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 亜門の了承――しぶしぶ、って感じが否めないけど――も得たことだし、いざマックへ・・・と歩き出そうとした瞬間、よく知ったオーラ――しかも、怒りのそれだ――を背中に感じた。感じてしまったものを無視するわけにもいかず。くるりと後ろを振り返るのと、オーラの主が『マサムネ!』と叫ぶのはほぼ同時で、呼ばれた俺だけじゃなく、亜門もその他の奴らも、それに驚き声の主を振り返った。

        

「1人で置いてくなよバカ!突然あたしの腕振り払って走り出して、焦ったんだから・・・」


 まゆ毛をキッと吊りあがらせて俺を睨むのは、おなじみの妹。俺のことを名前で呼び捨てしたあたり、『彼氏・彼女ごっこ』は未だ継続中だと思われる。・・・ってことは、消えたと思った原中軍団が、やっぱり気になるとか何とかで、また戻ってきたのか?そりゃまたご丁寧に・・・と周りを確かめようと思ったけど、それより早く妹の手が伸びて、ぎゅーっと頬を思いっきりつねられた。


「ひ・・・ひはい・・・」


 痛い、と言いたいのに上手く言えない。『あたしを置いていった罰!』と言ってから耳を寄せて、俺にだけ聞こえる小さな声で『あいつら戻ってきやがった』と言う。・・・どうでもいいけど、一応女なんだからさ、『戻ってきちゃった』とか、少しは可愛らしい言葉遣いすればいいのに。いやそれよりも。こんなに力いっぱいつねらなくたって良いじゃないか。こいつ、『日ごろの恨み』とかって、絶対本気でつねってる。・・・これが、頼みを聞いてやった優しい兄貴に対する態度か?

 頬の痛みに辟易しながらも、妹の視線をちらりと追うと、さっきの3人組みの姿が目に入った。悔しいのか諦めきれないのか、まだこっちをちらちら気にしてて。特に主犯格はじっとこっちを見つめてるって感じ?うーん・・・俺らのこと、『ホントに付き合ってんの?』って疑ってるのか、それとも、彼氏がいるって分かっても、それでもこいつを視界に入れておきたいほど、こいつのことが好きなのか、判断するには難しいところだ。どちらにしてもこうなっちゃった以上、『彼氏』の役目を放棄するわけにはいかない。頬をつねる妹の手を取って、『ゴメン』と謝った。


「あたしを置いて、どこに行くつもりだったの?」

「・・・あー・・・」


 答えようとして、言葉に詰まる。さっき『クラスメイト』と紹介した牧野サンを追いかけるつもりでした、とは口が裂けても言えない。突然トイレに行きたくなりました・・・というのも説得力がない。こういうときはどうやって切り抜けるべきなんだ?こいつを納得させられるような上手い言い訳、すぐには思いつかないぞ?かと言って、答えずに済むことでもない。とりあえず、手っ取り早く亜門にヘルプの視線を送る。こういうときは自分でどうにかしようとして泥沼にはまるよりも、頭の回転が速い『大人』である亜門様の知恵を拝借しようじゃないか。・・・後から『ガキだな』ってバカにされるのは必至だけど。ちゃんと視線の意図を汲み取ってくれた亜門は、口だけで小さく笑うと、未だ俺を睨む妹に向かって『初めまして』と言って笑顔を向けた。


「・・・誰?」


 声に反応して亜門に視線を向けて、驚いたように目を丸くする。今度は俺を見て、俺に向かってそう言った。流石に、本人に『誰?』なんて聞けないだろう。たとえこいつがどれだけ傍若無人だとしても。しかし、ここでまた問題発生。俺は亜門を何と紹介すればいいのでしょう。『いきつけのバーのマスター』とでも?でも、そう答えるのは危険すぎるだろ。第一に、亜門のバーには行きつけてないし、俺未成年だし、マスター・・・っつーのもちょっと微妙だし。実際はそうかもしれないけど、そんなカッコいい呼び方は亜門にはもったいない。ここは『高校の先輩』って言うのが無難なんだろう。ちょっと、城南の生徒は、ほとんど大学に進学するから、必然的に亜門も大学生に見られるはずだ。でも・・・この顔と雰囲気は、大学生には見えないだろ。でも、それ以上にいい言葉なんて見つからないか・・・仕方ない、『中学の先輩』と答えよう。中学の、ってつけたのは名案だと思う。だってさ、高校卒業してから働いてる、って設定にしておけば、大人に見えても不思議はない。『社会人』としての責任を背負いながら、社会で生きてくのって大変だからとか、親の庇護でのほほんと育ってる大学生とはワケが違うとか、仕事で辛い目に遭うたびに、人は一回り大きくなるんだよとか何とか、こいつには理解不能な適当な補足をつけておけば万事オッケーだ。

