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 遠足の場所を教えてくれたのは、意外にもテツヤだった。マックでの恥ずかしい時間――もちろん、直井が1人でどこかへ昇天してしまったやつだ――を何とかやり過ごし、じゃ、そろそろ帰ろうか・・・と店を出た瞬間、ジーンズのポケットに入れておいたケータイが、勢い良く鳴り出す。しかも、メールではなく着信音。誰かと思えばテツヤからで。通話ボタンを押して『ハイ』と言おうとしたけど・・・

『今どこにいるんだ?家か?田村んちか?図書館か?』

 耳が痛くなるほどの大音量。それは傍にいる田村や直井にまで聞こえたらしく。奴らは目を丸くして驚いた。でも、一番びっくりしたのは俺だ。とりあえずできる限り電話を耳から離し、テツヤの声が止んだところで、落ち着けよ、と言ってみる。それで落ち着いちゃったらテツヤじゃないけど、なんて思いながら。


「今、天神にいるよ。田村と直井と一緒に」

『わかった。今からウチ来い。作戦会議だ』

「・・・は?」

『30分以内だぞ。遅刻したら・・・泣くぞ!』

「お・・・」


 待てよ、という前に電話は切れた。っつーか、何。『遅刻したら泣くぞ!』って。泣けばいいじゃん、勝手に・・・と思うものの、やっぱり男に泣かれたら後味悪いよな・・・と、傍に立つ田村と直井の顔を交互に見る。今更、電話の内容を伝える必要はないだろ。だって、絶対聞こえてるはずだもん、あの大音量じゃ。


「作戦会議かー・・・俺も、立てた方がいいかな。『あやのっちとラブラブ大作戦!』とか」
「いや、そのネーミングセンスはどうかと思うけど・・・」


 そこ、真面目に突っ込んでる場合じゃないだろ、と、俺も心の中で田村に突っ込みを入れる。しかしアレだ。テツヤの言ってた『作戦会議』っつったら、やっぱりそれしかないよな。あー・・・遠足前日からラブハリケーンの襲撃だよ。予想外だ、全く。


「で、行くのか?」

「行かなきゃ・・・でしょ。テツヤに泣かれるの、嫌だし」

「作戦会議かー・・・俺も行こうかな」

「よし、来い。っつーかむしろ来てくれ」


 田村がバシッと直井の肩を叩く。その顔が、なかなか結構面白い。確かに、直井が一緒に来てくれれば、『作戦会議』とやらは2人で勝手に立てるだろうし。そしたら、俺らはテツヤのバカな妄想に付き合わずに済む上、『作戦会議に付き合ってやった』という既成事実も作れる。友達思いじゃん、俺も田村も。

 ということで、行先をテツヤの家に変更して、3人でバス停に並ぶ。こういうとき、高校生はいいよなぁ・・・と思う。西鉄のバス、市内は乗り放題だから。けれど弊害もあって。


「進まねー・・・」

「気長に待て」

「でもさぁ・・・」


 テツヤ、30分以内に着かないと泣くって言ってるし。けど、これは不可抗力だよなぁ。夕方の明治通りが、どんな風になってるか・・・なんて、少し考えりゃ済むことだった。日曜日の夕方、遊びに勤しむ若者が一気に集結してるんだから・・・道が混むのは明白だ。バスものろのろしか進まず、乗ってる俺らはイライラ。あー、こんなことなら、地下鉄で行けば良かった。

 平日だったら15分で行く道のりが、何故か20分以上もかかってしまった。バスを待ってた時間を含めると、既に約束の30分は経過していて。バス停に着いた瞬間、俺らは猛ダッシュ。っつか、遅刻するわけでもないのに、こんなに猛ダッシュするのは結構不本意だ。でも『遅刻したら泣く』って言う奴がいるから仕方ない。テツヤが泣くのはいいけど、泣いて拗ねられるのはいやだ。だって、後が面倒だから。


