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俺がガキで、見込違い・・・そりゃ、確かに俺はガキだけど、それは認めるけど。自分の言動に責任取れないこと、たくさんあるし、無条件で人に優しくもできないし、だからって冷たく突き放すこともできないし、予想外のアクシデントがあると、落ち着いて対処できないし、それだけじゃ収まらずに、他の人まで巻き込んじゃうし。けど、自分でよく解かってることだし、ここで問題になるようなことでもない。それなのに、どうして亜門に言われなきゃいけないんだろう。しかも今この場所で、そんなこと全然関係ないじゃん。亜門に言われる筋合いなんてないじゃん。言葉の意味をかみ砕き、意味を理解するにつれ、沸々と怒りが込み上げる。


「・・・何で、あんたにそんな事言われなきゃいけないんだよ。・・・自分がガキだっていうのは散々自覚してるし、見込違いって言われても、困るんだけど・・・別に俺はあんたに認められたいなんて、全然思ってないし。勝手に思い込んで、勝手にレッテル張られるのって、すげームカつくんですけど」


 ふと気づいたら、そんな言葉を口に出していた。カウンターの下で、こぶしを握りながら。


「・・・そんなこと言ってねえだろ」


 また独りよがりの妄想か?とでも言いたそうにため息をつきながらそう言う。そしてその『俺はオトナです』的な態度が、余計に俺のイライラを増長させる。


「言ってるようなもんじゃん。っつか、何。人間愛じゃダメなの?何でダメなの?全然問題ないじゃん、いいじゃん。俺、牧野サンが笑ってると嬉しいって本気で思ってるんだから。牧野サンが笑ってると、俺も笑いたくなるんだから」

「だから、そういうのがガキって言ってんだよ。何も解かってないのに解かったふりして。お前はそれでいいかもしれないけど、見てるこっちは不愉快極まりない。早く気づけよ、自分が恥ずかしいことしてるって」

「なっ・・・」


興奮のあまり、椅子から腰が浮く。テーブルにダン・・・と手をつくと、あまりにも勢いがあったのか、カウンターの上のグラスが、カタカタと音を立てて揺れた。その勢いに任せて、じろりと亜門を睨む。亜門も、俺をじっと見る。睨んでいるわけではないけれど、いつものように余裕のある、飄々とした表情というわけでもない。静かに、本当に静かに俺を見る。

 このままだと一触即発だと思ったのか、それとも、これ以上店の空気が悪くなると、この先の営業に弊害がある――ここは雰囲気で飲ませるバーだ。ケンカ後のピリピリした空気が充満していたら、雰囲気を楽しみにここを訪れた客は、すぐに帰ってしまうだろう――と考えたのか、カウンターの奥で静かにグラスを磨いていた坂口さんが『それくらいでやめておきませんか?』と優しく言った。


「亜門さん、そろそろお客様が見える時間ですよ」

「ああ・・・悪い」

「ほら、マサムネくんも落ち着いて・・・また、コーラこぼすよ?」

「・・・・・」


アンティーク調の茶色い壁時計をちらりと見て、亜門は一瞬だけ気まずそうな表情を浮かべた。けれどそれはすぐに消え、いつもの掴み所のない笑顔に戻る。この店の店長の顔、ってやつだ。亜門のように、すぐに気持ちの切り替えができない子供の俺は、その変わり身の早さや、何事もなかったかのようなその顔がまた許せなくて。けれど、温和な表情でにっこり笑う坂口さんを前に、それ以上ケンカ腰になるわけにもいかなくて。


「・・・・・」


 イライラを持て余しながら、とりあえず座った。時計の短針は6と7の間で、長針は8を指していた。今から帰ればちょうど晩ご飯の時間だし、これ以上ここにいても、きっと良いことなんて何もない。亜門にイライラして、爆発するのが関の山、だ。


「・・・帰る」


 静かに椅子から下りて、くるりと回れ右。亜門は当然のように『帰れ』と言う――それが、さらにむかつく。けど、意外だったのは。


「マサムネくん、帰るの?」


 と、坂口さんが言ったことだった。もう一度振り返って無言で頷くと、坂口さんはらしくなく、焦った表情を浮かべた。それを見て、俺も思わず焦った。・・・何か、変なこと言ったかな。


「このまま帰るのは後味悪くない?落ち着いて・・・・」

「坂口、ほっとけ」


 柔和な表情に戻って坂口さんがそう言いかけたのを、亜門が厳しい口調で遮った。俺たちのことなんて視界にも入れず、涼しい顔してグラス磨いて。でも・・・と坂口さんが反論するけれど、今度は、それを目で制す。


「ガキにガキと言って何が悪い?俺は本当の本当の事を言っただけだ。けなしたわけでも、褒めたわけでもない。事実を伝えて怒られるなんて、それこそ心外だ」

「でも、いくら本当の事だからって・・・」

 ・・・って、坂口さんも、俺のことガキだと思ったって事?それは・・・新しい事実で、ショックの上塗りだ。・・・別にいいけどね、自分でも重々自覚してるし。人に言われたって、仕方ないと思ってるし。けど、今日この場で全否定が辛かっただけで。


「・・・いいよ、坂口さん。どうせ俺はガキだし、後味悪くたって、今はここにいたくないし」


 じゃあね・・・と入り口に向かうと、坂口さんはもう一度俺を呼び止めた。けど、立ち止まれない。瞬間的に爆発した怒りは、少し静まった今、妙な悲しさに変化した。ガキだって言い切られたことと、買いかぶりすぎたって切り捨てられたこと。亜門のこと、結構頼りにしてたんだよな、俺。自覚してたつもりだったけど、その自覚もまだ軽すぎたみたいだ。


「・・・邪魔して、ごめん」


 ドアを押すと、カラン・・・とベルが鳴る音がした。マサムネくん、と俺を呼ぶ坂口さんの声と、それを制する亜門の声。『何言っても無駄だから、放っておけ』と。・・・亜門はどこまでも冷静だ。でも冷たすぎる。


「放っておけませんよ!」


 ドアが閉まる瞬間、坂口さんがそう叫んだのが聞こえた。らしくなく、感情を表に出した声で。味方になってくれるのは嬉しいけど・・・でも、『子供だから放っておけない』と言われているような気もして・・・少し、悲しかった。ブルゾンのポケットに両手をつっ込んで空を見上げる。どんよりと曇った空には・・・星が、見えない。それがまた悲しかった。








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