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 「・・・マジで?」


 口から零れた言葉に、自分で口をふさぐ。うや、マジとかマジじゃないとか、そんなこと気にしてる場合じゃないから。とりあえず牧野サンの顔見て、一瞬で真っ白になった自分の頭を持て余しちゃった俺は、大きく深呼吸しながら今までの出来事と今の状況を整理する。

 まず、原中テニス部2年に、自分をバカにした復讐・・・っつーか嫌がらせをするため――もちろん、妹が・・・だ。俺は単なる保護者っつーか、巻き込まれただけっつーか、まあ、そんなもの――に天神まで連れてこられ、ついさっきこの場でそれに成功した。万事事なきを得て安堵のため息つきながら、ふと視線を動かしたら、そこに牧野サンがいた・・・ってところだろうか。しかし、大きな疑問なんだけどさ。どうして牧野サンがこのフロアにいるワケ?ここはCDとDVDのフロアで、牧野サンがそれらに興味があるなんていう情報は入手してないし、そうとも考えられない。特にここは邦楽のコーナーじゃないし。下のフロア――書籍だ――にいるんだったら理解も納得もできるけど。まさか、お目当ての参考書や雑誌を買ってから、興味はないけど何となく上のフロアに来ちゃいました・・・って感じ?でも、滅多にありえることじゃないと思うんですけど。俺や田村やテツヤ・・・ユカまでは理解できるかな。ショコも・・・音楽好きのユカに感化されて、とかなら分かる。もし、この『滅多にありえることじゃない』偶然に遭遇しちゃったんだとしたら、俺ってかなり運が悪いかも。いや、そんなことだいぶ前から分かってたけど。

 ちらりと牧野サンの様子を伺うと、何故か彼女まで呆然としてて、口を半開きにしたままフリーズ。ってかちょっと待ってよ。何で牧野サンまでフリーズしちゃうわけ?意味わかんないんですけど。でも、フリーズしっぱなしっていうのはちょっと可哀想と思い、何か声をかけようとしたんだけど。


「・・・誰?」


 未だ俺の腕をぎゅっと抱いたまま話さない妹が、俺の顔を覗き込んでそう言った。まあ、何とタイミングの悪い質問で。この場合、俺は何て答えればいいわけ?『先週振られちゃった、好きな女の子です』と?でも、目だけ動かしてフロアを見ると、さっきの原中生が俺らをちらちらと見てる姿が目に入る。ってコトは、そんなこと答えられないじゃん。まあ、いなくてもそんなこと言えないけど。結局、無難な『同じクラスの子』って言葉しか頭に浮かばず、それを口に出す。


「ってか、お前いい加減腕離せよ」

「何で?いいじゃん。付き合ってんだもん」


 こいつも気付いてるんだろう、原中の奴らがまだ近くにいること。だから必要以上にべたべたしてくるんだと思うけどさ、思うけどさ・・・ちょっと、勘弁してよ。気持ちはわかるけど、分かるけど・・・一応まだ俺、牧野サンのこと好きなわけだし、こういう誤解を招くような行動はできればご遠慮したいんですけど。などという兄の心妹知らず。本気で彼女のつもりになってんのか、牧野サンに不躾な視線投げつけて、警戒、っつーよりも警告――もし『キョウダイ』って分かってても、余計なこと口出しするなよ、という警告だろう、この場合は――してるみたいだ。

 でも、そんな妹の心牧野サン知らず。妹がいることを知ってるかどうかすら怪しいのに、『妹に頼まれて、彼氏のふりして今ここにいます』なんていうマニアック情報、彼女が知るはずがない。唯一それを知ってる田村が、休憩中の無駄話にそれを言ってくれてたら、と少し願っちゃったけど、俺と牧野サンの仲が険悪――っつーか最低に落ち込んでいる今、わざわざそんな危険な話題を持ち出すとは考えられない。故に、100%の確率で知ってるはずがない。妹に見られて我に返ったのか、牧野サンが一瞬肩を揺らした。そして俺と妹を交互に見て・・・え?何で?すごい怖い視線で睨まれたんですけど。


「・・・・・」


 最初に俺を睨んで、そして妹を睨んで・・・牧野サンは、無言のままくるりと向きを変えて歩き出す。その先は・・・下りエスカレータだ。何かよくわかんないけど、ちょっとこれはやばいだろ・・・と思って追いかけようとしたけれど。


