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 当たり前というか何というか、少し考えれば誰にでもわかることだ。翌日、俺を巻き込んだ『大のろけ大会』が開かれることは。一部例外もあるけど、巻き込まれるのは田村も、か。

 朝、例に漏れず一緒に登校してた田村が『奥田レーダー』を感知し、一足先に駆け出したところでショコと遭遇。いつも一緒にいるはずの田村がいないことに多少がっかりしたみたいだけど、すぐに気を取り直して

『昨日、田村くん優しかったんだから!』

と、声高らかに話し始めた。パンを半分ずつ分け合ったとか、プラネタリウムの途中で居眠りしたことを恥ずかしそうに話したとか。目をキラキラ輝かせたショコを久しぶりに見たな、と思い、田村がここにいない理由を話すのはやめようと思った。せっかく良い気分でいるのに、奥田さんの名前を出すのはあまりにも可哀相、というよりも自分の身に危険が降りかかるような気がした。

 教室に入ったら、朝見かけることが滅多にないはずのテツヤがいて。勿論というか何というか、奥田さんから何とか逃げ切り、一足先に教室に着いた田村もいた。あの俊足からよく逃げられたな・・・と感心したけど・・・テツヤに捕まったなら同じか。田村にあれこれ話をしていたテツヤは、俺の顔を見るなり妙な歩き方で近寄ってきて。・・・正直、気持ち悪い。

『マサムネぇ、昨日に引き続き今日も良い日だな。俺、昨日の興奮覚めやらぬで早起きしちゃったよ。だからここでユカちゃん待ってんの。昨日の感動を語り合おうと思って』

テツヤの言葉に、田村とユニゾンでため息。ユカはきっと語り合いたくないと思うぞ、って厭味の一つも言ってやりたかった――だって、その幸せいっぱいのだらし無い表情があまりにもムカつくから――けど、あまりにも大人気ないと思ってやめた。そうこうしてるうちにユカが来て、冷たく追い返されたのは言うまでもないことだ。

 そして1限が終わると、テツヤほどじゃないけどやっぱりにやけた直井が、不気味な笑い声を上げながら、無意味な談笑で盛り上がっていた俺と田村の元まで来た。

『昨日は良い一日だったなー・・・あ、俺らね、遠足も一緒に回ったけど、一緒に帰っちゃったりしたわけよ。遠足の後に!あやのっちと2人きりで!!遠足の後も!!』

ラブラブだぁ!と1人身悶える直井を目の前にして、俺と田村は顔を見合わせた。テツヤ以外にも、バカ1名発見。なんというか・・・無視もできず、かといって、同調して一緒に身悶えるわけにもいかない。

『・・・どうする?これ』

『ほっとけ。相手にすると馬鹿が感染る』

相変わらず手厳しい田村は、そう言い捨てて鼻で笑い、席に戻ると言って立ち上がった。田村の言い分もわからなくはないけど・・・三行半や模試のことで、直井もかなり悩んだから・・・まあ、この程度ののろけなら、聞いてやってもいいかな、なんて。でも、その後は腹が立つ程ののろけっぷりで。手をつないで歩いたとか、途中、見詰め合って微笑み合ったとか・・・



田村みたく、早々に退散しときゃよかった。けど、ムカムカしながらふと思う。あのあやのちゃんが、公衆の面前でこんな恥ずかしいことするか?しかも、城南高校の制服を着たまま。いや、しない。きっとしない。絶対しない。我がクラスの副級長を務める程の才媛がそんなことをするとは考え難い。

『・・・直井』

 相変わらずのろけ炸裂の直井の言葉を遮って、『半分妄想だろ?』と突っ込むと、奴は見事に息を詰まらせた。図星、だ。そんなことないよ・・・と反論するも、その目は完全に泳いでて。俺にしては珍しく、的確に突っ込んでしまったことに罪悪感を感じた。そんなこんなでチャイムが鳴って。直井は動揺を隠せないまま自分の席に戻る。あー・・・、マジでごめん。嫌がらせするつもりはなかったんだけどさ・・・ホント、生まれてごめんだよ・・・と、以前ラジオで藤くん――バンプのボーカルだ――が言っていた言葉を心の中で真似てみた。

 そして、実際に直井の身に起こったことを想像しつつ、授業を受けてたら・・・いつの間にか昼休み。受験生がこんなことでいいのかな・・・と自己つっこみを入れながら、お気に入りのいちご牛乳を買いに購買へ向かう。ちなみに、俺の華麗なる妄想を紹介すると・・・『手をつなごう』とねだる直井に、『誰が見てるかわからないから嫌』とあやのちゃんが冷たく返し、見つめ合えることを期待して、彼女をじっと見つめる直井に、『危ないから前見て歩いて!』とケンモホロロにつっ込んだ・・・ってところが妥当だろうか。でも、模試の日も心配して戻ってきたくらい優しい彼女だから、その後のフォローはちゃんとしてるんだろうな。・・・うらやましい限りだ。可愛い彼女に優しくされるなんて。

 ガコン・・・という音で我に返り、取り出し口に落ちたいちご牛乳を拾う。と。


「今日もそれ?」


 後ろから声をかけられ、思わすドキッとした。その声は、昨日の夜聞いたそれと全く同じで。少し緊張しながら振り返り、何とか平静を保ちながら『おはよう』と言った。昼なのにおはようもおかしいけど。


「牧野サンは何してんの?こんなとこで」


 ジュースもパンも、何も持っていない彼女にそう問う。いつもの事だけど、彼女は弁当持参派だから、購買に来ることは滅多にない。だから、ここにいるのは職員室へ行った帰り・・・ってのが妥当か。・・・ん?このシチュエーション、前にもあったような気がする。それとも、ただのデジャブだろうか。


「ん?あたしは職員室の帰り」

「職員室?」


 そう聞き返して、思い当たる。昨日、彼女が言っていたこと。進路希望調査票をまだ出してなくて、それでもって、『大学進学』を決意したこと。俺の表情を見てわかったのか、牧野サンがにっこり笑った。


「崎山先生の所、行ってきたよ。ショコや田村くんと同じ大学、書いておいた」

「そっか・・・崎やんは何て?」

「ようやく決意したんだから、最後まで頑張れよ・・・って」


 崎やん、何か優しくない?俺には『志望校に行きたいなら死ぬ気で頑張れ。死んでも頑張れ』とか言ったのに。それともアレか、牧野サンの成績は、九大の入試に耐えうるほど良いって事か?・・・なんか、妙な劣等感を感じてしまうんですけど。


「・・・ようやく決めたことだし・・・やるからには、頑張ろうと思う」

「・・・うん」


 ありがとう、と笑顔で言われ、らしくもなく――いや、この上なく『らしい』かもしれない――俺は自分の顔が赤くなっていくのがわかった。そして、そんな俺を見て彼女は『茹でタコみたい』とまた笑う。

 彼女は福岡での進学を決めて、俺は東京に出るのが希望で。あと数ヶ月で一緒にいられる時間は終わってしまうけど、でも、それでもいいと思った。だって、彼女は俺のおかげで前に進めたと言ってくれたし、笑顔で感謝してくれたから。



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