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「・・・なんでこんなトコにいるわけ?」


 さっきと変わらずニコニコ・・・いや、ニヤニヤ笑う亜門に向かってそう言う――いや、ほぼ怒鳴りつけるに等しいかも。しかし・・・全く。牧野サンといい亜門といい、わざわざ、タイミングの悪い――最悪な場所を狙って登場しなくてもいいじゃん。普段天神に来るときには絶対すれ違ったりしないのに、今日に限って皆さんご対面ですか?本気で勘弁してよ・・・


「なんでって・・・しかもこんなとこって・・・顔合わせて早々、なかなかきつい事言いますねマサムネくん。俺がここにいるのが、そんなにいやなのか?店に行く前に、軽くCDでも物色してこうと思って。店で流してる有線もちょっと飽きたから、あの薄暗いウッドの雰囲気に合わせて、俺好みのジャズでも・・・って、お前こそ何してんの?受験とは関係なさそうなこんなところで」


 予備校に向かう受験生らしき学生を、何人も見かけたけど?と意地悪く笑うから。うるさいと悪態ついてみる。ついたところで敵う相手じゃないけど。

「しかも、さっきの新しい彼女?」

 そう続けた亜門。俯いてた俺は勢いよく顔を上げて・・・亜門の顔を凝視した。何?見てたの?マジで?どこからどこまで?っつか、亜門の目にも、あいつが『彼女』に見えたわけ?いや違うぞ、あいつは断じて俺の彼女じゃない。他の奴には言えないけど、亜門になら言ってもいいだろう。・・・でも。
           

「ちょ・・・お前、落ち着け!」





 衝動に任せてがっちり掴んで揺さぶってた亜門の両手。落ち着けと腕を振り払われて、ようやく我に返る。一応、ゴメンと謝りながらも内心穏やかじゃない。いや、断じて違う。俺は近親相姦者でもロリコンでもない。健全な高校男児だ。妹にも中学1年という歳にも何の魅力も感じないぞ。


「あれ、彼女じゃないから」


 一息ついて、1番言いたかった言葉を口にする。すると、亜門はいつものように意地悪くにやりと笑って、『わかってるよ』と言った。


「・・・はぁ?」

「妹だろ、さっきの子。仲いいんだな、お前ら」

「・・・なんでわかったの?」


 驚きだ。あそこにいた誰もが――原中の奴らも、牧野サンでさえも、きっちり誤解してくださった俺と妹の仲。何で亜門はわかるわけ?妹に会った事ないだろ、っつーか、俺の兄弟のことなんて知らないだろ。え、もしかして俺のファン?ストーカー?で、俺のこと何もかも調べちゃってたり?
 怪しさ全開なのが表情に出たのだろうか、『変な想像すんなよ』と、心底いやそうな顔をして亜門が言った。


「あのな、ハタチ過ぎれば『観察眼』っつーものが養われるの。特に接客業に勤しんでる亜門さんはそこらのクソガキと俺を一緒にするな」

「・・・俺もクソガキ?」

「当たり前だろ?」


 ・・・なんか、ムカつく。ってか観察眼ってなんだよ。俺らをじっと見てたら、兄妹かどうかわかった・・・っての?


「確かに顔は似てないよな、お前ら。でも、しゃべり方とかオーラとか雰囲気とか表情の作り方とか、そっくりだったぞ」

「そう?」

「そう。・・・じゃなくてさ、お前、牧野知らない?」


 亜門の口から、思わぬ名前がとび出す。よくよく考えればありえないことじゃないけれど、ここ数分間のことで頭の中ぐっちゃぐちゃになってた俺にとっては、その言葉はかなり痛いカウンターパンチで。みぞおちに予想外の一発を喰らった感じだ。白旗KOタオル投げます・・・状態。動揺して、隠すつもりも理由もないのに、意味もなく『知らない』なんて言っちゃった。しかも、たった4文字の言葉なのに、どもって『ししししし知らない』なんてなっちゃったものだから。


「・・・お前、つくづくウソつくの下手だよな・・・」


 と呆れられてしまった。ごまかそうにも適当な言葉は見つからず、だからといって『ハイソウデス』と認めるほど俺も人間できてないから。


「俺と妹のやり取り見てたんなら、牧野サンと何があったのかも見てたんだろっ!」


 などと、見苦しい八つ当たりをしてしまった。流石の亜門もこれにはカチンときたのか、顔を顰めて『見てねえよ』と言う。


「残念ながら、お前の想像するとおりの事実は起こっていません。あいつも天神・・・っていうか、大きな本屋に行くって言うから、一緒にアパート出てきたんだよ。で、ここ来て別れたんだけど、参考書と一緒に雑誌買っておいてくれって頼むの忘れて、探してただけです」


 何ムキになってんだ?と言われ、またまた言葉に詰まる。別にムキになってるつもりも必死になってるつもりもないけど・・・でも。


「・・・ゴメン。八つ当たり」

「知ってる」


 悔しいけど、悪いのは俺だから、ここはしっかり謝っておく。これが田村だったら、笑ってごまかすのにな・・・なんてどうでもいいコト考えながら軽く頭を下げると、いつもの声で、俺の頭をポンポンと叩いた。・・・まるっきりガキ扱い。店だけじゃなく、こんなところでもガキ扱い。でも、仕方ない。俺ガキみたいだから。


「・・・ま、雑誌のことはメール送っとくからいいよ。で、何。さっきの騒動の中で、牧野と何かあったのか?アレからまだ1週間しか経ってないから、和解もできてないと思ってたけど・・・・」

「・・・できてないどころか、2度振られたよ。しかも、直井・・・クラスの奴の前で」


 あー・・・思い出したら胸が痛くなってきた。気付かなかったけど、俺って結構ヲトメなんだ。辛かったこと思い出すだけで、なんていうかこう、センチメンタルな気分に浸れちゃうなんて。そんな俺の空気を察したのかな。相変わらず頭を軽く叩きながら、亜門が『何かおごってやろうか?』と言った。


「っつっても、俺もあんまり時間ないから軽いものな」

「・・・マックがいい」

「・・・俺には似つかわしくない店選びやがって・・・」

            

 新種の嫌がらせか?と笑いながらも、行くぞ・・・と言って先を歩き出す。奢ってやるってコトは、話を聞いてやるってコト。しかしアレだね、亜門は俺のヒーローなのかね。困ったり悲しかったり、ピンチになったときに必ず傍にいる。偶然なのか必然なのか、そういう運命なのか。・・・ってことは、俺のウンメイノヒトは亜門?・・・ちょっとそれはいただけない。でも・・・やっぱり今はどうしたらいいのかわかんないから、牧野サンが何を感じたのか、全く予想もつかないから。ここは人生の先輩であり、牧野サンのことをよく知る亜門大先生に話を聞いていただこう。・・・俺は牧野サンのこと好きだから、主観的予測だったり、こうだったりいいな・・・っていう希望的観測だったりするかもしれないけど、そこは多めに見てもらおう。




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