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 ショコの情報通り、牧野サンは本当に休みだった。憂鬱な朝のお勉強時間が来ても、それが終わっても、朝の職員打ち合わせを終わらせた崎やんが教室へ来ても、扉をがらりと開けて現れる気配はなく。


「今日の欠席は牧野。体調不良だそうだ」


 としっかり丁寧に報告してくださった。もちろん俺のためじゃなく、今日の日誌を書く日直のために・・・だけれど。背後から視線を感じてちらりと振り向くと、ショコが意味深に笑いながら俺のこと見てて。何、心配でしょ?とでも言いたいの?それとも、俺のエイリアン顔の原因は牧野サンでしょ?って?それらは両方ともイエスであり、ノーである。心配、というよりは不安だ。俺が原因で休んだんじゃないの?って。でももしそうだったら、それはある意味嬉しくもあるわけで・・・だって、俺と妹のこと誤解してショック受けちゃったわけじゃん?それってもしかして、俺に気がある?・・・なんてさ。

 崎やんが教室から出てって、改めて後ろを振り返る。ちらりと見た最後部の席はひとつだけ空白で。何だか不思議な感じがした。いつもいる牧野サンがいない、ただそれだけなのに。ショコに視線を移すと、気持ち悪いくらいの笑顔になって。



「心配?ねえ、心配?」


 と楽しそうにきいてくる。


「・・・何が?」


 素直に答えるのも何だか癪なので、わざととぼけてみるけど、そんな俺の心ショコ知らず。無遠慮、という感じで『つくしのことに決まってんじゃない!』と言った。っつーか安藤さん、声大きいんですけど。一応、俺が牧野サンのこと好きっていうのは、クラス内ではナイショっつーか、できればあまり触れて欲しくないっつーか・・・俯き加減で教室内をくるりと見回したら、きっと俺たちの会話が聞こえただろう席――ショコの斜め後ろ、つまり俺の後ろの後ろだ――に座る直井が俺を見て、にやりと笑った。・・・なんか、やな笑い方。


「でもねー、昨日の夕方だったかな?変な時間に電話かかってきたんだよねー・・・つくし」


 ちょっと気になる・・・と言いながら、ショコが言葉を続ける。ってか、今の言葉は、俺も気になる。昨日の夕方って・・・俺と妹――あの時は『彼女』か、不本意だけど――が一緒にいるのを目撃された後じゃん。勘違いは身を滅ぼす・・・ってわかってるけど、ここは期待しどころじゃないですか?ねえ。でも、昨日の出来事を知らないショコの前で挙動不審な行動を取ることはできず、とりあえず自分を押し殺して『へぇ・・・』と頷いてみる。


「なんかね、体調悪いから明日休むかもしれない・・・とかって。日曜日に調子悪いんだったら、寝て、月曜日の朝には元気になって、って感じじゃない?いっつも『お金払って学校通ってるんだから、休むなんて勿体無い!』っていつも言ってるのに・・・」

「・・・牧野サン、そんな事言ってんの?」

「うん。他にもつくしの名言、たくさんあるよ。『コメは一粒も無駄にするな』とか『野菜の皮に価値がある』とか・・・」


 あの子も1人暮らししてるし、色々大変なんだろうね・・・なんてしみじみ言う。1人暮らしって大変なんだ・・・じゃなくて、牧野サンにそんな名言――迷言?があるんだ・・・ってか、そんな事言われたら、俺なんて全然ダメじゃん。茶碗に残った米粒とか、残すことあるし、滅多に料理なんてしないけど、野菜の皮なんて捨てるどころか、めちゃめちゃ暑く剥いちゃうし。ジャガイモとか、剥き終わって使う方が小さかったりするし。うわー・・・牧野サンと一緒に、料理とかしたくないなぁ。『勿体無いお化けに食われちまえ!』とかって、すごい勢いで怒られるんだろうなー・・・

 なんて、どうでもいいこと話してるうちに、1限のセンセ登場。前を向き直って、教科書なんかを出す。そのまま1日、ショコとの話は何となく流れちゃったけど・・・でも正直な話、ちょっとホッとした。昨日の今日で、牧野サンと顔合わせずに済んで。先週1週間だけでも結構辛かったのに、あんなことが重なっちゃったからさ。こんな言い方しちゃいけないんだろうけど、勉強に打ち込めるっていうか、教室内で後ろめたい気持ち感じずに済むとか、堂々と田村のところにいけるとか。そこまで考えて、俺って結構傷ついてたんだなぁ・・・って、今更ながらに実感した。