「ちょっと!どこ行くの?!」


 怒りを含んだ、けれど俺にしか聞こえないような小さな声で、妹が言った。さっき原中の奴らがいた場所をちらりと見る。そしてその場にはもう誰もいないことを確認して、でもやっぱり妹にしか届かないくらいの声量で、『牧野サンを追いかけるの』と答える。


「牧野サンって、さっきの人?あたしのこと、すごい目つきで睨んでった・・・」


 感じ悪かったよね・・・と顔をしかめる妹に、『それはお前の責任だ』と言う。


「お前が彼女のことじろじろ見るからだろ」

「だって、そうしたほうが『彼女』っぽく見えるし、あたしたちがキョウダイって知ってて変なこと言われたら、せっかく上手くいってた計画も台無しじゃん。あの人に変なこと言われたくなかったんだもん・・・・」

「・・・まあ、気持ちはわかる」


 分かるから・・・ここでお役ゴメンさせて!と、妹の腕を振り払って、顔の前で両手を合わせて『ごめんなさい』のポーズをした。


「はぁ?」


 何バカなこと言ってんの?と素っ頓狂な声を上げ、俺を見る妹に『マジでゴメン』と謝る。もういいだろう。今日の仕事――原中の奴らに復讐という名の嫌がらせをすることだ――は上手くいったし、奴らももうこの場にはいない。俺がこいつの彼女だと思わせることは成功したんだったら、もうこいつと一緒にいる理由もないじゃん。途中で放棄するのは心苦しいけど、このまま牧野サンに誤解されるのは、もっと心苦しい。

 絶対、100%牧野サンは誤解してる。俺とこいつが付き合ってるって。別にさ、振られたのは俺で振ったのは牧野サンなんだから、関係ないって言えばそうなのかもしれないけど・・・でも、誤解されるのはやだ。『彼女いるのにあたしに告白したの?』なんて死んでも思われたくないし、もしそんなゆがんだ事実を目の前に突きつけれられて、牧野サンが少しでも傷ついたんだったらそれはやっぱり俺のせいだから。

 もちろん、俺を振った牧野サンが、俺に彼女――実際は妹で、彼女でも何でもないけれど――がいたからって傷つく・・・のはおかしな話だけど、でも、さっきそう見えちゃったんだもん。俺と妹が一緒にいるのを目撃してフリーズしちゃったのも、俺の腕にまとわりつく――ってのは、ちょっと御幣があるかもだけど――妹にあんなきつい視線投げつけたのも、すごくショック受けたように見えちゃったんだもん。都合の良すぎる願望と自己解釈かもしれないし、『俺に彼女がいるって思って、牧野サンも少しは悔しかったかな?』って思っちゃうのはただのエゴかもしれないけど。

 地下鉄、乗り違えて迷子になるなよ・・・と行って、俺もくるりと踵を返す。走り出した背中に、妹の『裏切り者!』って声が重くのしかかったような気がしたけど・・・今回、それは敢えてスルーさせていただこう。

 下りエスカレータまで来てみたものの、彼女の姿は既になかった。駆け下りてしまったのか、それとも『下りエスカレータだ』と思ったのは俺の都合の良い誤解で、実はこのフロアで、何かを物色してるのか。階下へ降りる人の邪魔に場所に立ち、フロア中をぐるりと見渡してみるけれど・・・牧野サンらしき姿は見つけられなかった。ということは、彼女はもう他のフロアへ行ってしまったということだろうか。

 一瞬、追いかけようかと思った。でも・・・追いかけて捕まえたところで、俺は一体何を言えばいいんだろう。『あいつは妹で、彼女でもなんでもない』って?でもそんな真実を伝えたところで、『関係ないから』なんて言われちゃったら・・・俺、3回振られることになるのか?しかも、都合のいい自己解釈が崩されるわけだから、ショックも今まで以上に大きいだろう。だからってこのまま釈然としない状態で放置するのは・・・
どうすればいいのか・・・と頭を悩ませていると。


「こんなところで油売ってる受験生、余裕があるな・・・」


 聞き覚えのある、少し低くて優しい声。顔をふと上げると、そこには少し意地悪そうに、でも優しく笑う亜門の顔があった。

      


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BGM♪BUMP OF CHICKEN:
sailingday








sweetberryより
スターゲイザーもこの3月連載4年目になりました。そしてきょうで連載100回!
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