目の前を、ひゅるりと風が通り抜けたのがわかった。
ごつごつした枝の先に、申し訳なさそうに数枚ついてるだけの渇いた葉が揺れたから。



ガラス一枚隔てただけで、こんなにも温度が違うのか。



当たり前のことだけど、Tシャツ一枚の自分とは反対に
目の前をマフラーやら手袋やら、完全重装備のやつらが通るたびに思う。



しかし、なんだって牧野はこんなこと……
携帯をいじる手を止める。
何度眺めても、何も変わりはしない液晶画面。
それがすごく疎ましく思えた。











ことの起こりは、牧野からのメールだった。



『明日はバレンタインでしょ。チョコレートを用意したので、仕事終わったらうちに来てね。何時でも平気です』



ここまでは、いい。むしろ、嬉しい。
ただ、次が問題だ。



『そのときに、あたしの大好きなものも一緒にね。……わかるよね?あたしの大好きなもの』



牧野の、大好きなもの……?
唐突に言われて、戸惑った。
考えたこともなかったからだ。


欲しいものなど強請られたこともないし、耳にした覚えもない。


改めて考えるけど。
ちっともわからない。


やべぇ。


あいつの大好きなものって、なんだ?


一晩中考えたが、浮かんでくるものは何もなく。
改めて、俺はちっとも牧野を理解してないんじゃないか、なんて落ち込んでみる。
けど、落ち込んでてもしょうがない。
正解のものを持ってかないと、牧野の彼氏と言う俺様のメンチに傷がつく!


移動の車の中で。
数時間の睡眠前。
取引先との商談中にさえ…。
考えるのは、そのことばかり。


意外に簡単そうで、出てこない答え。
結局俺は、あいつらにヘルプを出した。



「よ!悪かったな、遅れて……」



テーブルに落ちた影に、びくりと顔を上げると久しぶりに見る親友の顔。


「な、なんだ総二郎か……」


軽く扱われたことに対してか、不満げに椅子に腰を下ろす総二郎。


「なんだとは、なんだよ。せっかくのバレンタインに呼び出しやがって」
「……わりーとは思ったけどよ……」


こっちも必死なんだぜ、という言葉はどうにか飲み込む。
こいつらには、たかが女一人のことで焦ってるとは思われたくない。


「ま、いいさ。司に会うのも久しぶりだしな。で、あいつらは?まだ?」


きょろきょろとあたりを見回した総二郎は、あきらと類がいないことを悟るとウエイターを呼び出し
カフェオレをオーダーした。
ついでに俺もすっかりと冷めてしまったコーヒーを、改めてオーダーし直す。


「で、なによ。今日は牧野とデートじゃねーの?」


牧野と言う言葉に、びくりと肩が動いた。
それを目ざとく見つけた総二郎の目が輝いたのがわかる。


「……あららららら?なに?もしかして牧野とケンカでもしたのかよ」


さも楽しそうに身を乗り出した総二郎の足を、思い切り蹴飛ばした。


「ちげーよ!俺たちは……ら、らぶらぶだ!」


ラブラブという単語に反応してか、ずるりと肩を落とした総二郎は
咳払いをしてから、座り直した。


「なんだよ、俺たちは司ののろけを聞かされるためだけに呼び出されたのかよ……」


うんざり気味の声が上から落ちてくる。
見上げると、あきらと類が揃って並んでた。


「しかも、らぶらぶって……キモ…」


ボソリと呟きながらマフラーを取る類を、ギロリと睨む。


「オイ、聞こえてるぞ!キモってなんだよ、キモって!!」


なんだか俺一人がテンション高めのようだ。
けどこんだけテンションあげねーと、聞けやしないのも事実。

落ち着け、と何度も自分に言い聞かせながら、ことの起こりを説明した。


「へぇ、牧野の好きなものねぇ……」


ほわりと暖かそうな湯気の上がるカップを持ち上げながら総二郎は呟いた。


「おう。いくら考えてもわかんねーんだよ」


アゴを支えていた手を、そのまま額にもっていく。
まじで、熱でも出しそうだぜ。


「牧野のことだから、なんか食いもんとかじゃねーの?ほら、チョコレートと交換、みたいなさ」
「それも考えたんだけど…なんとなく違う気がすんだよ」


やっぱりみんな考えることは一緒か、とがっくりと項垂れる。


「珍しいね、司がそんな自信なさげなの」


声の方を向くと、ぷぷぷと笑いを堪えながら、マシュマロの浮かぶホットココアをくるくるとかき回してる類。


よくこんな甘そうなものがのめるな…。


口元を下げながらココアを見てると、類の不貞腐れたような声が耳に入った。


「……俺が好きで頼んでるんだから。そんなまずそうな顔しなくてもいいでしょ」


コイツは…エスパーか?


