蛇の生殺し・・・とは、このコトを言うんだ
拷問だ、ちくしょう・・・





嫌がるつくしを説き伏せて、なんとか辿り着いた異国の地。ここはハワイ!
司の『一足早い新婚旅行計画』は彼お得意の強引な手法により実現した。
あれこれ文句を垂れていたつくしだったが、ハワイに着くなり一転、大はしゃぎである。
興奮する彼女に付き合い一通りの観光と海を堪能して、ホテルに着いたのはもう夜10時
を過ぎていた。つくしと入れ替わりでバスルームに入った司は、一日の疲れと潮の香りを
落としながらもあらぬ妄想にとり付かれている。


もしかすっと・・・

膨らむ期待を咄嗟に打ち消す。
どうせ彼女の鉄拳を食らうだけのような気もするのだ。

いや、でもここで引き下がっては男がすたるっ!
とりあえず迫るぐらい・・・!

司は決断すると、体を拭くのもそこそこにバスルームを出た。

すると・・・



































         



スゥーーーーーーー

なんとも気持ち良さそうな彼女の寝息。
よっぽど疲れたのだろう、バスローブ姿のまま枕を抱えて眠っている。
規則正しいつくしの寝息を聞きながら、司は静かに脱力した。

寝てんじゃねーよ・・・ったく・・・

夜はこれからだというのに。
彼女は華やかな異国の地に夢中で、まだキスさえもしていない。
司はむしゃくしゃと頭を掻いた。
それでも彼女の寝顔を見ると到底、責める気になれないのだ。

司は軽くため息をついて、一向に起きる気配のないつくしを見下ろした。
そして仕方なく部屋のライトを低く搾り、備えの冷蔵庫からミネラルウォーターを
一本取り出す。

でも、良かったのかもしれねーな

開放感溢れるハワイの地と、部屋に満ちる波音。傍らに彼女。暴走をくい止めるには
あまりにも難しい。その甘く奏でる音色に酔い、彼女を力ずくで抱いてしまったかも
しれないから。

そう自分を納得させ、シャワーで火照った体を覚ますよう窓を開けた。
清々しい風が海から流れてくる。心地よい風を受け、水を一気に飲み干す司。
どうにか落ち着きそうだ。

と、一呼吸ついたその時、

「う・・・ん・・・」

つくしの短くうめく声が聞こえた。
起きたのか?と目をやった次の瞬間、司は思わず息をのんだ。


寝返りを打ったつくしの足元からシーツが零れ落ちる。はだけたバスローブの隙間
には、夜に白く浮かび上がる華奢な脚。
決して官能的とは言い難い。だが彼女の細い体は司の征服欲をくすぐるには充分で。
抱けばすっぽり胸に収まってしまうだろう。
すぐにでも自分の腕の中に閉じ込めて、隅々まで占領してしまいたい。
口元から漏れる吐息は、司の欲を知っているように甘く彼を誘う。

司はつくしの眠るベットの脇へ寄ると、彼女の唇へそっと手を伸ばした。
ベットライトの灯りが唇に反射し、妖艶な光を放っている。いつもの彼女からは想像も
出来ない艶やかな唇・・・。



こ・・・こっ・・・この状況で我慢しろってのか?
ウソだろっっ??!

まさしく『拷問』だ。
今の彼ほど、旨そうな餌を鼻先にぶら下げられた獣の心境を理解出来る男はいない。
理性の縛めを引きちぎり無理にでも襲い掛かってしまいそうで、司は必死で欲を打ち
消した。つくしの眠りだけが彼の理性を繋ぐ最後の砦なのだ。
このまま寝ててくれ、司は切実に願う。

「・・・ん・・」
「!」

彼の願いも虚しく、つくしは一瞬、眉根を寄せて瞼を開いた。
まだ夢うつつ、というおぼろげな瞳で司を捕える。一気に混乱する司。
浮かんだ邪心を悟られないよう必死である。

それを見透かすようにつくしは目を細めた。固まったまま動かない彼の手を深く唇に
導き、愛しむかのように口付ける。瞳は明らかに誘惑の色に染めていた。

「牧・・・野・・・」

思いがけない彼女の行動。

「・・・いいんだよ・・」
「!」

信じられない言葉・・・。

「来て・・・・」

今や司に思考能力はない。

「牧野・・・っ」

司の理性の糸は切れた。渾身の力を込めてつくしを抱き締める。
ずっと待っていたのだ、この瞬間を。

「牧野・・牧野・・・」

何度も名前を呼ぶ。

 
夢じゃねーよな?と自分に問い、彼女の背中を抱いて確かめる。
伝わるぬくもり、夢ではない。つくしも待ちかねたように腕を回し、そして彼の耳元で囁いた。















「・・・類・・・」

っっっ!!!!!!!!!!!






















