そっと目を開けると、見慣れない光景。
 あたりを見渡して、驚いた。
 心配そうに私を覗き込む道明寺と、その隣に立てられている、見慣れない物体。
 それから出ている細い管はくるくると回って・・・私の腕で終着する。













 
 「・・・点滴?」

 腕に差し込まれる針と、その先から流れ込む黄色い液体。
 
 「あと、5分で終わる」

 優しい声でそう言って、道明寺はベッド脇から立ち上がる。
 ・・・ああ、電話ね。点滴終わるから。

 首だけキョロキョロ動かして、部屋の様子を確かめる。
 病院・・・って訳じゃなさそう。
 そして、少しだけ見覚えのあるここは・・・メープルホテル?

 やがて訪れた医者らしき男性は、手際よく私の腕から針を抜き、止血テープをはる。
 もう大丈夫ですよ・・・と笑うと、道明寺に一礼して部屋を出た。

 「疲れからきた、貧血だってよ」

 「・・・そう」

 「・・・・・」

 「・・・・・」

 なんだか、気まずい。
 朦朧としていた記憶が戻っちゃって・・・
 道明寺に吐きまくった罵詈雑言。
 あんなに酷い事言わなくても良かったのに・・・と、今さら反省。
 ここは、すっぱり謝った方が良いよね?
 意を決して、深く深呼吸。

 ところが


 「・・・悪かったな・・・」


 道明寺の意外な言葉に、思わずむせた。
 思う存分咳き込んでから、道明寺の顔を見る。

 「・・・なんだよ、そのばけもんを見るような目つきは」

 「だって・・・」

 ファミレスでの一件は、全て私に非がある―――
 まあ、少しは道明寺にもあるけれど―――
 なのに
 どうして彼が謝るのだろう。
 さっきまでとは違う、その優しい瞳に覗き込まれるだけで、自己嫌悪の涙が浮かぶ。
 
 「・・・なんで謝るの?」

 泣き顔を見られたくなくて、再びベッドにもぐりこむ。
 今度は頭まで。

 「・・・お前の体調が悪い事、分かってやれなかったからな」


 俺にめちゃめちゃまくし立ててた時、お前のろれつがおかしかった。
 焦点も定まってなかったし。

 
 
 だってそれは・・・
 道明寺が勝手すぎるから、つい言葉が出ちゃっただけで・・・
 興奮して、言葉が止まらなくなって。
 だから、本当は私が謝らなきゃいけないのに・・・

 

 「お前が忙しい事分かってたのに、今日だけは外せないなんて、勝手に焦ってさ・・・
  自分のことばっかで、何もわかってやれなかった」

 彼氏、失格だよな・・・

 聞こえないほどの小さな呟きが、胸に突き刺さる。
 胸が痛くて、悲しくて、自分が情けなくて、ぽろぽろ零れ落ちる涙。
 体がだるくて起き上がれないから、代わりに道明寺の指をぎゅっと握った。

 「謝らないでよ・・・」

 自分のことばっかだったのは、私だって一緒だ。
 ようやく分かったよ、今日は12月24日。
 続き部屋のテーブルの上にあるのは、2人分のグラス。
 
 「私だって、私だって・・・・・」

 もう、最後は言葉にならない。
 子供のように泣きじゃくる私を、道明寺は優しい瞳で見つめる。
 背中にそっと手を当て、ゆっくりと起き上がらせてくれる。

 「・・・・・」

 肩にかけられる、暖かい『何か』。

 「・・・これ・・・」

 「プレゼント」

 モスグリーンのストールは、さわっただけで高級品と分かる。
 柔らかくて、薄くて、それなのにとても暖かい。

 「大事な時期に、風邪なんか引いたらバカみたいだからな」

 もうひとつ・・・と、ポンと投げられた小さなモノ。
 手にとって見れば、それはお守りで・・・

 「これ、どうしたの?」

 ストールをかけてくれた時とは比べ物にならないくらい赤い顔をして、そっぽを向く道明寺。
 もう、それだけで分かる。
 私のために、わざわざ買ってきてくれたんだね・・・
 
 「ま、まあついでだったしな・・・」

 何がついでよ。
 『大宰府天満宮』なんて、一体どこへ行ったついでだって言うの?
 バカみたいな道明寺の優しさが嬉しすぎて・・・

 「ごめんなさい・・・・」

 道明寺の胸にしがみついた。
 
 彼がストールを選んでいる間、彼が九州へ行っている間、
 私は少しでも彼の事を考えていた?
 今日だって、私は道明寺のために何一つ準備していない。
 自分のことばかりで精一杯で、彼に対する不満ばかり羅列して・・・・

 「・・・もう、いいから・・・」

 背中に回る、優しい腕。
 耳に届く、低くて優しい声。
 心地よい、高貴なコロンの香り。
 
 「おまえは、自分のこと頑張ればいいから。時々は苛々させるかもしれないけど、
  でも、ちゃんと応援してるから・・・・」

 涙で頬をぬらしながら、私は何度もうなづいた。



 


 今夜はクリスマス・イブ。
 明日はイエス・キリストがこの世に生を授かった、愛に満ちあふれた日。

 私は大切な人の腕の中で、彼に愛される喜びを知る。

 Silent Night
 
 全ての人に、神の御心を・・・
                        








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