「司は、思ったことがすぐに顔に出るんだよ」


ま、またもや読まれてる!


呆然と類を見詰めると、ほかの2人も声を揃えて笑い出した。


「まぁな。伊達に20年も付き合ってねぇよな」



20年…ねぇ。
歩んできた本人たちは、そんなこと改めて考えたことなかったけども。
数字にしてみると、確かに凄い数だ。
実の両親と過ごした日々よりも、こいつらと一緒にいたほうが長かった気がするし、実際そうだろう。
そんだけ一緒にいたら、考えてることもわかるって…のか。
牧野とはまだ5年の付き合いだ。
こいつらの4分の一。


そう考えちゃ、牧野のことを知らなくたって…おかしくないのか?


それでも、なんだか悔しい。


カップを抱えて、ふぅふぅと口を尖らせてる類をちらりと横目で盗み見た。


コイツにだけは、聞きたくなかったけど。
……けど、コイツが一番牧野と仲がいい(もちろん俺様を除いて、だけどな)


「類、おまえなんかわかんねーか?」


類は俺と同じく横目でちらりと視線をよこすと、すぐにカップへと視線を戻した。


「いいじゃない、素直にわからなかった、って言えば」


なんだか、自分は答えを知ってるけど教えない!という態度にカチンとくる。


「そ、それができねーから、こう頼んでんだろうが!!」
「へー、それが頼んでる態度なんだ」
「……っ!」


まぁまぁまぁと、総二郎とあきらになだめられながら、思わずあげてしまった腰を下ろす。
どうも居心地が悪い。


「類もおもしろくねーだろ、牧野と司の話じゃ。その辺わかってやれよ司」
「べつにっ。気にしてないもん」


プイと顔を逸らした類に、総二郎が苦笑する。



わかってるよ。
だから、ほんとは呼びたくなかったんだ……。コイツのことは。
けど、総二郎とあきらだけ呼んで牧野の話をして…。
類に気を使ってる、って思われるのもイヤだった。


だって、そんなもんじゃねーだろう?俺らの関係は。


妙に気まずい空気が漂う中、ふと窓の外を眺めるといつの間にか数人の女のグループが
幾つも出来ていて、こちらを見てる。


「な、なんだありゃ」


俺の視線を追った総二郎は、苦笑しながら当たり前のように呟く。


「俺らを見てるんじゃねーの?」


総二郎がわざとらしく胸のあたりで手を振ると、ガラス一枚隔ててる分くぐもった嬌声が聞こえる。


「な?」と、うんざり顔で視線を俺たちに戻すと、困ったように笑った。
最近はストーカーみたいのまでいるぜよ、と。


「メディアに顔を出すようになった分、いろいろ面倒になったよなぁ」


あきらも、総二郎に同調するように頷いた。


「知ってるか?司。ここみたいな、ガラス張りのカフェは窓際にルックスのいいヤツを座らせるんだぜ」
「は?なんのために」


あきらの言葉に、思わず店内を見回す。


「見栄えがいいだろ?そのほうが」


軽くウインクしながら言うあきらの言葉に、なるほどと頷いてると類の椅子がガタリとなった。


「……なんか、パンダみたいでヤダ。もう帰って寝る」


不機嫌さを隠しもしないで、窓の外を睨みつける類。
すばやい動きでマフラーを巻くと、上から見下ろされる形で類と視線があった。


「司への問題なんだから、司が解かなきゃ意味がないんだよ。俺たちから聞き出そうったって無駄だからね」


言いたいことだけ言うと、すたすたと出て行きやがった。
唖然と類の背中を見送ると、あきらの笑い声が聞こえた。


「まぁ、類の言うことも一理あるわな」
「あぁ、そうだな。普段散々牧野を振り回してる分、たまにはいいんじゃねーの?こういうのも」


総二郎とあきらも、席を立つと
「ここはもちろん、司のおごりだよな」と、店を出て行った。



なんなんだよ、ったく。



けど、やっぱり普段牧野を振り回してる、俺への嫌がらせのつもりなのか?
いや、牧野の声を聞く限りはそんな感じはうけなかった。


ちっくしょう、これが仕事がらみだったらこの俺様の勘はピカ一なのに。
牧野に関しては、まったくダメだ。


タイムリミットまで、あと30分。


まじで、やべぇ。



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