「ぅがぁぁぁああああああああっっ!!!」

司の絶叫が車内を揺らした。途端、驚いた運転手は思いっきりブレーキを踏み込む。
激しく車体をきしませなんとか止まった。

「どうされましたっ?!坊ちゃんっ!」

蒼白の顔色で後部座席にまわる運転手。


「さ・・・最悪だ・・・牧野の奴!!おいっ!すぐ牧野の家に行け!!」
「は?」
「いいから行けってんだよっ!」
「は・・い。でも牧野様はそこにいらっしゃいますが・・・」

運転手は躊躇いがちに司の横を指差した。指を辿った先には、つくしが口をポカンと
開いて眠りこけている。

「・・・何か嫌な夢でも・・・?」

口調は遠慮しているが、笑いを堪えるように肩を震わせ運転手が言った。

夢・・?

一気に目が覚めた。カーッと赤くなる司。恥ずかしすぎ。

「うっうるせーんだよっ!てめーはさっさと運転しろっ!」
「はいぃ!」

しまった!と運転手は慌てて運転席へと戻りハンドルを握る。
もうすぐ着きますから、と用意を促すのも忘れずに再びリムジンは発進した。

そう、ここはハワイではない。散々もめた結果やっと決まった旅行先は軽井沢の別荘で
ある。車で2時間弱。物足りないと抗議したが、それなら行かないと突っぱねるつくしに
降参して、今は別荘への移動中・・・。




        



焦ったーっ!
マジで焦ったーーっっ!!

内心、冷や汗いっぱいの司である。
だいたい落ちがヤバすぎなのだ。まさかあそこで類の名が出てくるとは。
相当、奴を意識している証拠だ。

彼女を信じていない訳じゃない。でも類とつくしが楽しげに話しているだけでも微妙な
気分になる。なんせ類は彼女の初恋の男なのだから。


「・・・お前、あんま俺に妬かせるなよな」

司の絶叫にも負けず、まだ眠り続けているつくしの額をピンッと指で弾いた。


「分かってんのかよ?」

俺がどれほどお前に惚れてるか・・・

彼の問いが聞こえたのか?それとも額が痛かったのか・・・少し顔を顰めるつくし。

「う・・ん・・」

甘い吐息。夢の彼女の姿が浮かんで、ドキッと緊張が走る。

「・・・道明寺・・・」
「?」
「・・・ケーキ食べたい・・・」
「〜〜〜〜〜〜っっ!!」

つくしは一言寝言を呟いて再び眠りに落ちた。
きっと分かってないに違いない。なんといっても彼女は史上最悪の鈍感女だ。

彼の苦悶も知らず、つくしは頬を弛ませ微笑むように眠っている。
ムカつくがそんな彼女を飽き足らず可愛いと思うのだからほとんど病気だ。
司はつくしの髪をくしゃりと撫でた。



まぁ、いっか・・・急がなくても・・・



とりあえず、ご要望のケーキでも食いに行こう
そして今まで出来なかった全部を楽しもう

司はケーキを頬張るつくしを思い浮かべた。『美味しいっ』と満足げに
笑う彼女を思うとなんともウキウキした気分になる。
はたして彼女はいくつ平らげるだろうか。


「おい、牧野、起きろ。もう直ぐ着くぞ」

呼びかけるがつくしは安らかな寝息を立てるばかり。

「牧野、牧野っ」

仕方なく肩を揺らすと、彼女の大きな瞳が覗いた。




最高の旅が始まる。





                                    Fin



        
  


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裏 TO HEAVEN
  
作:くうかさま