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 暗いステージの上。

ざわめく客席を見下ろしながら、ドラムを出したり、アンプをつなげたりという作業を続ける。

心臓は踊り狂って、歌ってもないのに汗が出て。

手が軽く震えたりして、うまくコードをつなげられない。

悪戦苦闘してると、それを見るに見かねた崎やんが苦笑いしながら手伝ってくれた。

『ありがとう』というと、軽く額をこつんとやられる。


「客席軽く見渡したけど、うちのクラスの奴ら、全員来てたぞ」


 下手な失敗はできないな・・・という言葉に、俺の緊張は余計に高まる。

ちょっとマジでやばいかもしれない。

オーディションの時なんか比じゃないぞ、この震えは。

まあ、オーディションでしでかした失敗がトラウマになっている部分ってのも、多々あるとは思うのだが。


「ライトつけます。スタンバイしてください」


 舞台袖から聞こえる委員長の声に、急いで手のひら人の字を3回書いて飲み込んだ。

とうとう始まるんだ、俺らのステージ。

一瞬、宮田と牧野サンの顔が交互に浮かんで。

ぶんぶんと頭を振って残像を追い出す。今は余計なこと考えてる場合じゃないから。

歌に演奏に、とにかく集中しなきゃいけないから。






 ライトが点灯すると同時に、崎やんの合図がある。

カンカン・・・と、スティックを交差させる音が4回鳴って、ステージの始まり。



「Do you have the time to listen to me whine? About nothing and everything all at once・・・」




 歌もギターもドラムもベースも同時に始まるこの

「バスケット・ケース」。

出だしが何よりも肝心な曲だ。

練習のときはタイミングが合わなくて、何度も失敗した。

でも、その失敗も今日のためだったんだね。

自分でもびっくりするくらいに3人ぴったりで。

こうなるとすっげー歌いやすくて。

自分の声が気持ち良く体育館中に響くのがわかる。

この感じ、たまんないや。

もうこれだけでどこかへいっちゃいそうな気がするよ。

ギターの調子もすげー良くて。

牧野サン、聞いてる?

洋楽苦手って言ってたけど、この曲は絶対知ってるでしょ?

俺、結構かっこいいでしょ?

そんなこと思いながら客席に視線走らせて。

見つけたのは白い大きな布。

結構前のほうの真ん中で陣取ってたのはクラスの奴らで。

大きな布には大きな文字で『ビバ☆田村&正子』なんて書いてある。

おいおい、ここまで来ても俺は正子なわけ?

平井をはじめとする男子陣は『たーむらーっ!!』なんて叫んでるし。

俺の名前も叫んでよ・・・って思ったら、後から『正子ーっ!』って続いた。

結局俺は女の子なのね・・・。

ちょっととほほだけど、まあいいや。今日は何でも許せる。

なんてったって、歌っててすっげー気分いいからね。







 そんなこと考えてるうちに、曲が終わった。

最後の一音を丁寧に終えると、客席からは拍手が。

って、ぜんぜん別の音も混ざってるような気がするんだけどね。

口笛の音とか、叫び声とか。

ま、盛り上げてくれようとするクラスの奴らの気持ちはすごく嬉しいから。


 本当はこのまま次の曲いきたいところだけど、一応自己紹介しなきゃだし、曲紹介もしなきゃだし。

何より、平井から『ステージの上からウチの店、宣伝しろよ』なんていう重大任務を仰せつかってしまったし。

あああ・・・歌うときより緊張する。

さっき言ったけど、俺って本当にあがり症だから。

『大勢の人の前で緊張しないために、そいつらを野菜だと思えばいい』なんてよく言うけどさ、

それってすっげー無責任だと思わない?

