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 テツヤと直井の作戦は、なかなか良い線を突いていると思う。奴らが『ラヴレボリューションプラン』――だったっけ?いや、違う。『ラブラブ大作戦』だ――の頭に持ってきたのは、意外にも『プラネタリウム見学』だった。ユカがテツヤに対して『恥ずかしいことはやめろ、ビームを飛ばすな、名前を呼ぶな』云々、辛辣に言うことは必至だし、あやのちゃんだって、直井にどんな態度で挑むかわからない。けれど、そこは先手必勝。暗く静かな、その上ムーディーなプラネタリウムで相手の気を削ぎ、出た時には穏やかな空気が・・・というのを狙っているらしい。


「ま、あの2人が考えたにしてはいい作戦じゃないのか?」

「確かに・・・ね」


 そう言う田村に、心から同意。上映が始まるまでの10分を利用して、トイレを済ませる。上映は1時間くらいあるらしいし、バスの中でお茶やらジュースやらを結構飲んじゃったから。途中退場・・・っつーのもカッコ悪いしね。ハンカチ――イマドキの高校生には必須アイテムだ――で手を拭きながらトイレから出ると、同じように女の子のそれから出てきた牧野サンとばったり会った。


「じゃ、俺先に戻るわ」


 気を利かせたつもりなのか、田村はその姿を見るや否や、にやりと笑って俺の肩をポン・・・と叩く。そして、声をかける暇すら与えずに、1人中へと入っていった。っていうか、ここで気を利かせられても困る。一緒に戻って終わり・・・じゃん。っつか、あまりにバレバレで、逆に気まずいんですけど。


「あー・・・ユカとあやのちゃん、怒ってなかった?」


 気まずさを振り払うように、とってつけてそう言ったけど、牧野サンは普通に『怒ってないことはないけど・・・』と答えた。うん、その普通さが結構良くて。俺も普通に『そりゃそうだよね・・・』と答えることができた。


「ユカはね、いつも通り不機嫌だよ。あやのちゃんはね・・・結構、押し込めちゃうとこあるから・・・微妙にわかんない」

「実際、微妙だしね・・・」


 直井と仲直りできたのは嬉しいけど、まさか今日一緒に回ることになるなんて・・・って感じだろうね、あやのちゃんとしては。嬉しくないわけじゃないけど、約束は反故されたっつーか、むしろ何のための約束だったのか・・・ってさ。うーん・・・ま、触らぬ神にナントヤラ、の姿勢は崩さない方が懸命だ。ちなみに、作戦考案者の2人は、対象からのカミナリを恐れて、上映が終わるまではホールから出ないそうだ。ま、中にいれば他の客――もちろん、城南高校以外の人たちも、だ――がいるから、ユカもあやのちゃんも、下手な事はできないだろう、っていう魂胆らしい。ま、殴ったり怒鳴ったりするのは、ユカだけだと思うけど。


「しかし、プラネタリウムなんて何年ぶりだろ。中学生・・・小学生以来、来たことないかも」


 彼女でもいればともかく、野郎同士で『プラネタリウムに行こう!』なんて事になることは滅多・・・いや100%ない。暗闇の中、野郎が並んで座って星空を眺めて、何が楽しいと言うのだ。そりゃ、隣が好きな女の子だったら、ちょっとロマンティックなムードに使って、手なんか握っちゃえるかもしれないけど・・・うわー、田村と2人きりでプラネタリウムに来ること想像したら・・・鳥肌立ってきた。やめよう、こんな危険な妄想は・・・


「・・・草野くん、変だよ?」

「あ・・・ごめん」


 怪訝そうな表情の牧野サンを見て、ようやく正気に返る。俺、何妄想してんだよ・・・


「あたしも、プラネタリウム久しぶり」

「そうなんだ?東京で彼氏と・・・・」


 言ってから、しまったと思った。俺、何自分で墓穴掘ってんだろ・・・最上級の後悔と気まずさを同時に味わう。こんなフルコースいらねえよ・・・なんて自分に突っ込んでみたけど・・・牧野サンは、さほど気にしてないようだ。表情ひとつ変えずに、『行ったことない』と言った。


「そういう場所・・・普通の人が集まる場所に行きたがる人じゃないから」

「あ、そうなんだ・・・」

「でもね・・・」

「ん?」

「ネックレスをもらった。土星の」

「へえ・・・土星は輪があるから、アクセサリにしやすいのかな・・・でも、かわいいよね」

「それがね、プラチナ台にいろんな宝石が埋まっててさ・・・しかも、全部本物」

「・・・・・」

「バカだよね・・・高校生にそんなものプレゼントする?普通。ほんと、金持ちの考えることってわかんない・・・」

「・・・・」


 普段からつけて出歩けないよね・・・と言う牧野サンは、ちょっと困ったように苦笑いした。確かにね・・・と頷いてみる。庶民の俺にはわからないけど、きっとウン百万も擦るようなものなんだろうな・・・そんなの、一介の高校生には重いよ、いろんな意味で。もし俺がもらったら・・・多分、それを保管するための金庫を買う。高いやつ。で、そこに入れたまま外に出さない。だってなくしたら勿体無いもん。

 でも、牧野サン・・・俺にこんな話してくれるなんて、一体どうしたんだろう。もう吹っ切れたのかな、それとも、吹っ切れてないからこそ、俺に話したのかな。正直言って、最近俺も自分の気持ちがわからない。牧野サンのことを好きだと思う気持ちには変わりないけど、でも、なんていうのかな。彼女と付き合いたいとか、俺のこと好きになってほしいとか、そういうのはあんまり思わないんだよな。どっちかと言えば、笑ってると良いな、とか、何かあったら、俺に離してくれたら良いな、とか、そんな感じ。彼女が辛いと思うときに、少しでも役に立てたらいいな・・・なんて。それって人間愛?俺も聖人君子になっちゃうのか?


「でも、最近は土星じゃなくて冥王星だよね」


 ぼんやりそんなこと考えてたけど、牧野サンの声でふと我に返る。あ、ああ。土星じゃなくて、冥王星。


「・・・確かに。そこんとこ、詳しく説明してくれるのかな、今日の上映って」


 もちろん、冥王星と言えばアレだ。太陽系の惑星じゃなくなっちゃったやつ。今まで『惑星さまぁ』なんてもてはやされてたのに、いきなり名前剥奪だもんな・・・やっぱり、冥王星としても納得いかないんだろうな、その辺は。


「冥王星のことをはっきりさせるためにも、戻ろうか。そろそろ始まる」

「うん・・・」


 牧野サンを促してホールに戻ろうとするけど。


「・・・牧野サン?」


 彼女は俯いたまま歩かなくて。どうしたのかな、と思ったら、急に顔を上げた。そして『草野くん』と俺を呼ぶ。



「・・・どしたの?」

「あのね、亜門の家で勉強した時に言おうとしたんだけど、とうきょ・・・」


 その時、牧野さんの声を遮って、プラネタリウムの開始を告げるベルが響いた。そこで言いかけていた言葉を飲み込んで。


「・・・戻ろうか、始まっちゃう・・・」


 と、牧野サンは笑った。

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