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「ユカちゃんおはよう!昨日の夜、なんか嬉しくて全然寝れなかったよーっ!だって、ユカちゃんと一緒に歩いたり星を見たり遊んだりご飯食べたりできるんだもん・・・でね、俺ユカちゃんが喜んでくれるといいな・・・と思って、朝早く起きてサンドイッチ作ってきたんだ。ユカちゃん、ショコちゃんと一緒にパン屋さんでパン買って食べるつもりだったんだろ?でも、もしかしたら人気で売り切れてて、何も食べるものがなかったら困るな・・・と思って。でもね、俺そんなの作ったのなんて初めてだから、ちょっと美味しくないかも。バターの代わりにマヨネーズ塗っちゃったし、ゆで卵には、何故か砂糖を・・・・」



  


「・・・そろそろ出発の時間なんだがな・・・」


 遠足の日は朝8時、校庭に停まるバスの中に集合、だ。もちろん、クラス別のそれ。時間5分前にバスに着いた俺と田村を待ち受けていたのは、6組専用のバスの中で繰り広げられるテツヤのラブハリケーンと、それに飽き飽きした表情で、テツヤの言葉を右耳から左耳へと猛スピードで流すユカだった。窓の外の景色から目を離さないユカからは『お前の話は聞かない!』というオーラがびしびしに放出されていた。もちろん、その横には複雑な表情を浮かべたショコもいる。テツヤを止めなければ、そろそろユカが爆発する・・・というのを恐れているけれど、止めるタイミングをつかめない・・・ってとこだろ。

 その勢い余り止まらない言葉を止めたのは、我らの崎やん。テツヤの首根っこをぐっと掴んでそう言うと、10組のバスへ戻れ早く戻れ、速やかに戻れ・・・と、その体を扉まで引っ張る。けれど、テツヤも黙っちゃいない――ここは黙れよ、と思うけど。『ユカちゃんと同じバスに乗りたいから見逃してくれぇぇぇぇぇ!』って、手をバタバタさせながら必死に言うけれど。


「お前には前科があるからな・・・・絶対、無理」


 ケンモホロロに『No』を出された。そりゃ仕方ない。夏の合宿でやらかしてるもんな。それを懸念して、崎やんがテツヤをマークするのは自明の理、ってやつだ。引きずり降ろされても、扉が閉められても、健気に『ユカちゃぁぁぁぁぁぁん!!』などと叫び、ユカに救いの手を求める。目には涙まで溜めちゃって。・・・けど、ユカがそれに対して手を差し伸べるはずもなく。ひたすら『他人』を決め込んで、さっきと変わらぬ表情で、窓の外を見つめていた。・・・ご愁傷様。

 ・・・ということで、ようやく出発した我がクラスのバス。行先は『星のふるさと』って場所。福岡の中心からはかなり外れた、憩いの場所。その名の通り、星を見るための天体望遠鏡やプラネタリウムがあったり、さっきテツヤが言っていたようにパン屋さんがあったり、あとは木の枝や木の実を使った手作り体験教室や、宿泊施設まであるらしい。夏なんかは、星を観察するためのプランもあるらしくて、ちょっと面白そうかも。今日なんかそれぞれバトミントンや野球のボールっていう、好き好きなものを持ってきてて。完全に『受験の息抜き』だ。


「テツヤ、ちゃんと自分のクラスのバスに乗ったかな」

「そりゃ乗るだろ。目的地まで行かなきゃ、藤原さんと回れないから」


 あんな場面を目の当たりにしたにも関わらず、妙に冷静な俺と田村。他の奴らも大体同じようなものだ。『フォーリンラヴウィズユカ』――ちょっと違うかも――のテツヤが今更何をしようと、6組の奴らは驚かないだろう。だって、今まで充分すごいもの見せてもらったから。グラウンドからものすごい勢いで叫ぶとことか、ユカの誕生日に、何故かニコル――ユカの大好きなバンプのキャラクターだ。猫のくせに二足歩行をして、その上マフラーまで巻いている――に変身したとか。

 バスの中をくるりと見回してみる。俺と田村は丁度真ん中辺りに座っていて、斜め後ろにショコとユカ、その後ろに牧野サンとあやのちゃん。そして俺らの隣の補助席には・・・



「なあなあ、お前ら何か遊ぶもの持ってきた?」


妙に顔がにやけた直井・・・だ。テツヤと違って少しは『羞恥心』ってモノを持っているらしく、公衆の面前で、堂々とあやのちゃんにラブハリケーンを喰らわす・・・という醜態こそ曝さなかったものの、顔の崩れ具合は・・・テツヤと同じだ。


