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プラネタリウムは、悪くなかったと思う・・・というよりも、ほとんど、記憶にない。渋い声のおじさんが、『今日の夜8時頃、博多駅の空を見てみましょう・・・』なんて言ってる辺りは覚えてるんだけど・・・その後は、どちらかと言えば心地よく夢見心地で楽しませていただきました、って感じだ。でもさ、こればかりは仕方ないよな。プラネタリウムの椅子って、天井が見上げられるように後ろに倒れるんだもん。そんなの『寝てください』って言ってるようなもんだよ。かなり葛藤したんだけど・・・やっぱりというか何と言うか、睡魔という強敵には勝てなかった。
「夏の第三角形とか、秋の四角形とか、その辺りまでは覚えてんだけどな・・・」
「俺、それすらも覚えてないぞ」
田村も、俺とそう変わらないらしい。比較的真面目な女性陣は、なにやら冥王星について語り合ってるけど・・・俺たちは、とてもじゃないけど話に割り込んでいけない。結局、どうして冥王星が惑星じゃなくなったか、っていう、一番大切な部分すら聞き逃しちゃったんだもん。『起きて最後まで聞いてました!』って言うのを誇示しようと無理やり割り込んだら、化けの皮がはがれてやり込められることは必至だ。ってか、別に誇示する必要なんて全くないんだけど。
「あいつらは・・・」
「聞くだけ無駄だ」
「・・・だな」
テツヤと直井のだらけきった笑顔を見れば、それは一目瞭然だ。テツヤはユカの横にぴったりついて、何だか幸せそうににやけてるし、直井は必死にあやのちゃんに話しかけてる。あやのちゃん、怒っている・・・っていうわけではなさそうだけど、直井の言葉に返事をする時、ちょっとだけ眉間に皺が寄って、ちょっとだけ語尾が荒い、ような気がする。まあ、想定内の反応だよな。今日のこと、全く怒ってない・・・はずはないもん。
プラネタリウムを出て、お昼だからお目当てのパン屋に行こう、という女性陣にだらだらとついていきながら、さっきの牧野サンとのやり取りを反芻する。一体、何が言いたかったんだろう。言いかけた『とうきょ』って言葉は、きっと東京のことだよな。東京から友達が遊びに来るのかな。だから、福岡の遊びスポットや名所を教えてくれ、って事だったのかな。でも誰にも内緒でこっちに来たって言ってたっけか。それに、そんなことだったら何も2人きりの時に話さなきゃいけないってことはない。模試前の勉強会の日だったら、直井の前でも言えるはずだし、今日だって、ホールに戻りながら話すことができたはずだ。ってことは、何か重要な事なのか?ドウミョウジに居場所がばれた?だから、また引っ越す・・・とか?
「プラネタリウム、どうだった?」
隣から、田村じゃない声がした。左隣では、俺を少し見上げる感じで牧野サンが立っていて。その問いかけに、思わず言葉が詰まる。うーん、何て答えるべきなんだ?正直に『寝てました』っていうのは、ちょっと・・・恥ずかしい。
「楽しかった・・・・ような、気がする」
「冥王星のことは、納得できた?」
意地悪そうにそう言う牧野サンは・・・絶対意地悪だ。わざとだ。俺が寝てたことに気付いてる。酷いな・・・と思いながら、必死に言葉を探す。惑星じゃなくなったって騒がれてた頃の新聞は読んだ、気がする。けど・・・小難しい言葉の羅列で、覚えてることは・・・
「魏惑星っていうのが、なんか奥が深いね・・・」
「・・・そんな説明、なかったよ?」
「・・・マジで?」
あれ?新聞には確かにそう書いてあったような気がしたんだけど・・・俺の読み間違いか?っつか、そんなこと言っちゃったら、プラネタリウム見ずに寝てたことバレバレじゃん。顔面蒼白気味の俺と、それを見て、まだニヤニヤと笑う牧野サン。・・・まさか。
「・・・嘘、ついてるよね。俺のこと嵌めようとしてる?」
「あ。ばれた?」
「・・・ひどいよなー・・・俺、真剣に悩んじゃったよ」
「ゴメンゴメン」
口ではそう言いながらも、その態度や表情は・・・全然申し訳なさそうじゃない。むしろ、未だ楽しんでますよねお嬢さん。
「俺、傷ついちゃうよ」
「駅周辺の星空を見れるなんて、プラネタリウムならではの特権だよね」
俺の言葉なんて全くスルーして、牧野サンがそう言った。まあ・・・うん、それは許そう。そして確かに。博多駅の夜8時なんて、街灯やらネオンやらが煌々と光ってるし、高いビル群に邪魔されて、星なんてほとんど見えない。よく見えて、オリオン座の1等星くらいだ。電灯類を全部消して、高いビルも削り取って、本来の星空を見せちゃうなんて・・・うーん、奥が深い。科学が発展したから壊された星空が、科学の発展によって再現される。これは如何なものか。
「東京だとね、『夜8時の東京駅の空を見てみましょう』って言うの。いつも見てるのと違いすぎて、これは違うでしょ・・・って言いたくなっちゃうよ」
「そうなんだ・・・じゃあ、大阪だったら大阪の空で、名古屋だったら名古屋の空、なのかな」
「きっとそうだと思う。プラネタリウムって、地域密着型なんだね」
その表現はどうかと思うけど・・・なるほど、だ。そりゃ、北海道に住んでる人が沖縄の空見せられても、現実感のかけらも感じられない。見る地域が違えば、星の位置も多少は違うんだろうなぁ・・・と思う。日本は地域ごとの時差こそないけれど、沖縄と北海道じゃ、絶対に違うよなあ、日の出や日の入りの時間は。
とまあ星の話はこんな感じで。導かれるままに歩き続けた俺たちの目的地が近づいてきたらしい。先頭を歩くユカとショコ――と、ついでにテツヤ――の足取りが、少しだけ速くなったから。見れば正面には『星のパン工房』と書かれた木の看板がぶら下がる、いかにも、という雰囲気の建物があった。暖かく甘い匂いがふわりと鼻に届いて・・・あ、これはやばい。どちらかといえば米派の俺も、この匂いにはそそられる。反対隣に立つ田村を見ると、奴も同じ事を思ったらしい。喉がごくりと動くのが見えた。
「・・・買う?」
「・・・この匂いは、やばいよな」
田村の言うとおり、確かにやばい。一応、行きがけにコンビニでおにぎりやらサンドイッチやらは買ってきたけど・・・この匂いは・・・買ってきた昼飯をお持ち帰りしてでも食べてみたいかもしれない。
「・・・店の中、入って決めよう」
「それが賢いな」
ふと、テツヤの恐怖飯のことなんて思い出しちゃったりして。ユカはそれを食べなくても済むくらいに大量に買い込むんだろうな・・・直井やあやのちゃんはどうするんだろ。一応、直井母特製弁当があるみたいだし。そして。
「牧野サンは?ここでパン買う?」
「どうしよう・・・一応、お弁当は作ってきたけど・・・この匂いは、ホントにやばいね」
おなかがすいてなくても買いたくなっちゃうよ・・・と俺を見て笑って・・・・俺の先で視線が止まって、そして固まった。
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