 その後も、コレ、といって大きな出来事はなく、いつも通り授業聞いて、昼メシ食って、クラスの奴らとバカやって、テツヤにチョップして、田村と帰途につく。


「で、朝聞きそびれたけどさ・・・昨日のデート・・・」

「だからデート言うなってば!」


 朝から何回言えばわかるんだか。昨日のはデートじゃなくて、タダの人助けなの!声を荒げてそう反論しようとしたけれど。


「そいえば、昨日新しいアルバム買ったんだけどさ、それが結構良かった。お前、聞く?」

「・・・聞く」


 音楽の話出されたら、ちょっと黙るしかないじゃん。偶然、俺も昨日CD欲しくてうろうろしちゃったし。おとなしくそう答えたら、してやったり・・・って感じで田村がにやりと笑って、夜ウチに来いよ、と言った。帰ったら、CDコピーしておいてやるから、と。


「・・・行く」


 じゃあ・・・と四辻で別れて、家に向かって歩き出す。すると見慣れた後ろ姿を2つ見つけて。珍しい、2人揃って、しかもこんな早い時間に帰ってくるなんて。『おい』って声かけようと思ったけど、やっぱりやめた。別に家に帰ればいやでも顔合わせるんだし、だったら今かける必要なんてない。それに、この歳になってキョウダイ仲良くオウチに帰ります・・・ってのも変な話だ。ここはあえて無視・・・と思ったけど。


「・・・やだ〜、兄貴じゃん」


 何を思ったのか、突然くるりと後ろを振り返り、俺の姿を見つけたバカ――もとい弟は、妙な笑顔を浮かべて、女走りで駆け寄ってきた。それに気付き、同じように振り返った俺の彼女――もとい妹は、そんな馬鹿の仕草に心底呆れた表情を浮かべながらも、何故か同じように俺に向かって歩いてくる。



「・・・ほんっと、小兄ってバカだよね」

「いいじゃん、偶然見つけた兄貴だぜ?少しくらい再会の感動味わったって」

「・・・別に今しなくても、家に帰れば会えるでしょ」

「それに、お前と再会したところで、俺は嬉しくないぞ。どっちかっていえば悲しいけど」

「・・・ガッコ終えて帰ってきた弟に向かって言う言葉がそれ?あー、ウチの兄貴ってつめたいー・・・ってか、俺につめたいー。たまには優しくしてよ」

「断る」


 ほんと、バカ、こいつ。顔の前で両手を組んで、腰をくねくね躍らせてる弟は無視して、すたすたと歩き出す。すると妹が小走りで俺の後ついてきて。


「大兄、今日マリの散歩一緒に行こうよ」


 と、世にも奇妙なことを言い出した。あまりにも奇妙過ぎて、思わず立ち止まって彼女の顔をまじまじと見る。ついでに『熱でもあるのか?』なんで額に手を当てて。そしたら『熱なんてないし普通だよ!』と蹴りを入れられた。


「別にいいじゃん。妹が兄を誘ったって!」

「・・・裏がありそうで怖いんですけど・・・」


 昨日の今日だから、また『彼氏役お願いします!』とか?やっぱり原中のやつら、俺がこいつの彼氏だって信じきれてなくて、夜偵察に来るとか・・・うわー・・・自分で言っておきながら何だけど、ありそうだから怖い。と、背筋にゾクゾク感感じて顔を顰めてたら。


「何?また俺を差し置いて2人で出かけちゃうわけ?昨日も、妙に親しげに天神行っちゃったみたいだしさ・・・俺、ちょっと傷ついてんのよ?」


 と、腰をくねらせながらバカが話に割り込んできた。


「別に1人で傷ついてればいいじゃん。あたし、小兄には用事ないし。っつか、むしろ用事作りたくもないし」


 早く中学卒業してほしいよねー・・・と暴言を吐く妹に、思わず笑ってしまった。確かにうるさいし、いやになることもあるけど、キョウダイって良いかもしれない。なんて、こんなところで少しだけ思ってしまったのは、もちろんこいつらにはナイショだ。


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