 しかし。こいつは予想以上に一筋縄じゃいかない。俺と亜門を交互に見比べてから――よく考えれば、ものすごく失礼な行動だと思うけれど――『なんか、すごく大人な先輩だね・・・』と呟く。ここまではシナリオ――なんてたいそれたモノじゃないけど――通りだったから、即席で考え付いた言い訳もどきの補足を言おうとしたんだけど。その後に続いた言葉は、

「やっぱり、大・・・マサムネって子供っぽいんだよね」

 だからね。そりゃね、自分が童顔だってことは認めるよ。子供っぽいってコトも承知だよ。だからって、そんな直球且つ剛速球投げなくても良いだろ。つまり、19歳、20歳――高校の先輩という設定なら、亜門は俺より1つ又は2つ上ってことだから――の基準が亜門ってことだ。そこを基準に持ってかれちゃったら・・・下手したら、俺なんて15.6歳にだって見えかねないんじゃないの?

「国沢です」

 笑いを堪える――失礼な奴じゃないか!――亜門がそう言うと、突然背筋を伸ばして、こいつも自己紹介。

「初めまして!マサムネの彼女――のふりをしている妹です」

 と言った。もちろん、最後の部分は奴らには聞こえない程度の小声で。この自己紹介は正しい選択だ。亜門にまで『彼女です』なんて言われてたら、俺どんなレッテル貼られるか・・・まあ、亜門は気付いてるからいいけど。でも『妹と彼氏・彼女ごっこをする』っていう、変な烙印は押されるかもしれない。牧野サンに振られたからって、変な方向に走るなよ、なんて大間違い且つ余計なアドバイスされそうだ。

 変な自己紹介に首をかしげる亜門が気になるけど・・・とりあえず、亜門と妹にそれぞれを紹介するっていうミッションは終了だ。次のミッションは、『どこに行くつもりだったの?』っていうこいつの質問に答えることと、いかにしてこいつと離れるか、だけど、考えるほど難しい話じゃない。『先輩を見つけたから声を掛けたかった。久しぶりに会ったから、2人で話がしたい。ガッコのこととか進学のこととか、積もる話は山ほどある』って言えば万事おさまるんじゃないか?


「・・・久しぶりに会ったんなら、話もたくさんあるよね」


 おお、珍しく物分りのいい答えじゃないか。グッジョブ!と言いながら笑顔を投げかけたいのをガマンして、『あたしはここで帰る』という言葉を聞く。


「気をつけて帰れよ」

「うん・・・また電話するね」


 ちゃんと演技を忘れない、どこまでも冷静な妹に手を振りながら、その後姿を見送る。ついでに例の3人組に目をやって、『余計なことするなよ』オーラを送ってみた。・・・実の妹に『子供っぽい』という烙印を押された俺のオーラが、どこまで届いてるかはわかんないけど。でもまあ、こそこそと逃げ帰るように立ち去る姿から察するに、ある程度は届いたのかな。少なくとも、俺が自分たちより年上で、あいつの彼氏らしい、ということは疑ってないみたいだ。

 妹がエスカレータを降りきり、その姿が見えなくなったところで、本気で不思議そうな顔をした亜門が俺を見た。

        

「・・・何、さっきの。彼女のふりをしている妹・・・って、お前、そういう『ごっこ遊び』する趣味があるわけ?」


 ・・・ほら来たよ、ありえないけど絶対誤解されてるよな・・・って思ってたことが。この場で首をブンブン振って、れっきとした誤解だってこととこうなった経緯を1から丁寧に説明したかったけど。


「・・・マック行ってから話す」


 大きくため息をつきながら、とりあえずそう答えた。何から説明したらいいのかわかんないし、考えるのにも時間がかかりそうだ。牧野サンのことにも関係してくるんだから、2度振られたことと一緒に話した方が、話す側も聞く側も楽だろう。


「俺、腹減った。バリューセットおごってね」


 そう亜門に言うと、返事も待たずに下りのエスカレータに向かって歩き出す。とりあえずマックにつくまでの短い時間を利用して、ここまでの経緯を簡単にまとめてみよう。


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BGM♪スピッツ:ワタリ