「いや、特に何も持ってこなかったけど・・・」

「俺ね、色々持ってきたの。バトミントンとかミニテニスとかフリスビーとかグローブとかバットとかボールとか・・・」


 そういって、膝に抱えていたバッグを俺と田村に見せる。それはそれは結構な大きさで。入りきらなかった長いもの――ラケット類やバットだ――は、申し訳なさそうに顔を覗かせていた。バッグを開けて中も見せられたけど、そこにはこまごましたおもちゃと、大切そうに何かを包んだピンク色のものが見えた。


「・・・まさか、お前まで作ってきたわけ?恐怖の昼飯」


 今度は、田村が不安そうにそう言う。恐怖の昼飯、確かにそうだ。テツヤのメニューは恐怖だった・・・パンにマヨネーズまでは許せるが、それに砂糖入りの甘いゆで卵・・・うわー、考えたくない。タマゴサンドだけとは考えられないから、他にも数種類あるんだろうけど・・・何?『刺身サンド』とか『梅干サンド』とか『ゴハンサンド』――白米がパンに挟んであるやつだ――とか。・・・想像するだけでごめんなさいだ。

 田村に『恐怖飯』呼ばわりされた直井は、失礼な・・・と頬を膨らませつつも、やっぱり持ってきたみたいで。でもテツヤより直井の方が何十倍も利口だ。


「大丈夫、母さんに作ってもらったから」


 なるほど、それなら味の補償はされているから、命の心配はない。ふぅ・・・と安堵の息をついて、もう一度、バス内を見回してみる。

 今日知った『意外な事実』なのだが、この遠足、実は『必要ない!』と不服に思っている生徒もいるらしい。現に、ぽつぽつとない顔もあるから。きっと『追い込み時期にのん気に遊んでる場合じゃない!!』っていう熱血受験生は『体調不良』による『自己休暇』を取ったんだろう。そして意外の中の意外なんだけれど、平井はしっかり来てるんだな、これが。真っ先に休みそうな気もするけど。平井曰く
「学校側が『今日は遊んでいい』って大っぴらに言っているんだから、それを利用しない手はない」
 のだそうだ。その後に、今日の遠足で息抜きした程度で『落ちる』って騒ぐような奴は、どうしたって合格できない、とまで言い切った。つまり、普段の学習量に自信があるんだよ、こいつは。そして、普段勉強もしてないくせに、わーいと諸手を挙げて喜んじゃう俺や直井やテツヤは、もちろん『落第組』に分けられるんだろうな、平井の脳内では。いや、もしかしたら本番に強い『一発逆転組』かな。
 色んな思惑を乗せて、バスは一路『星のふるさと』へ向かうわけですが。気になることがひとつ。もちろん、昨日テツヤと直井との間で繰り広げられた『作戦会議』の内容だ。俺と田村は、テツヤのCDばっかり物色してて、肝心な会議の内容なんてほとんど聞いていなかった。と、会議の内容以前に。


「ねえ、俺らと一緒に回るって、あやのちゃんに言ったの?」

「んー?言ってない。驚かせようと思って」

「・・・それって、大丈夫なのか?」


 『恐怖飯』も恐怖だけど、それもある意味恐怖だ。牧野サンが、あやのちゃんにどこまで伝えてあるのか知らないけど・・・バス降りて『解散!』の号令がかかり、歩き出したら実は直井もいました・・・って、危険じゃない?『約束と違う!』ってあやのちゃんが怒り出す可能性だってあるわけだし。・・・普段は温和な彼女が、そこまで怒るかどうかはわかんないけど。


「何とかなるんじゃないの?俺とあやのっちの仲だし」

「・・・さいざんすか」


 どこまでも楽天家の直井と、どこか不安な俺。田村と目を見合わせて、もうこれ以上どうしようもない、放置しておこう、という結論に達する。2人がどんな作戦を立てたのかは未だわからないけれど、とりあえず俺と田村は、どんなトラブル――テツヤの尻拭いとか、テツヤの『恐怖飯』の餌食になるとか、直井の尻拭いとか、直井の亡骸拾いとか――にも巻き込まれず、無事に帰ってくることができればそれでいい・・・と、まるで小市民のようなささやかな願いを、空に向けたのだった。


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