道明寺邸、朝6時。


「おはようございます。タマ先輩。」

「おはようございます。いいお天気ですね。」

「あぁ、おはよう・・・。」

・・・・・・・・

答えながら、タマは空を見上げる。
昨日の大雨がウソのように、今朝の空は雲一つなく澄みわたっている。
いや、かえって大雨のせいで、さらに青の色に深みが増したようにさえ見える。

いつもの朝の掃除が始まる。
若いメイド達がきびきびと作業を片付けていくのを見ながら、タマの心は晴れない。

そのタマの心を知っているのか、メイド達の動きにもどこか元気がない。
いつも先頭にたって明るい笑顔を振り撒いているあの娘がいないせいなのか・・。

「どこへ、いっちまったのだろう・・?」

思わずつぶやく・・・あの子に行くあてなんてあるのだろうか?
激しい雨の中、傘もささずに泣いていた姿を思い出して、タマは暗澹とした気持ちになる。
大きな荷物を持って雨の中に消えていった小さな後ろ姿。

思い出して、タマは大きなため息をついてしまった。

「あの・・先輩・・。」

一人の年若いメイドがおずおずと声をかけてきて、タマは現実に引き戻される。

「・・なんだい・・?」

「坊ちゃま、昨日かえっておいででしたよ・・ね。」

「あぁ、それがどうかしたのかい・・?」

「お部屋にいらっしゃらないようなんですけれど・・・。」

「・・なんだって・・?」

思わず、声が大きくなる。
杖の音を高く響かせながら、司の部屋へと急ぐ。
 
ばんっ!!

ドアを開けたタマの眼に入ったのは、寝た形跡のないベッドだった。
バスルームのところには、昨日司が着ていた洋服がずぶぬれのまま脱ぎ捨ててある。

「いったい、どこへ・・?」

まさか、あの子を探しに・・・?
タマはそう考えかけて、頭を振った。

「・・・あんたのこと好きだったら、こんなふうに出て行かない・・。」

あの子は、坊ちゃんにはっきりと言い放ったのだ。
その言葉で、あの子は坊ちゃんの心に鎖をかけたのだ。
最後の力をふりしぼって・・・坊ちゃんが動けなくなるように。

坊ちゃんは、あの子が泣いていたのを知らない。
体中の涙を振り絞るようにして泣いていたのを、見ていない。
激しい雨だれの中に、あの子が隠してしまった想いを知らない。

あの子の涙を知ったら坊ちゃんはきっと走り出してしまうから。
あの子を探し出して抱きしめようとしてしまうだろう。
でも、それはあの子の望みではないから・・・・。



・・・・・・・・

「あの・・三沢さんに相談しましょう・・か?」

声をかけられて、タマは我に返る。
三沢はこの屋敷の警備担当者だ。
司がこの屋敷を抜け出したかどうかは彼に聞けばわかるだろう。

「・・いや・・いい・・。」

不審そうに見つめられて、言葉を続ける。

「・・きっと、坊ちゃんはこの屋敷のどこかにいるにちがいないから・・。」


メイドたちには仕事を続けるように言い渡して、タマはゆっくりと廊下を歩き始めた。

・ ・・・・・・・

司が小さかった頃のことを思い出す。
ピアノのレッスンが嫌で逃げ出した小さな司を探し回ったこと。
あの時は庭のミモザの茂みに隠れていた。
司の巻き毛が枝に絡まって身動きならなくなって見つかったのだ。
かんしゃくを起こして真っ赤になっていた司の顔が、眼に浮かぶ。

原因は何だったか忘れてしまったが、椿にこっぴどく叱られて、
姿を消してしまった司を探し回ったこともあった。
あの時は屋敷中すべてを探しても見つからなくて途方にくれてしまった。
疲れ果てたタマが部屋に戻ってみると、座布団を枕に丸くなって寝ている司がいた。
拍子抜けして、へたへたと座り込んでしまったのを思い出す。

いつの頃からか、タマの部屋に逃げてくることはなくなった。
その頃からだろうか、司の瞳から明るくて無邪気な輝きが消えて、
暗い残忍で投げやりな光が宿るようになった・・・。

きっとこの屋敷のどこかに、司は深手を負った野獣のように潜んでいるのだろう。
傷が癒えるのを待って・・・癒える?・・・タマは頭を振った。
いつか坊ちゃんの心の傷が癒える日が、果たしてやってくるのだろうか?

・ ・・・・・・・

タマは、ある部屋の前に立ち止まる。
ドアノブに手をかけかけて、一瞬ためらう。

・・・きっと・・・

そう、この部屋はあの子が使っていた部屋だから。
でも、哀しすぎるじゃないか・・そんなこと。

・・・カチャ・・・

哀しい想いを振り払うように首を振ると、
静かにドアを押し開けて中をうかがう。

・・・やっぱり・・・

ベッドカバーをかけたままのベッドの上に司がバスローブ姿のまま眠っていた。
明るい朝の光が差し込んでいるというのに、動く気配はない。

タマは足音を立てないようにそばに寄って、その寝顔を覗き込んだ。
思ったよりも安らかな表情を見て安心する。

黒い巻き毛が額に垂れ下がり、長いまつげの下に漆黒の瞳は隠れている。
高い鼻梁の下、わずかに開いた唇の間から規則正しく寝息が漏れる。
少し照れたように微笑んでいる寝顔を見て、思わずつぶやく。

「何の夢をみているのだろう・・ね。」



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そう言えば、この数日間も夢のような日々だったとタマは思う。
坊ちゃんの明るい笑い声が屋敷の中に響き渡って・・。
屋敷中が生き生きと活気にあふれていた。

以前は腫れ物に触るようにして、びくびくと恐れていた使用人たちも
いつからか、司の帰宅を心待ちにするようになっていた。
それなのに・・・。

もう、あの輝いていた日々は戻ってこないのだろうか・・・。
あの明るい笑い声は響いてこないのだろうか・・・。
ほんの一日で、この屋敷は寒々と冷え切ってしまった。

・・・・・・・・

「・・・そうっと、しておこう・・・。」

あとほんの数時間でも・・いや、数分間でもいい・・。
もうすこしだけ、優しい夢の世界に遊んでいられるのなら。
楽しかった夢の世界にいられるのなら。

次にこの瞳が開くとき、間違いなくそこにあるのは絶望でしかないのだから。

タマは静かに部屋からすべり出た。
そうっと、後手にドアを閉める。

「・・・なんで、坊ちゃんも・・あの子も
こんなに苦労しなきゃならないんだろうね・・・。」

ゆっくりと歩き始める。

「・・・・ほんとに胸が痛むよ。」

空だけは抜けるように青い。




















ふふふ・・・・
その後…続きがちょこっとおまけであります。( ̄ー ̄)ニヤリッ
読みたい人〜〜♪

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story:青空

作: NMさま