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W.Longing/Love
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会場に戻ってからの光景は、コメディ映画のように滑稽だった。
あきらや総二郎と合流したところに、司が婚約者と共にやってきて。
瞬時に身を固くしたのは、事情をよく理解していない二人。
一瞬にして表情から血の気が引き、おもちゃのようで面白かった。
当たり前のように話をし、笑い、ふざけ合う牧野と司を、
まるで化け物を見るような目つきで追っていたっけ。
その姿がまた滑稽で、俺は笑いをこらえるので精一杯だった。
しかし、二人の表情も次第にいつものそれに戻っていき、牧野が暇を継げる頃には、
大口を開けて笑いながら、いつもの毒舌振りを発揮していた。
高校時代に戻ったかのような錯覚を覚えた俺は、笑いながら話をする奴等を見ながら、
牧野と司は完全に終わったんだ・・・と、今更ながらに感じたよ。
二人の間には、友情以外の何物も存在しないのだと。
「すっかり遅くなっちゃった・・・」
パーティードレスからスーツへと着替えを済ませ、
車の後部座席に座った牧野は、少し疲れた表情で小さなため息を吐いた。
「この雰囲気、久しぶりだったけど・・・やっぱり私には合わない。緊張しちゃって、肩凝っちゃったよ」
明日は腰まで痛くなりそう・・・と笑う牧野に、お疲れさま・・・と声をかけた。
この短時間に色々なことがありすぎて、流石に疲れたようだ。
笑顔を浮かべてはいるものの、疲労の色は隠せない。
「家に着いたら起こすから、寝てもいいよ」
「ううん、大丈夫」
今住んでる場所、わからないでしょ?と言った牧野が無性に愛しくて、
抱きしめたい衝動を押さえるのに精一杯だった。
運転手がいたから・・・というのもあるけれど、ここで彼女を抱きしめてしまったら、
きっとそれだけでは済まなくなるから。
金曜日の夜、都心へ続く大通りは混雑していて、100メートル進んでは二分停車の繰り返し。
気色も変わらず、静かな時間だけが流れる。
「滋さん、綺麗になったね。一瞬見とれちゃった」
私もあんな風になりたいな・・・と言う牧野に、あんたはそのままで充分だよ、と言ってやる。
一瞬、きょとんとした表情を浮かべ、そして爆発。顔を真赤にしながら俺の肩をバシバシと叩く様子に、
思わず笑ってしまった。
「もう・・・花沢類って意地悪だよね。私のことそうやってからかって、いつも涙浮かべて笑うんだもん・・・」
知らない・・・と、そっぽを向く牧野。
ごめんと言ってみたけれど、お姫様は完璧にへそを曲げてしまったらしい。
本当のことを言ったつもりなのに、信じてもらえないのも、なかなか辛いものがあるね。
小さくため息を吐きながら、首に手を当てて二、三度ひねってみる。
ただでさえパーティーは苦手なのに、今日は色々なことがありすぎた。
おかげで、こうして牧野の隣に座っていられるのは嬉しいけれど。
何の気なしに、シートに手を投げ出す。
丁度同じ場所に手を置いていた牧野と微かに触れ合った。
「ごめん・・・」
それだけでびくりと反応した牧野を気遣い、手を別の場所にやろうとして・・・息が止まりそうになった。
「・・・牧野?」
きゅ・・・と握られた小指。
驚いて彼女を見る。先ほどと同じ様子で窓の外を見つめるだけで、決して振り返ろうとはしない。
でも、その横顔が泣きそうに歪んで見えたのは、俺の目の錯覚?
「・・・牧野?」
もう一度、名前を呼ぶ。
一瞬、肩を揺らしただけで、相変わらず窓の外を見続ける彼女。
変わったのは、俺の指を握る手の力だけ。
『振り払わないで・・・』
そう伝えるかのように、少しだけ強くなった。
もう、それだけで充分だった。もう、これが限界だった。
「このまま、ハイアットに行って」
運転手にそう告げる。牧野は何も言わない。
どれくらいの間、そうして車に揺られていたんだろう。小指を握る牧野と、握られた俺。
フロントでカードキーをもらうと、ベルボーイは要らないと合図し、牧野の手を引いてエレベータに乗り込む。
2階、10階、15階・・・と変わっていく回数表示をじっと見つめながら、何とか時間をやり過ごして。
48階に停止すると、再び牧野の手を引いて歩き出す。
部屋の前で足を止め・・・牧野の手を離した。
「・・・ここに、部屋のキーがある」
彼女の目の前にすっと差し出した。
「部屋に入るか入らないかは、あんたが決めればいい。
嫌だ・・・と思うんだったら、キーを持ってフロントに戻ればいい。 でも・・・部屋に入るんだったら・・・」
はっとした表情で俺を見上げる牧野。
ずるいと思ってるんだろ?ここまで連れて来ておいて、最後の決断は、あんたにさせようとしてるんだから。
臆病だって罵ってくれていいよ。
意気地なしって、怒鳴ってくれてもいい。
