惑星
「あぁっ!!」
目に入ったものに驚いて、私は思わず大きな声を挙げてしまった。
回りの人たちがいっせいに振り返って、咎めるような顔をする。
受付にいる司書のお姉さんが、私の顔を見てやれやれと首を振った。
「…ごめんなさい…。」
小さな声でつぶやいて、隣のつくしはと見ると、きょとんとしている。
「お昼いこっ…!」
有無を言わさずに、強引につくしの手を引っ張って、私は図書館から飛び出した。
ハンバーガーショップの一番端の席に陣取って、やっと一息つく。
つくしはというと、まだお昼には早いよと不満そうにしている。
「つくし、ちゃんと答えなさい…。」
ずんと顔を近づけた私に、つくしはちょっと変な顔をした。
「なによ、いきなり…。」
「それは、何…?」
「…へ…?」
びしっと襟元を私に指差されたつくしは、首を傾げた。
「…土星のネックレス…。」
「ちーがーうー!!」
私はつくしの衿に手をかけて、押し広げる。
「…なにするのっ…!」
首の付け根のところと、右の鎖骨の上にくっきりとばら色の花びらの形をした痕がついていた。
「…あ…。」
やっと何のことなのかわかったのだろう、つくしの顔がゆでだこのように一瞬で赤くなる。
「つーくーしー!」
「あ・あの…。」
「親友の私に隠し事なの…?」
「ち・ちがいます…。」
「じゃ、話すよね…。」
真っ赤な顔のまま、つくしはこくこくとうなずいた。
先週の土曜日の朝早くに、いきなり道明寺さんの家から迎えの車がきたこと。
家に行ってみればヘリコプターが準備してあって、南の島の水上コテージに連れて行かれたこと。
そこで道明寺さんが待っていてくれて、2日間だけだけど一緒にすごせたこと。
「すごく綺麗なところなの…海も空も透き通るみたいにきれいでね…。」
「海の底まで見えるの、魚が泳いでいるのとか、サンゴの森とか…手が届きそうに…。」
話しているつくしの顔が余り幸福そうに輝いているので、こっちが照れくさくなるくらいだった。
…天然でボケているのなら許せるけれど、わざと微妙に論点をずらしているのなら許せない。
ちょっと厳しい顔をして見せる。
「…つくし…。」
「…はい…?」
「海や空の話はもういいの…それの話をしなさい、それの…。」
襟元を指差して軽く睨みつけると、つくしはへらへら笑う。
「あ…、コレ…これは…。」
「じゃ、桜子さんや滋さんも呼んで聞いてもらった方がいい…?」
携帯を取り出して笑うと、結構真剣に焦った顔をする。
「あ…それは…それだけは…止めて…お願い。」
「そ・れ・で…?」
私が睨みつけながら先を促すと、ぽつぽつ話し始める。
「うん、別れる時にずっと肌身離さずコレをつけているって、約束したの…。」
指の先に土星を持ち上げて、それを見つめながら、ちょっと寂しそうに笑う。
「…道明寺も自分用にって、よく似たデザインでつくっていた…。」
遠い目をして言う。
「遠くにいても、近くに感じていられるように…。」
そっと土星に唇を寄せる、その横顔はなんだか切なくて、見ていて胸が痛くなった。
「土星って、惑星なんだよね…。」
「…うん…?」
不思議そうに首を傾げたつくしに言う。
「地球から見ていると、あっちに行ったりこっちに行ったり、うろうろしているから惑星なんだって。」
「…そうなの…。」
「でも、本当はちゃんと太陽の回りをまわっているんだよ…。」
つくしの肩を抱いて、元気に言ってみる。
「だから、ちゃんと回り回って、きっと巡りあえる日がくるよ…ね。」
「…ウン…。」
「元気だして…。」
「…ありがとう…。」
下を向いて答えたつくしの声は、少し震えていた。
夕方暗くなるまで、私とつくしはハンバーガーとコーヒーのセットだけで粘りつづけた。
かなり、すごく、とても迷惑な客だったに違いない。
結局、例のばら色の痕について、つくしは話してくれなかったけれど、ま、そうゆうことなんだろうと思う。
聞かなくてもつくしが幸せだってことはわかるから、親友の私としてはいいかもって思ってしまう。
(桜子さんと滋さんを呼べばよかったと、一瞬だけど思ったのはつくしには内緒にしておこう…。)
まだまだ前途多難な遠距離恋愛は続くけれど、つくしには幸福になって欲しい、それが私の願いだから。
その日家に帰った私は、予定の半分もすすんでいない問題集を開いて、愕然となる。
「…あの時、お節介につくしのボタンをはずしていなければ…よかったのかも。」
夜空を見上げて、ため息まじりにつぶやく。
ま、仕方ないね、親友のためなら…。
「明日からは、がんばるぞぅ!!」
Fin