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「・・・ここはいつから高校生のたまり場になったんだ?」


 扉を開け、開口一番そう言った亜門の顔は傑作だと思った。だってさ、目も口もまん丸で、間抜けな事この上ないんだもん。でも、そう言いたくなる気持ちもわからなくはない。だってここは、美味しいお酒とオシャレな空気が味わえる――というフレコミの――亜門の店だから。カウンターに座り、あっけらかんと笑う直井と、気まずそうに小さくなる田村と、亜門の変な顔を見ることができて、大満足の俺。既に着替えを済ませ、中に立ってグラスを準備する坂口さんは、心底申し訳なさそうに、でもどこか楽しそうな表情で『すみません』と謝る。


「ここにくる途中に、捕獲されました」

「捕獲ってお前・・・」

「店まで強制連行でした」

「・・・もう、いい」


 坂口さんの言葉を、片手を制して止める。亜門はわざとらしく大きな溜め息をついて、俺たち高校生3人組を順番に見た。妙ににやついた直井と、ちょっと満足げな俺。そして田村を見て、突然営業スマイルを作る。それに対して、田村はまた萎縮。・・・これも珍しいよな、田村が困ってるっていうのも。奥田さんを相手にしてる以外じゃ、滅多に見られない。亜門が『田村くん?』と尋ねると、不思議そうに首をかしげながら、それでもはい、と頷いた。


「マサムネから、よく聞いてるよ。いつもこいつの尻拭いばっかりさせられるとか」

「ちょ、そんなこと言ってねえし!」


 急いで突っ込み入れたけど、2人には聞こえてるんだかどうだか。亜門の言葉で、ちょっと気が楽になったのか、田村の固かった表情が和らいだ。けど、コケにされた俺は面白くない。ちょっと不貞腐れて、坂口さんにもらったグラスに口をつける。


「ところで、なんでお前らいるんだ?っつーか、どこで坂口を捕獲できたんだ?」

「てんじーん」


 同じように坂口さんにもらったドリンクのストローをすすり上げる直井が、気の抜ける声で答える。3人の前にそれぞれ置いてあるグラスに気付き、亜門が『アルコールじゃないよな?』と坂口さんに聞いた。もちろん、アルコールじゃない。『外が明るいからまだダメ』という、よくわからない理由で、お子様でも飲めるノンアルコールのカクテルを作ってくれた。でも、坂口さんは上手いよな、と思う。『未成年だから』なんていうカチカチの理由じゃ、俺らが納得しないことわかってるから、そう言ったんだよな、多分。外が明るいのは、俺たちの力じゃどうしようもないし。ちなみに、直井はバナナジュース、俺は前と同じレモンスカッシュ、田村はただのコーラ、だ。


「先週の模試のために、草野と田村にはすげー世話になったから、ちょっとお礼をしようと思って、天神呼び出したら・・・偶然、坂口さんに会ったんだ」


 そうなのだ。『先週のお礼がしたい』って朝メールが来て、直井と田村と3人で、昼から天神へ繰り出した。で、直井のおごりでカラオケ行って、今からどうしようか・・・って言ってたら、偶然坂口さんを発見して。やることなかったし、坂口さんも『いいよ』って言ってくれたから――でも、亜門さんに後から怒られるかもしれないけどね、って苦笑もしてたけど――そのまま店についてきた。坂口さんと初対面、亜門とは会った事も話したこともない田村は、自分は遠慮するって帰ろうとしたけど、直井に強引に連れられてきた。むしろ、捕獲連行されたのは、田村かもしれない。


「・・・そういえば、模試はどうだったの?」



 坂口さんが、いつもの温和な表情を浮かべながら、直井に聞いた。その瞬間、はっと息を呑む音が聞こえて。あーあ、バカ。墓穴彫ってやんの。亜門にまで『教わった英語と数学くらい、点数上がったんだろ?』なんて聞かれてて。この空気の中じゃ言えないよな、実は寝坊して、1限の英語ほとんど受けれませんでした・・・なんて。自業自得・・・とも思ったけど、昨日の直井を思い返してみるとやっぱり可哀想だから・・・ちょっと、助け舟を出してやろうと思った。


「俺、亜門に言われたとおり声出して単語読みまくってたら、マジですらすら解けたよ。坂口さんに教えてもらった複素数も、何故かすらすら解けた。マジで170点くらい取れそうな気がする・・・・」


 2人のおかげだよ・・・と頭を下げると、亜門は『当たり前だ』っていつものように偉そうに、でも優しい顔で言った。坂口さんは『どういたしまして』って言いながらも


「それはマサムネくんの力だよ。俺はそれを伸ばす手助けをしただけだから」


なんて謙遜する。何、この2人の違い。・・・まあ、最初からわかってたことだけど。


「何、お前ら勉強会してたの?俺も呼べよ」

「いや、田村くんは僕たちと違ってお利口だから・・・」


 仲間はずれにされたと思ったのか、田村が少し拗ねた風にそう言った。・・・まあ確かに、あの日は何故か田村を誘わなかったんだよな。まあ、亜門のアパートも狭いし、5人でいっぱいだったから仕方ないんだけどさ。


「あーあ。模試も終わって、残すところは受験と卒業かー・・・楽しい行事は、明日の遠足で終わり。淋しいなぁ・・・」


 話題がそれたことにホッとした直井は、また元に戻されないように・・・と、自ら別の話題を振る。そういえば、明日遠足だったっけ。『お子様の響きだな』と亜門は鼻で笑い、『でも少し羨ましいですよ』と、坂口さんが苦笑する。


「遠足って、どこ行くんだ?」

「・・・」

「・・・」

「・・・」


 亜門の質問に、3人で顔を見合わせた。先週くらいに、お知らせのプリントもらったような気がするけど・・・模試の事やらなにやらで余裕なくて、読まずに捨てたような気がする。まるで童謡に出てくる白ヤギさんと黒ヤギさんのように。弁当は持ってきても来なくてもいい、って事だけは覚えてんのに。2人の表情を見ると、多分、俺とそう変わらないレベル。誰も知らないのか、今回の遠足の場所。


「・・・どっかの、公園だったっけ?」

「博物館じゃなかった?」

「あれ?手作り体験とか擦るんじゃなかったっけ・・・」


 三者三様の答え。でも、みんな自信がないのか、声が弱々しい。俺ら3人を見て、亜門が大きな溜め息をつく。


「・・・こいつら、これでも受験生か?」

「・・・まあ、今回は試験とは関係ないから、いいんじゃないですか?」


 坂口さんのビミョーなフォロー。きっと、内心亜門と同じこと思ってんだろうな。


「ま、楽しければいいって事で」


 亜門が店の時計を見て、パン・・・と手を叩く。


「あと1時間で開店だ。店の掃除や準備があるから、おまえらそれ飲んだら帰れよ。で、明日に備えて早く寝ろ」

「はーい」


 3人揃って、妙に元気なお返事。さっきの『お子様の響き』という亜門の言葉を思い出して、正しいな、と思ったら、何故か笑えた




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