俺ほどの想像――妄想力の持ち主だって、さすがに人間を野菜と思えってのは無理だって。

目と耳が2つ、鼻と口が1つあるわけだしさ。

それをジャガイモの芽だと思えばいいってわけ?そりゃ勘弁だ。ピーマンやかぼちゃなんて、もっての外。


「・・・こんにちは。ラディッシュでーす」


 ちょっとしどろもどろになりながらも、何とか挨拶。

そしたら、客席―――クラスの奴らからだ―――から『きこえなーい!』なんて声が出て。

しかも向こうはマイクなしだってのに、俺より声が大きかったから、他の客席からも笑われて。

ちょっとショック。でも、同時にちょっと緊張もほぐれて。


「3年6組からきました、ラディッシュでーす」


 なんて、ふざけた感じで叫んでみた。この勢いで自己紹介も・・・なんて思って。


「ベース田村、ギター&ボーカル草野、ドラムは我らが崎山先生でーす」


 と、再び。そしたらクラスの奴ら、何ていったと思う?『草野正子―』だって。

おいおい、ここでそれはないでしょ・・・会場がどっと笑いの渦に巻き込まれてさ。

前方に座ってる女の子達の会話が耳に届いて。


「ねえ、あの人どこかでみたと思ったら・・・昨日から女装して学内回ってた人だよね?」

「ベース弾いてる人も一緒に歩いてなかった?なんか男物の中国服着てた人」

「あの人たちだったんだ・・・ちょっと怖い・・・とか思ってたけど、今日の客引きだったんだねー」


 ・・・好き勝手言ってくれちゃって。

ステージの上で微妙にショック受けてる俺。

くるりと振り返ったら、同じようにショックを受けてる田村と、笑いをこらえて肩が微妙に震えている崎やん。

おい、自分の教え子がもう少しで変態にされるところだったんだぜ?

のんきに笑ってる場合じゃないだろ?ってまったく。

崎やんは笑ってる場合じゃないけど、俺らも落ち込んでる場合じゃないから。

とりあえず顔上げて、笑って見せた。


「昨日今日は、女装して学内歩いてました。 ついでに今日の後夜祭時間もそのカッコでいますので、
 俺を見たら『夢想人』までお茶のみに来てくださいねー」


 もう、半分自棄。

ちょっと笑顔が引きつってるかな?後ろで田村が息を飲んだ音が聞こえた。

ほんと、ここまできたら開き直るしかないよね。

あと10分少々のステージ。

盛り上がるんだったら、何でもやろうってのがプロ魂なんじゃないの?


「で、次の曲です。これは俺らが作った曲で、タイトルなんかはまだ決まってません。
 一応仮のタイトルが『野球狂の歌』ってんだけど・・・。あ、巨人の星とは関係ないからね。
  俺アンチ巨人だから」


 福岡県民は、何があってもホークスでしょ?って言ったら、客席からは同意の声。


 8ビートの簡単な編曲。奇抜なものとかやってみたいけど、今の俺には到底無理だから。

アップテンポで鳴らし始めて。『野球』って言葉から連想した言葉の羅列。

多分文字列にして読んだら、ほとんど読解不明の文章なんだけど。

音楽なんて、半分はノリだからね。

いいメロディと、それにあった歌詞。

これさえクリアすれば・・・なんて思ってる俺は、まだ甘いかな?


 サビの部分で、客席に手拍子するように合図する。

さすがはクラスの奴ら。そういうことへの反応はものすごく早いね。

立ち上がって全員で手拍子。

それどころか、頭がんがん振って狂ってる奴までいる。

おいおい、そこまでのれる曲か?これって。

あ、でも女の子達が体揺らしてるのはかわいいかも。

牧野サンまで・・・。

お、いいアングルです。ステージが客席よりも低い位置にあったら・・・って、俺バカ?

演奏中だけどちょっとがっくり。

こんなところでエロチューン炸裂させてる場合じゃないっしょ?