でも、ただあんたを抱きたいだけじゃないんだ。
抱くだけだったら、力ずくで何とでもなる。
でも、それじゃ意味がないんだ。
気持ちがなければ、身体を重ねたって虚しさしか残らないから。
俺の目を見て、牧野はキーを抜き取った。
そして、何の躊躇もなく、部屋の扉を開けたんだ・・・。
カードキーを差し込む傍らで、花沢類が息を飲む音が聞こえた。
彼が驚くのは無理ないし、自分でも大胆な行動に出たと思う。
でも、部屋の扉を開けるかどうかなんて、
―――花沢類とこうすることなんて―――
彼に一緒に帰ろうと告げた時から決めていた。
理由なんてわからない。でも、どうしても花沢類に抱きしめてもらいたかったんだ。
たとえ、それが言葉通りの意味だけじゃ済まないとしても。
パタン・・・と扉が閉まると同時に、強い力で抱きしめられ、唇を奪われる。
背を壁に押し付けられ、何度も何度もキスをする。
息をするのも忘れてしまうような熱いそれに、思考回路は完全にスパーク。
目に映る景色はだんだん白くぼやけていき、現実なのか夢なのか、それすらわからない。
「・・・怖い?」
名残惜しそうに唇を離し、私を覗き込む花沢類。
相変わらずのビー玉の瞳で、でもいつもと違って、少し潤んでて。
ぼんやりしたまま小さくうなずくと、少し困ったような表情を浮かべて、私を抱き上げる。
「俺も・・・少し怖い。あんたと一緒だね」
向かう先にある、キングサイズのベッド。
これから起こることを想像すると、嬉しいような、怖いような、複雑な気分になる。
花沢類に伝えたくて、でも言葉じゃ上手く説明できなくて、彼の胸元に頭を預けた。
どくん、どくん・・・と伝わる振動。
ああ、花沢類も同じ気持ちなんだ・・・と思うと、堪らなく彼が愛しい。
ジャケットのボタンが外され、ブラウスのボタンが外され、
私を護る『鎧』が剥ぎ取られていくにつれ、自分の気持ちも徐々に剥ぎ取られていく。
うわべをはがされ、見栄をはがされ、最後に残るのは、本当の気持ちだけ。
身分が違うとか、住む世界が違うとか、この腕に抱かれるだけならば何の障害でもない。
私は女で、彼は男で、抱きしめたいと思うこと、抱きしめてもらいたいと思うこと、
それだけで、充分じゃないか。
恋とか愛とか、そんな難しいことはわからない。
でも、花沢類を好きだと思う。
花沢類が大事だと思うし、側にいたいと思う。
側にいて欲しいと思う。
はかれない恋があったっていいじゃない、型にはまらない愛があったっていいじゃない。
「・・・恥ずかしいよ」
『鎧』を剥ぎ取られ、露になった胸を両腕で隠す。
誰にも見せたことのない素肌。
肌の質も色もきっとそんなに良くなくて、しかも胸なんか全然なくて
こんな体を花沢類に見られていると思うだけで、涙がこぼれそうになる。
『夢だ』と思いたくて目を閉じても、側で香るコロンの匂いが、そんな考えを消してしまう。
「大丈夫だよ」
花沢類が優しく微笑む。
そして私の手を優しく取り、胸の頂に口づけた。
転がる靴。
脱ぎ散らかされた服。乱れるシーツと、絡まる吐息。
花沢類が体に触れる度、その部分が熱を帯びる。
やがて全身が燃えるように熱くなり、自分の体ではないような錯覚に陥る。
上手く動けない、動かせない。
花沢類だけが、私の体を自由に操れるのだ。
私にできることは、彼の体にしがみついて、類、類と、必死で呟くことだけ・・・・
やがて訪れた静寂。放心状態の私を、心配そうな表情の花沢類が覗き込む。
「・・・大丈夫?」
うん・・・と小さくうなずき、彼の首に両腕を回した。
見た目よりもたくましい彼の体に少し驚きながら、もう一度「類」と小さく呟いた。
花沢類は一瞬驚いた表情を浮かべ、いつものように、
いや、いつも以上に穏やかな微笑を浮かべながら、
私の耳元で「つくし」と囁く。その声が優しくて愛しくて。
・・・やだな、そんなつもりは全然なかったのに、後から後から涙が流れ始めた。
「・・・どうして泣くの?」
「どうしてだろうね・・・?涙が出ちゃうの」
幸せだからかな・・・?
そう言うと、困ったように、それでいて照れ臭そうに笑った。
「あんたの泣き顔は、見たくない・・・って思ってたけど嬉し涙なら・・・・悪くないかもしれない」
唇で涙をふき取ると、花沢類は私の体を強く抱きしめた。
息ができないほど強く。
「苦しいよ・・・」
そう笑いながら、私も、首に回していた腕に力を入れた。
「こうして抱き合ってれば、いつかひとつになれるかと思って」
花沢類の腕に力が入る。
本当に強くて、本当に苦しくて。
でも、今はこの苦しさすら愛しく感じる。
頬を伝って流れ落ちる涙も、下腹部に疼く破瓜の痛みも。
花沢類と私をつなぐ全てのものが、何よりも愛しいと思った・・・・・
昔の柵を断ち切った夜、好きな男に、初めて抱かれた。.
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