Tatami


腕時計を取って
ピアスをはずし、指輪もはずし、
靴下を脱いで、足袋を履き、
洋服を脱ぎ捨てて着物を羽織る。
えりを合わせて、帯をきゅっと締め上げる。

「さ、いきますか・・。」
鏡の中の自分に声をかける。

・・・俺が、ただの高校生から西門流次期家元にかわる瞬間。


茶室の中を静寂と陰影が支配する。
明り取りの障子、床の間の掛け軸、小さな花活け。
茶釜のなかでたぎる湯の音だけがBGM。


・・・・・・・・・・


「あたしにとっての一期一会は・・・ビルの屋上でジローを待っている、あの朝でした・・。

あの一言が小さなとげのように、心の奥底深くに刺さっている。
俺にとっての一期一会はあの瞬間だった・・・でもその機会は二度と来ない・・・。

サラに別れを告げられたあの朝の記憶を、しっかりと封印したつもりだった。
もう本気で恋なんかしないつもりだった。
もう絶対に・・・しない。

だけど、最近、なんかちがうような気がしてきた。
うまく表現できないけれど・・・何かが違う。

きっと、あいつらのせいだ。
あいつらのおかげで調子が狂ってきている。
きっとそうだ。
そうに違いない。

あいつらときたら、全くもうなんなのだ。
忍耐強いと言うべきなのか、あきらめが悪いと言うべきなのか。
いつもいつも一生懸命で、哀しくなるくらいにひたむきなのだ。

ひょっとしたら、恋っていうヤツは、
ちっとも格好よくもなく、おしゃれでもなく、
ドタバタ、ジタバタしたものなのかもしれない。

猪突猛進、暗中模索、疾風怒涛、波乱万丈、支離滅裂。

もしかして、恋っていうヤツは、
傍から見れば、しなくてもいいような苦労を背負い込んで、
それでも本人たちは、結構幸福だったりするものなのかもしれない。

無我夢中、五里霧中、七転八倒、阿鼻叫喚、満身創痍。

本当は、恋っていうヤツは、
淡雪のように消えてしまったと、嘆き悲しむものではなく、
声を嗄らして呼び戻し、力ずくで奪い取るものなのかもしれない。


・・・・・・・・・・
                                         

戦国時代の武将たちが好んだ茶の湯、
戦場では敵味方に別れて戦うかも知れない相手との一期一会。
明日はどちらかが、屍となるかもしれない友人との一期一会。
その瞬間をかけがえのないものとして、精一杯のもてなしをするのが一期一会。
茶室という小さな空間の中での、心と心の真剣勝負。


そりゃ確かにそうだけれど・・・、
誰も、一回きりでオシマイだなんて言ってないよな・・利休さんよ。



ピアスをはずし、指輪もはずし、
靴下を脱いで、足袋を履き、
洋服を脱ぎ捨てて着物を羽織る。
えりを合わせて、帯をきゅっと締め上げる。

「さ、いきますか・・。」
鏡の中の自分に声をかける。


・・・もう少し、俺もドタバタ、ジタバタしてみてもいいのかもしれないね。





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