一部の人間がここまでのってると、他の人にも伝染するんだよね、こういうのって。

少しずつ手拍子の渦が広がって、曲が終わるころには会場中からその音が響く。

やっぱり最後の一音は丁寧に弾いて。

客席に目をやったら、みんなの笑顔が見えた。

つまらなそうな顔してる奴が見えなくて。ちょっと嬉しかったっけ。

まあ、ステージ見学も自由参加だから、興味のない奴は最初からいないんだけどね。


 なんか、ここまで盛り上がってるのにあと1曲で終わるのはちょっとさびしい。

でもそうも言ってられないし。

割り当てられた時間は決まってるし、もっと演奏したいっても、できる曲のストックなんてない。

最後の曲は特別だしね。


「では最後の曲。オーディションでやった曲とは変えて、バンプオブチキンの『ハルジオン』やります。
 『天体観測』知ってる人は多いんじゃないですか?」


 俺の問いに、『知ってるー』という声が響く。うん、そんなことだと思った。

天体観測は知ってても、ハルジオンは知らない。

ついでに言うと、天体観測がバンプのデビューシングルだと思ってる人が多いことも事実だ。

ここで言っておこう。バンプのデビューシングルは『ダイヤモンド』。

天体観測はセカンドシングルである。


 大きく深呼吸してから、弦を押さえる。

目を閉じて、神経集中。

他の曲と違って、これは俺のソロで始まるから。

会場中がしん・・・と静まって。

空気の振動が止まったことを確認してから、弦を弾いた。






 ワンフレーズ歌って、田村が入って、崎やんが入って。

本当ならギター3本使ってる曲だから。

あらかじめ打ち込んでおいたギター音も入って。

前の2曲とは比べ物にならないくらい厚い音が会場中に響き渡る。


 ハルジオン。

目にすることは多くても、実際にその名を知る人はいないだろう。

野原に、電柱の影に。細い体を懸命に伸ばして、白くて可憐な花を咲かせる。


『いつの日も ふと 気付けば 僕のすぐそばで どんな時も 白いまま 揺れてた 誰のタメ? 何のタメ?』


 でもきっと歌ったのは花のことじゃなくて。藤原くんは誰をこの花に投影させたのだろう。

気付けば隣で笑っていた誰か。

じゃあ、気付かなかったらどうなる?


 考えれば考えるほど切ないこの歌詞を、藤原くんではない俺が歌う。

歌詞解釈が違うから歌い方もきっと違って。

ここに響く『ハルジオン』は、完全な俺だけの世界。

切なすぎるのかもしれない。

重すぎるのかもしれない。

でも、これが俺だけのハルジオンだから。








 ギターソロに入って、好きなように鳴らして

―――打ち込み音があるから、テンポは変化できないんだけどさ―――

また歌のソロがあるから、それに向けて体勢の準備。

客席の様子はどうなんだろう。

ここまで自分に夢中になってたから、そっちを気にする余裕なんて全くなかった。

くるりとあたりを見渡して、やっぱりある一点で止まる。



笑顔のショコとユカの間で、それに相反する表情でじっとステージを見つめる彼女。

あ、この顔知ってる。始業式の、桜のときと一緒だ。

儚くて、消えてしまいそうなそれ。


なんで?


どうして?


だって、この曲を望んだのは牧野サン、君だろう?



 突然の出来事に心がざわつき始める。

集中力が音を立てて切れて、もうテンポも何もわかったもんじゃない。

必死になってつなぎとめようとするけれど、視線も意識も完全に牧野サンへ向いてしまった。



 おい、高校生活最後のステージだろ?これ、成功させるって、田村とも言っただろ?

しっかりしてくれよ、俺・・・目をぎゅっと閉じて、脳裏に浮かんだ彼女の残像を必死で追い出す。

頭を振って、目を開けて。




 今でもわからない。暗い体育館で、どうしてはっきりとわかってしまったのか。

でも、間違いじゃない。目を空けた瞬間に飛び込んだ彼女の姿。

目元できらりと光るものは、明らかに彼女の涙だった。
 





                           


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                                     BGM♪bump of chicken:ハルジオン