「おじゃましまーす」


 3人で声を合わせて、テツヤの家の玄関を開ける。『勝手知ったるナントヤラ』ってやつだ。靴の数から察するに、おじさんもおばさんも姉さん――テツヤには、大学生のお姉さまと、テツヤと双子の姉がいるのだ。テツヤに似てない美人で、俺たちのもう1ランク上の、修猷に通っている。ウチのバカ弟の志望校だ――も留守と見える。『テツヤー、来たぞー』と叫ぶと、2階でバタバタと騒音がした。それが次第に大きくなり、・・・階段を猛スピードで駆け下りるテツヤが、ようやく姿を現した。その表情は何故か切羽詰ってて、俺たちに向かって『遅いよ遅すぎる!!』とまくし立てる。


「20分で来いって言っただろ?来なきゃ泣くって、言っただろ?」

「お前、それは無理だぞ。日曜日の夕方、明治通りを走るバス、想像してみろよ。っつか、30分って言ってたじゃん」

「・・・そんなもんは関係ない!気合が足りないから遅れるんだよ!」


 支離滅裂の言葉の羅列。っつか、その気合ってなんだよ。『バスは時間通りに着くんじゃぁ!』とでも祈れば良かったのか?そりゃ、ちょっと恥ずかしい。その後、テツヤは俺の頭をぽかっと殴って、本当に泣き出した。・・・おいおい、ちょっと待てよ。この世の中のどこの世界に、ピアスジャラジャラつけて、シルバーアクセもじゃらじゃらつけて、みょうちくりんなカッコして、子供みたいに泣くバカがいるよ。

   


「・・・草野、諦めろ」


 かける言葉を見つけられず、とりあえず絶句状態の俺の肩を、田村がぽんぽんと叩く。お前はいいよ、頭殴られなかったんだもん。あれ、結構痛かったのよ?と言ったところで今更どうにもなるわけじゃない。悪かったから・・・と謝ってみるけれど、その言葉は耳に届いてるんだか届いていないんだか。手がつけられずに困っていたけど。


「三輪!俺はお前の気持ちが良くわかる!」


 突然。黙ってその様子を見てた直井が、テツヤの手を取った。その目は妙に輝いてて・・・・既に、スイッチオンだ。


「決戦は月曜日、だよな!明日が勝負なんだよな!明日の勝負に勝つためには、今日の計画を完璧にしなきゃいけないもんな!!」

「・・・わかるのか?直井はわかってくれるのか?!」


 ぴたりと泣き止んだテツヤは、直井と同じようにその手を握り返す。そしてその目は・・・直井と同じだ。こっちも、スイッチオン。今この家に、おじさんもおばさんも誰もいなくて、ホントに良かったと思う。わが子のこの姿を見たら、いくらテツヤの親だって、度肝を抜かれるってもんだ。


「俺は『秋の遠足!ユカちゃんとラブラブデート大作戦!』を成功させたいんだ!」

「俺も『受験前の最後の息抜き!あやのっちとラブラブデート大作戦!』を成功させたいんだ!!」


 目指す先は共に同じ、行こうぞ友よ!・・・なんて、妙な青春ドラマさながらの光景。そして、俺と田村は・・・少し、いやかなり引き気味。そりゃ、俺だって牧野サンと楽しく回れたら、って思ってるし、ショコだって田村と仲良く回れたら・・・って思ってるはずだ。でも・・・ちょっと、これは酷いんじゃありゃしませんか?


「とにかく、俺の部屋に行こう。色んなシミュレーションをして、レポート用紙にまとめてみた。一応、作戦はAからEまであるぞ」

「そりゃすげえ。俺たち一心同体だから、共に協力できる作戦で行ったほうがいいな」

「そうだ、マサムネと田村だけだと頼りなかったけど、こうして『同志』がいるとなると、心強さは元気100倍!」

「・・・意味わかんねえよ」


 あえて突っ込んでみたけど、それは見事にスルーされた。2人は手を取り合って階段を駆け上がり、玄関先には、呆気にとられた田村と俺が取り残される。


「・・・多分、このまま帰ってもばれないよな」

「でも、俺まだ死にたくない」


 一応、付き合うふりはしてやろう、という田村にしぶしぶ頷き、俺はスニーカーを脱いで、テツヤの部屋へ向かった。




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