彼女のこと聞いたのに、さらりとかわされた。まるで亜門だ。でも、それも仕方ないか。亜門の下で働いてるんだから。目の前にいるのは、坂口さんじゃなくてミニ亜門って思った方がいいかもしれない。

 そのミニ亜門は、一体どういうつもりで俺をここに連れてきたのかな・・・なんて思ったら、そのままずばりを言い当てられた。


「何でここに連れて来たのかな、って思ってるでしょ?」

「・・・人の心の中、読まないでくださいよ・・・」

「今の俺たちって、他のお客さんにはどう見えるのかな。ちょっと良さそうな男の子をホストクラブに勧誘してるに・・・」

「見えません、絶対に」


 そりゃ確かに、坂口さんは店の制服そのまま――流石に、ギャルソンエプロンは外してるけど――で、俺は私服で。坂口さんはそういう風に見えるかもしれないけど、どう頑張ったって俺は無理だ。どうしたって同級生には見えないだろうし、間違っても俺が年上にも見えないだろうし。下手すれば、食い逃げか万引きが見つかって、ジュースおごってもらいながら怒られてる高校生と、店の店長・・・だ。


「・・・で、話を戻しますけど・・・どうして坂口さんは俺を追ってきたんですか?」

「ん?追いかけて欲しそうだったから?」

「いや、冗談じゃなくて・・・・っていうか、逆に聞かないでよ・・・」


 だって、亜門は俺のこと『ほっとけ』って言ったじゃないですか・・・と言うと、嫌なところまで聞こえてたんだなぁ、と笑った。いつものパターンだと、このまま笑ってごまかされるから・・・引き下がってたまるものか、と、必死で言葉を探す。


「店、飛び出てきちゃって大丈夫なんですか?今から忙しくなる時間だろうし。後で亜門に怒られても、俺責任取れませんよ?」

「・・・なんか、マサムネくん怖いよ?しゃべり方も妙に丁寧だし・・・」


 ・・・絶対まともに取り合ってないよ、この人。仕方ないなぁ、って感じで苦笑してるし。俺ってそんなにガキなのかなぁ、大学生にすら、まともに相手にしてもらえないくらいに。キャラメルマキアートのふたを取って、直にカップに口つけて、氷を思いっきり頬張る。勢い良く咀嚼すると、ガリガリ・・・という音が響いた。


「怒った?」

「多少は」


 じゃあ、そろそろ本題に入ろうか・・・と、マグカップに口をつける。ゆっくりとブラックコーヒーを飲む坂口さんは、何故かすごくオトナに見えた。その所作も、動いた喉元も。俺もあと3つ年を取ったら、こんな風になれるのかな・・・と、ふと思う。


「・・・亜門さんが言ったんだ」

「え?」

「亜門さんがね、言ったの。『マサムネくんを追いかけろ』ってね」



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